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九段下「酒とてらだや」で鰆塩叩き一合日本酒瓶鴨すきとろたく巻期間限定古民家にて

新幹線での旅行や出張、JR沿線への移動などで当たり前のように利用してきた東京駅だけれど、今まで皇居との位置関係を考えたことはなかった。
まさに東京の玄関口である東京駅の丸の内駅舎は、その真ん中に皇室専用の「中央玄関」があって、つまりは皇居からの玄関口でもある。
羽根を広げるように皇居に正対する丸の内駅舎の、
中央玄関辺りを背にして、
皇居へと一直線に伸びる行幸通りを往き、
元宮城和田倉門守衛所を横目に進めばすぐに、
桔梗門前の広場に辿り着く。

一市民が皇居の桔梗門に何の用かと云えば、
そう、今まで足を踏み入れることのなかった、
皇居を参観しようとやってきたのであります。

事前予約が叶わなかったゆえ、
少し早めに訪れて、広場の花壇沿いの列に並び、
なんとか当日受付の整理券を手に入れた。 そして、宮内庁の職員かと思しきスタッフの、
誘導に従って、桔梗門の中へと進む。

窓明館と呼ばれる休所で、
一般参観コースや皇居についての簡単な説明を受け、
言語別を含めた幾つかのグループに分かれて、
皇居内へとゾロゾロと繰り出しました。

最初のビューポイントが、富士見櫓。 江戸城の遺構としては最も古いものに属する三重櫓。
多くの櫓で守られていた江戸城にあって、
現存するのはこの富士見櫓と桜田二重櫓(巽櫓)、
西の丸の伏見櫓だけだという。
1659年(万治2年)の再建と聞くと、
えー、400年近くも前のものなのかと思うけれど、
明治維新後にも幾度かの改修を受け、
関東大震災では大破して、旧材を利用して再建された。
当然、その後も定期的に修繕が施されているのでしょう。
嘗てはその名の通り、櫓から富士山が拝めたものの、
周囲に高層ビルが乱立する今となっては、
望むべくもなく、富士山は望めないそうだ。

戦前の1935年(昭和10年)に建築されたという、
今も現役の宮内庁庁舎を遠巻きに眺め、
その先の宮殿東庭もさっと素通りする。

東庭への入口でもある中門の先に見えるのが、
正門鉄橋(二重橋)だ。 正門鉄橋から下界を見下ろせば、
二重橋濠に架かる正門石橋。
皇居外苑の向こうには、幾多の高層ビルが、
不思議なコントラストを示しています。

正門鉄橋と正門石橋とが重なって見えることから、
「二重橋」と呼ばれていると思われるきらいはあり、
二つの橋の総称としても用いられているけれど、
皇居外苑側からみて、奥側にある正門鉄橋が、
かつて橋桁を支える構造が二重だったことに由来する、
本来の「二重橋」であると、今回漸く確認できた(^^)。

と、そんな二重橋の橋の上。
皇居内のこんな場所で、
旧知の仲の知人にバタリと出会した。
同じ日時のツアーにともに参加していたなんて、
そんな偶然もあるもんだと驚くと同時に、
お互い、皇居を巡るような歳になったんだと、
笑い合ったりなんかして(^^)。

正門鉄橋を渡って戻ってふたたび中門を潜れば、
広々とした宮殿東庭の開放感に放たれる。 宮殿は、天皇陛下が国事行為や国の公式行事、
宮中祭祀などの重要なご公務を行われる施設。
新年や天皇誕生日の一般参賀が行われるのが、
宮殿東庭に面した長和殿だ。

一般参賀といえば、
お出ましの天皇皇后両陛下他皇族方に向けて、
日の丸の旗を振る光景を思い浮かべる。 テレビの映像で見る一般参賀の様子では、
それ相応の高みから祝意に手を振っているという、
そんな印象だったけれど、
間近にみる長和殿のベランダは、
意外なほど高くないことに驚いた。

緑青(ろくしょう)を思わせる緑色をした、
銅瓦葺きの屋根の端部の棟飾りには、
めでたいことの前兆とされる瑞鳥。 瑞鳥の存在を知ってか知らずか、
一羽の鳥が留まっていました。

長和殿の北端、
坂下門の上から見遣る富士見櫓。 ここでもまた、背景の大手町のビル群との、
奇妙なコントラストが面白い。

一般参観コースを回り終え、
そう云えば皇居外苑からの二重橋は、
眺めたことがないかもしれないと、
皇居前広場の砂利道をざくざくと歩く。 うーむ、やっぱり二重に見える(^^)。
二重橋の向こうには、
現存する櫓のひとつ、伏見櫓があるね。

