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芸文館には確か一度、足を運んだことがあったのをふと思い出す。
その際にも、出張の際にも、大原美術館に寄りたいなぁと思いつつ、なかなかそんな時間を割けずにいた。
なので今回はゆっくりと時間をとって、本館から工芸・東洋館へとひと通りを巡った。
大原美術館の門から出たならば、
そのすぐ脇にあって、
これまたずーっと気になっていた、
CAFÉ「エル・グレコEL GRECO」の扉を開く。
蔦の絡まる外壁に格子の窓。
冬なお緑の植栽の中央に、
ゼラニウムの花の色のようなテントと、
白い硝子ドアがコントラストを魅せる。
実に印象的なファサードであります。
案内されたテーブル席から、
厚切りのバタートーストを齧り乍ら、
蔦の葉の覗く格子窓を見遣る。
その窓の脇には、大原美術館の代名詞たる、
エル・グレコ『受胎告知』のモノクローム。
この名画が大原美術館に、日本にあることが、
現代では奇蹟と評されているみたいだ。
そんな風に過ごした倉敷の午後に、
夜の帳が降りてきた。
予約の店へと向かったのは、
「エル・グレコ」のある倉敷川の川岸から、
奈良萬の小路なる横丁を往き、
右に折れたあたり。
暗がりに臙脂の暖簾を揺らすは、
馳走屋「菜乃花」。
壁の一部に蔵の意匠であるところの、
なまこ目地瓦張が見られます。
暖簾を払って、こんばんは。
入って正面にコの字のカウンターがあり、
その奥の一辺へとご案内いただく。
カウンターの角が好き(^^)。
二階に広間座敷と呼ぶ板の間や、
6名程度の個室なぞもあるようです。
壁には原木のスライスがドンと据えられている。
白壁の倉の並びや米俵を載せた大八車などが、
浮き彫りに描かれていて、
中央には”倉屋敷”と臙脂の文字がある。
“倉敷”の名の由来は、一説には、
蔵が建ち並ぶ「倉敷地」に由来するともいわれ、
倉や蔵が整然と建ち並ぶ現在の美観地区周辺は、
“倉屋敷”の集積地と云ってもよい気がする。
カウンターのちょうど正面には、
惣菜を盛り込んだ大皿が並ぶ。
ラップが掛かっていない方が、
お皿の中の総菜の様子が判るし、
きっと景色もいいに違いない。
でも、ラップを施さないと、
乾いて風味も飛んでいく。
うーん、何か良い手はないものか(^^)。
そんなことを考えつつ、
マルエフのグラスを所望して、
お品書きと睨めっこ。
なるべく地元感のある酒肴をお願いしよう。
まずは、「ママカリ甘酢漬け」が届く。
瀬戸内のこのあたりの名物のひとつだけど、
口にするのは随分とお久し振り。
甘酢がきりっとさらっと利いていて、
ちょこっといただくのが小粋な感じだ。
こりゃお酒だねと、
麦酒のグラスを呑み干したところに「真子煮」。
このあたりで真子煮と云えば蛸?、
と思いきや介宗鱈の子、つまりは鱈子。
蛸の真子は、この翌日に児島の「保乃家」で、
真子の真丈としていただくことになるのです。
やっぱり地元のお酒が欲しいねと、
倉敷は児島の酒蔵、十八盛酒造の「多賀治」。
雄町の純米無濾過生原酒だ。
聞き覚えがないなぁと「シラサエビ唐揚げ」。
釣りの餌にも使われる淡水系のスジエビも、
シラサエビと呼ばれるようだけれど、
クルマエビ科の正式名ヨシエビのことを、
岡山あたりではシラサエビと呼ぶ、らしい。
“やめられないとまらない”モードが、
ひと口食べれば、すぐに起動します(^^)。
どうも蛸にフォーカスした夜だったようで、
「地たこと黄ニラのぬた」。
ところが蛸は蛸でよいのだけれど、
相棒の黄ニラがどうにも面白い。
首都圏ではとんと見掛けることのない黄ニラ。
どうやら全生産量の七割が岡山県産らしい。
太陽光を遮断して栽培することで黄色くなったもので、
緑色の韮に比べて柔らかで、
シャクシャクとした歯触り。
韮に独特のアクや匂いが感じられず、
上品な香りと甘さに似た味わいがある。
ホワイトアスパラガスが美味しいのと、
通じるものがあるのかもしれないな。
そこへありそでなさそな「地たこの天婦羅」。
ここでも蛸が獲れない話がどうしても出る。
コロナ禍で素人の蛸釣りが流行って、
乱獲されてしまったのも一因らしい。
蛸の価格も高騰して、
ドキドキしながら仕入れるなんてこともあった、
と苦笑いの大将。
生の蛸も勿論良いけれど、
火を入れた蛸は甘さが増して美味しいのも、
周知の通り。
お酒のお代わり、貰わなくっちゃ。
今度は倉敷は玉島の菊池酒造から。
「木村式奇跡のお酒」という、
少々不思議なお題の雄町純米吟醸。
黄ニラも岡山の名産品だなんて、
知らなかったなぁーと「黄ニラ入りだし巻き玉子」。
ふわふわの出汁巻き玉子の中に、
黄ニラの風味と食感がよく利いている。
すっかり黄ニラモードで「黄ニラの天婦羅」。
同じシャクシャク歯触りのまま、
黄ニラの甘さと上品な風味が増していて、いい。
黄ニラ大使なる御仁から仕入れているそうで、
少量ながら東京にも卸しているという。
デパートへ買いに行く(^^)?
倉敷は美観地区。
倉敷川の川岸から奈良萬の小路なる横丁を往き、
右に折れたあたりに馳走屋「菜乃花」は、ある。
観光地倉敷ど真ん中の美観地区では、
如何にも観光地チックな飲食店がなくはない。
そんな中にあって、飾り気のない、
でも使い擦れして衰えてもいない、
地元の料理酒肴に出逢えて、
大将とも地元事情の色々な話ができて、
いい感じの倉敷の夜となりました。
「菜乃花」
岡山県倉敷市阿知2-23-2 [Map]
086-426-7087
http://chisouya-nanohana.com