
処は銀座八丁目。
そうはいっても昭和通りも近い、
三井ガーデンホテルの裏手辺り。
日比谷寄りの中央通り~電通通り界隈と違って、ひと通り少なく、夜道を誘うネオンの煌めきもありません。
その一角の雑居ビル。
通路の脇に地下へと降りる階段があって、
その壁の上に暗がりを照らすサインがあります。
雨垂れが馴染んだそのサインが示すのは、
「MONDE BAR」の在り処です。
ビルの前で
くにちゃんを待っていると、タクシーがその前にすっと停まる。
降りてきた御仁は、トレンチにソフト帽を決めた井出達。
濃いめのモスグリーンにみえる中折れ帽は、ボルサリーノか。

そのまま、ビルの階段を地下へと降りてゆく後ろ姿を目で追います。
その姿が消えた階段の踊り場の壁には、「MONDE BAR」のエンブレム。
昨日一昨日からの店ではない風格が色濃く滲んで、いい。
ネクタイを少し絞ってから、ゆっくりと扉を開きます。
店内でまず目を惹くのが、
フロア中央に鎮座するブラックジャック用のテーブルとそのフェルトの緑色。

そして、その上に置かれたかすみ草のふくらみだ。
カウンターに正対して腰を下ろした椅子は、
バーの椅子にしてはおよそ珍しい片肘置きのスツール。
そして、泰然とした笑顔で迎えてくれたのが、master長谷川さんです。
まずは、ちょっぴり変わったハイボールをと、
スペイサイドのシングルモルト「Glenfiddich(グレンフィディック)」12年でハイボール。

いつもの角ハイボールに対して、ぐっとコクのある仕立て。
でも後口に残る香りはフルーティで円いものだ。

「MONDE BAR」では、お酒は勿論のこと、
酒肴や食事メニューの彩りが憎らしい(笑)。
バーにして、自家製の品が幾つかあって、その筆頭が「自家製ハム」。
マスタードソースをたらりとしていただけば、微かな薫香と一緒に黒豚の脂の甘さをすっきりと愉しめる逸品です。

「自家製ハム」は、沖縄の黒豚を使っているそうで、
四谷「北島亭」の自家製ハムをひとくち食べたのがその契機。
「北島亭」で二日の修行。
でもたった二日指導を受けただけでは、思うように出来上がる訳もなく、
それから一年ほど試行錯誤が続いたそう。
そして今ではもう、北島亭では作ってないらしい。
一部の店には卸していて、その隠れた人気からネットで商売したらどうかと云うひともいるけど、そもそもそんなに量は作れない、とはご尤もなお話だね。

続いていただくグラスは、
「Balvenie(バルヴェニー)」15年をトゥワイスアップで。

バルヴェニーの蒸溜所は、 「グレンフィディック」と同じ敷地内にあるという姉妹蒸溜所。
年次以上にも思わせる熟成感がどこかとろんとした香りで迫ります。
隣り合っている蒸溜所でも、テイストが違うのが面白い。
こんな洒落た味あるバーだもの、撮影に使われたことがないのかなぁと訊ねると、
女優・高橋惠子のスチールのロケ現場になったことがあるとマスター。
その場に立ち会ったマスターは、その艶やかさにどぎまぎして、
ホントに居ていいのかととっても戸惑ったそう(笑)。
らーめん店主も一目置きそうなのが、黒板メニュー「名古屋コーチン味付玉子」。

白身までもがとろんとしたコクがあって、
バーのカウンターにもよく似合う上等なる玉子料理だ。
終業時間を設けていない「MOMDE BAR」では、
最後の客の最高滞在時間記録は、翌昼の11:30ですよーと笑う長谷川さん。
日付が変わる頃から訪れる客筋や飲食店関係者たちは、夜中にがっつりを所望することが多いのか、「自家製ハム」以外にもお肉メニューが充実し切っているも特筆なところ。
「カツサンド」は、バーでは割と定番ながら、ここでは「白金豚のカツサンド」。

