尾道洋食店「短編食堂」で安芸牡蠣フライと瀬戸もち豚和牛ハンバーグ4枚扉と大本棚

尾道映画祭2026の一幕として催された大橋トリオの西國寺金堂でのライブを軸にして出掛けた、尾道への旅の三日目のこと。
前夜は、夕方近くの海岸通りを散策してから、向島の小歌島と尾道を結んでいた福本渡船の桟橋の前に佇む居酒屋、尾道渡し場「たまがんぞう」でご当地らしい酒肴や柑橘のサワーを愉しんだっけ。
いよいよライブ当日となるその朝には、
尾道通りの温泉宿からいそいそと、
山陽本線の線路を潜った先にある、
千光寺山ロープウェイの山麓駅へ向かいました。

ロープウェイの始発になんとか間に合って、
上昇していくキャビンから眼下を見下ろす。 山陽本線のレールに本通り商店街の屋根の連なり。
水道の先には、前日渡った尾道大橋が見える。

間もなく千光寺の本堂の瓦屋根が視野に。 くさり山の急斜面に連なる鉄鎖が見えたと思ったら、
すぐに山頂駅に到着だ。

山頂には、千光寺頂上展望台「PEAK」と呼ばれる、
長さ63メートルの真新しい装いの展望デッキ。 尾道水道を挟んで、
尾道の街と向島の街並みのパノラマ。
向島には、大規模な工場の三角屋根の並びや、
ドックのクレーンや係留されている船の姿が判る。

頂上を背に坂道を下り始めれば、
そこは「文学のこみち」。 志賀直哉、林芙美子、徳富蘇峰、正岡子規、
十返舎一九、金田一京助、緒方洪庵、山口誓子、
松尾芭蕉、中村憲吉などなどと、
聞き覚えのある作家たちの一文が刻まれた碑が、
葛折りの山道に沿って配されている。
志賀直哉の「暗夜行路」や林芙美子の「放浪記」でも、
尾道の景色や情景を描いていたんだね。
尾道がどれだけの文士たちに愛されてきたのか、
そんな時代を想像させてくれます。

千光寺にお詣りし、
本堂からの眺めを愉しみつつ、ひと休み。
鼓岩へと廻り込んで、岩の上に座ってまたひと休み。 ポンポン岩とも呼ばれる鼓岩は、
「転校生」や「ふたり」「あの、夏の日」など、
大林宣彦監督の映画のロケ地になった。
「転校生」のあのシーンは、
ここでのものだったんだね。

猫の細道なる狭路の坂を辿り降りたら、
艮神社の脇に出た。 艮神社と書いて、うしとらじんじゃ。
本殿の右手前に大きな大きなクスノキ。
「艮神社のクスノキ群」として、
広島県の天然記念物として指定されているという。
力強く広げた樹冠に、立派やなぁとしばし見上げる。

そんなこんなで一旦、
ロープウェイの山麓あたりまで下ってきた。
宿でひと息入れてから向かったのは、
本通り商店街からも目と鼻の先。
尾道造酢の脇の道、水尾町通りに入り、
海沿いにある尾道市役所に向けて進めば、
尾道歴史博物館やおのみち映画資料館のあるエリア。 純喫茶「ポエム」の前で右折したところで、
建物の間口一杯に並んだ4枚の木製ドアを見付けた。
シェール(肌色)、コニャック(褐色)、グリ・シエル(灰青)、
とそんな色合いの玄関扉が並んでいるのだ。

向かって左側の柱型に、
レードルのイラストとともに、
「短編食堂」という文字があるので、
そこがランチの目的地であることが確かめられた。
でも、4枚のうちのどの扉から入ればいいのだろう。 扉をよく観察すると、
真ん中の2枚には、ドアノブがない。
そして、右側の扉の前には、
木箱なんぞが置かれていて開閉に支障あり。
消去法的に左手の扉を引き開けてみると、
あっけなく店の中に入ることができた(^^)。

入ってすぐの左手に二階への階段があって、
でもそれは通常使用していないようであって、
右手に4組ほどのテーブル席が並んでいる。
天井板を落し、壁の内装も落としたまんまの、
スケルトンに近いような装いの中、
突き当たりには一転して、
左右も高さも目一杯の本棚が屹立していて、
ふと角川武蔵野ミュージアムの本棚劇場を思い出す。
この本棚がこのお店の中心、
シンボルのひとつであることに間違いはない。