そんな皇居の一般参観を終えて、
ミッドタウン日比谷のTOHOで、
ひと休みしてから足を向けたのは、
江戸城の田安門、清水門も近い九段下駅。 首都高寄りの出口を出てすぐの横丁へ。
突き当たりは工事用の万能鋼板に囲まれていて、
右折したその先は内堀通りに抜けている。

そんな横丁のやや奥寄りに、
下見板張りの古民家がある。 玄関の上には、細木で飾った欄間の開口があり、
銅板葺きの庇の上にさらに、
切妻の瓦屋根を重ねている。
その玄関の前には、縄暖簾が下がり、
本日満席です。との木札が立て掛けてある。

店の名を九段下「酒とてらだや」。
築100年の古民家を活かした居酒屋は、
一帯の再開発を控えた「一年限定営業」という、
特殊な時限営業を前提に開業した店だ。

チリチリチリン、と玄関戸を鳴らし、
調理場を囲むコの字のカウンターの奥へとご案内。 瓶の黒ラベルから始めましょう。

頭上には、囲炉裏上にある自在鉤の鯉。 背中側の壁沿いには、
大小様々な衣装箪笥、小箪笥が並び、
雰囲気に一役を担っている。

まずは旬の「ほたるいかの沖漬け」。 ふたつに小分けしてくれていて、
そこへ大根おろしを添えている。
あああ、蛍烏賊に甘味があって、
それが旨味に転じて、いい。

続いて「炙り鯖のポテサラ」。 いぶりがっこがザックザクで、
その歯触りが心地いい。
炙った鯖の脂の旨みが通り過ぎ、
そこへ柚子七味の風味がフフフんと香る。

お魚メニューから選んだのは、
「あじのあぶりポン酢」。 訊けば、真鯵ではなく縞鯵。
浸し地がやや甘めで、
それが縞鯵の脂や身の旨味を下支えしている。
大根おろしが赤紫色なのは、
紅心大根を使っているからだ。

やっぱりお酒かな、と品書きを捲ると、
“一合日本酒”とする項に26もの銘柄が並ぶ。
へー、色々とあるねーと思いつつ、
正一合の店、湯島「シンスケ」をふと思い出す。
それら”一合日本酒”は、どうやら一合の瓶入りで、
それらがタイル張りの四角い桶に収まって、
今か今かと出番を待っているのだ。

沢山の銘柄の並びからまず選んだのは、
不思議なお名前の「決戦関ケ原」本醸造。
この”一合日本酒”瓶は、
酒屋問屋さんが飲食店向けに誂えたもので、
酒屋問屋さんが各酒蔵からお酒を集め、
同じ瓶に詰めてラベルを貼ったものだそう。
お品書きには、「一日一本入荷売切御免」とあるね。

お魚メニューから選んだもうひとつが、
「さわら塩たたき」。 嗚呼、肌理の細やかな鰆が、
しっとりで、そしてホロホロで、美味しい。
薬味には、茗荷に長葱にエディブルな菊花。
皮目の炙り加減も振り塩の加減も相応しいけれど、
後半になりポン酢を試すと、それもまた佳き。

ここで、お二階へのツアーへご案内。 テーブルの上には、細腕の松の盆栽。
縦格子の硝子戸の摺り硝子の裏に、
窓枠を飾る格子が透けている。
うん、いい雰囲気だ。

奥側への廊下の中程には、吹き抜けがあり、
開口部から下を覗くとなんと、
先程目の前にしていた調理場が見える。 換気、空気の還流のために開けた吹き抜けは、
二階からの声掛けにも活躍しているそう。
古民家の元の姿から極力手を入れないとする、
そんな正しき方針の下で、
弄ったのは、この吹き抜け部分と、
押し入れを解体してトイレと控室にした部分、
畳を古材の板に差し替えたくらいだという。

奥の間は、床の間、床脇のある部屋。 その部屋に接している縁側の風情がいい。
外が裏手の駐車場であるのは仕方がないけれど、
そんな時は、葦簀が効果的なのがよく判る。
ここに住んでらした御仁はきっと、
夏の夕涼みにここで枝豆に麦酒、
吞んでいたのだろうね(^^)。

お二階ツアーを終えて下る階段は急だ。 少しギシギシ云わせながら一歩一歩。
なんだかお婆ちゃん家に来たみたいと思うけど、
何故にお爺ちゃん家、ではないのだろうね(^^)。

お次の“一合日本酒”には、純米「英勲」。 こうしてみるとやっぱり、
アル添の本醸造と純米との違いがくっきりする、ね。
「英くん」「らん漫」「ちちぶ錦」「みかど松」等と、
銘柄名の一部をひらがな表記しているものだから、
見聞きしたことのない銘柄に思えるから面白い。