甘く軽い豚の脂と旨みをソースの風味が引き立てて、プランタン地下のビゴの店で焼いたパンの香ばしさと渾然となる、その美味しさといったら。
うんうん、やっぱり、ズルい。
そして、肉業界の専門家がそれがここにあることをまず疑うというのが、
「菊紋神戸牛ステーキ」。
黒毛和牛の品種「きく」は、ご推察の通り、宮内庁御用達モノのレアな逸品らしい。
子牛登記証明には、
指紋ならぬ鼻紋(牛の個体を証明するための鼻の地紋)まで押してある。
ああ、何故いただかなかったのでしょう(笑)。
もう一杯は、
くにちゃんと一緒に「AUCHENTOSHAN(オーヘントッシャン)」を。

片や、ローランドを代表するモルト。
3回蒸留がローランド地方の伝統で、名門らしくその伝統をしっかと守った滴は、
なるほどどこか甘く昇華したような風情で誘う。
そういえばくにちゃんは、スコットランドの著名蒸溜所とならんで、
この「オーヘントッシャン」の当地蒸溜所にも訪れている。
それもまた、いいなぁズルイなぁ行きたいなぁ(笑)。
マスター長谷川さんも勿論、彼の地を訪れていて、
ほかのスタッフともお揃いのベストの柄はセントアンドリュース家のタータンだそう。

そこへ、ふわんとカレーの匂いが漂ってきた。
添えたバゲットをハムの骨でとったという「スープカレー」をいただけば、
なんだかすっと一区切り。
まだまだ呑めそうな気になります(笑)。
ここで、おずおずと、よろしければと、
長谷川さんに一本の丸いボトルを差し出しました。
それは、ザルツブルクで仕込んできた「モーツァルト」のクリアなボトル。
大変失礼ながらも、長谷川さんだったら、「MONDE BAR」だったら、
この「Dry」をどんなカクテルに仕立ててくれるかお願いしてみたかったのです。
この、クリアな色をしてるのにチョコレートのフレーバー!っていうサプライズを活かしたいよね、と長谷川さん。
まさに、仰る通りです。
例えば、こふいふのはどうだろうと、グラスにコワントローを1ダッシュ、2ダッシュ。
そしてそのグラスをカウンターの上にそっと寝かせて、リンス。
そこへ「Dry」を注ぎ、オレンジでピール。


鼻先を寄せれば、オレンジなトップノート。
そのままグラスを傾ければ、なるほど、ビターなオレンジとカカオの好相性だ。
こんなのはどうでしょうと、近々「MONDE BAR」を巣立つという山根さんが冷えたミキシンググラスにGordon’s Ginを注ぎます。
そして、ベルモットの代わりに「Dry」を注いで、ステア。



そう、つまりは、これぞ「チョコレート・マティーニ」。
見映えからもジン×ベルモットと思わせておいて、ジン×カカオの味わいに驚かす感じ。
いいね、いいね。
食事もしっかりの「MONDE BAR」では、〆系のメニューも当然のようにラインナップ。
トマトソースのペンネやペペロンチーニもいいけど、特筆すべきは「さぬきうどん」。

この呑ん兵衛心の判り具合は伊達じゃない。
思い付きとは違う、毎日毎夜を積み重ねてきたからこその器と思う。
きっと深夜のとろろ昆布に泣いたひともいるに違いありません(笑)。
奥の壁に掲げた額には、「主水」と画いた書がある。

“主水(もんど)”=”酒の主は水”。
華厳宗東大寺の長老、故清水公照(こうしょう)さんが続いて標したのは、「花開蝶来」。
「主水 花開蝶来」。
モンドが花のように咲いていれば、お客様が蝶のように来てくださる、の意だ。
銀座八丁目のオーセンティック・バー「MONDE BAR」のオープンは、
1985年9月26日のこと。



25周年を過ぎても銀座ではまだ真ん中くらいですよ、と微笑む「MONDE BAR」マスターの長谷川さんは、トレンチとソフト帽で決めていた御仁そのひとだ。
ン、のつく店がいい。
名前が長いのは、ダメ。
マ行の音は、柔らかい。
世界(モンド)のお酒がある店。
そんな発想から名づけられた「MONDE BAR」。
バーを加熱したらみなさんはどんなモンド、世界を作るか。
エンブレムがフラスコを描いているのは、そんなことも語っています。
アトレ品川の「MONDE BAR」にも近く行ってみよっと。
口 関連サイト:
SUNTORY BAR-NAVI くにの”この店に行きたい” モンドバー 銀座
「MONDE BAR」
中央区銀座8-11-12正金ビルB1
[Map] 03-3574-7004
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