目の前の調理台では、
大きな大きな大皿に刺し盛りの作成中。
訊けば、11名様用だという。
そりゃ大きいはずだね。

ツマミをもう少しと「さつま揚げ」。 炉端の炭の網の上に整然と並べられたさつま揚げ。
じりじりと炙られていく様子を眺めるのも一興。
所定の5個に一個足して2で割れる数にしてくれた。
こんな気遣いも何気に嬉しいところ。
炭で炙った、炙り立ての芳ばしさが、実に旨い。

そこへ「鴨すき」一人前。 鴨は、青森県産津軽鴨。
豆腐、長葱、椎茸を先に入れ、
少々火が入ったところで鴨の身を数辺投入する。
すると、鍋に鴨の脂が滲み出て、
鍋全体がいい感じになってくる。
鴨の身を溶いた玉子に潜らせて口へ。
ああ、鴨の身の味が濃くて、旨い。
割り下の旨味がそこに重なって、唸らせる。
春菊は、そっと後入れでね。
煮詰まったり、味が濃いと思った際のために、
昆布だしを用意してくれているあたりも、
気が利いていて、有難い。

“一合日本酒”の三本目は、
「みかど松」、つまりは「帝松」純米吟醸。 「帝松」を醸している松岡酒造は、
埼玉は比企郡小川町にある蔵。
酸が利いた印象の呑み口が印象的だ。
緑色の瓶の色にふと、ドイツ生まれの薬草酒、
「イエーガーマイスター」を思い出す。

おススメの品で〆てしまおうと、
「とろたく巻」を所望する。
すると、目の前の俎板で鮪トロの身を包丁で刻み、
ドンドンと叩きはじめてくれた。 叩いて滑らかになったトロに、
沢庵の歯応え、塩味、風味が重なり、
そこへ海苔の香りと胡瓜の涼味。
これ、旨いに決まっているじゃんね(^^)。
チューブから搾ったマグロではそうはいかない。
そして、そこに添えるは、これぞTHEあら汁。
アラの出汁、脂がたっぷりと煮出されていて、
それだけで旨いのは勿論のこと、
とろたく巻にとてもよく似合う。

ふー、満腹ー、ご馳走さまでしたーと、
お腹を摩りながら、お会計を済ます(^^)。
そう云えばさっき、お風呂も残してあると、
そう話してくれたねと声を掛けると、
どうぞどうぞとその土間も見せてくれた。 そこには番線で周囲を抑えた檜の風呂桶が鎮座。
一方の蓋から煙突が突き出しているということは、
その下に熱源を籠めることで、
風呂の水を温めていたであろうことが想像できる。
往時はどこで身体を洗っていたのかな、
なんて考えると色々とまた面白いね。

お礼を告げて、縄暖簾を払い出て、
陽の落ちた古民家の建物を振り返る。 部屋内の電球色の明りが窓辺を照らしてる。
階段上の明り取りの丸窓の装飾が、
繊細でなかなかに凝っていることに気が付く。

玄関の縄暖簾越しに横丁を振り向く。 横丁の全体が再開発の対象とのことで、
以前から気になっている、
「寿司政」も立ち退き予定だそうだ。

九段下駅の東南側区画の横丁奥寄りに、
九段下「酒とてらだや」は、ある。 訊けば、店名「てらだや」は、
あの寺田屋事件の寺田屋から。
寺田屋事件とは、江戸時代末期に、
伏見の旅館寺田屋に滞在していた、
尊皇攘夷の過激派志士が弾圧された事件。
秩序を重んじ、公武合体を推進する立場であった、
薩摩藩の事実上の指導者だった島津久光が、
その意に沿わず挙兵討幕を企てる薩摩藩士を、
結果として上意討ちさせた事件だ。
互いに同郷の”同志討ち”の、
激しい斬り合いがなされたという。
再建された寺田屋のイメージが、
この古民家のイメージと重なったのかもしれないね。
歴史に疎く、どうも混同してしまうけれど、
池田屋事件ではなくて、寺田屋事件。
両事件に坂本龍馬が直接絡んでいるような、
そんな気さえしてくるけど、
それもまたありがちな単なる思い込みだ(^^ゞ。
再開発による立ち退きまでの、
定期借家による期限限定営業の、
謂わば古民家居酒屋「てらだや」。
極力手を入れずにおいたその佇まいも、
なくなることが分かっている儚さも、
勿論のこと魅力的に映るけれど、
選りすぐったひと工夫ある酒肴やお酒、
そして、明朗快活な接遇もまた魅力的です。

「酒とてらだや」
東京都千代田区九段南1-4-2九段古民家 [Map]
03-4400-9613
https://www.instagram.com/sake_teradaya/

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