如何にも岩波書店っぽい装丁の漱石全集とか、
竹久夢二の「夢のふるさと」とか、
マクシム・ゴーリキーの戯曲「どん底」とか、
「魔女図鑑:魔女になるための11のレッスン」とか。
デザイン・建築系の書籍もあれこれあるなーと思えば、
フランク・ロイド・ライトの「THE LIVING CITY」や、
遠藤新の次男、遠藤楽翻訳の「ライトの住宅」、
なんて書籍も見付かって面白い。
そしてその本棚の一部が刳り貫かれていて、
硝子越しに厨房の様子が少し伝わってくる。

この建物は、以前何だったのですかと問うと、
廃墟でした、とのお答えに笑い合う(^^)。
えー、廃墟になる前はとさらに訊くと、
佃煮屋さんだったそうです、と。
この高い天井は、佃煮屋にとって必要だったのか、
などと腕組みして考えるも、よく判らない…。
いずれにしても、その高い天井の上の方まで、
この店の中心たる、本棚が聳えているのであります。

まずは、ひえひえのグラスに、
しまなみブルワリーの「ファースト・ラガー」を注ぎ込む。 「しまなみブルワリー」というのはなんと、
ここ「短編食堂」のお向かいにある醸造所。
缶のくせして、綺麗でクリーミーな泡立ちが、いい。
千光寺山ロープウェイの頂上駅から山麓駅まで、
なんだかんだ長い時間歩いてきたこと振り返り、
オツカレちゃーんとひるからの乾杯だ。
なるほど、軽やかでスムーズ呑み口。
缶にも堂々と”1杯目専用のラガー”と記す、
「ファースト・ラガー」だけれど、
いや、2杯目以降にも十分通用すると思われます(^^)。

「短編食堂」のランチメニューは、
ベーシックに「国産ハーブ鶏のチキン南蛮」、
「黒毛和牛と瀬戸もち豚のダブルハンバーグ」。
“短編食堂のミックスグリル”として、
「海老フライのミックスグリル」と、
「カニクリームコロッケのミックスグリル」がある。
そして、この日の数量限定の期間限定メインには、
「広島県安芸郡産カキフライと、
黒毛和牛と瀬戸もち豚のハンバーグ」があった。
そうなるとやっぱり、
牡蠣フライが俄然気になってくるよね(^^)。

最初に届いたのは、季節のお野菜のポタージュ。 この日は、尾道の大根と、
丸谷豆腐店の豆乳を使ったもの。
大根を使ったポタージュってのがまず珍しい。
嗚呼、優しい優しいスープだ。
そう聞いたので、大根だ、と思うけれど、
聞いていなければ、それが何だか分からなかった。
豆乳感はあまりなく、
もうひと塩したいところもそれを控えていて、
それが優しく自然なスープにしている感じ。
丸谷豆腐店は、市内の門田町にある、
創業50年の老舗豆腐店だという。

こんなタイトルの本がある、とか、
あんな全集もあるんだねとか話しつつ、
本棚に並ぶ本の背表紙を眺めているところへ、
地元の野菜を使ったサラダがやってきた。 薄くスライスしてくりんとした紅心大根に、
低温調理によると思われるしっとり自家製の鶏ハム、
そして、黄色カリフラワーのピクルス。
カリフラワーって、黄色もあれば紫もあるもんね。

メインの提供まで少しお時間をいただきます、
とのことで、ふたたび本棚の本を物色する。
アメリカの古道具の写真集「Early American Tools」や、
遠藤周作「おバカさん」を手に取ってみたりする。
「短編工場」「短編旅館」「短編宝箱」といった、
短編シリーズが集英社文庫にはあるのだね。

と、「広島県安芸郡産カキフライと、
黒毛和牛と瀬戸もち豚のハンバーグ」が届いた。 たっぷりめの野菜の付け合わせに、
大振りな牡蠣フライにハンバーグとは、
オジサンにはなかなか豪奢なお皿であります(^^)。

広島県安芸郡坂町の「長船海産」から直送の、
選ばれた大粒の牡蠣を使っているという。 生でも美味しい牡蠣なので、
タルタルのかかっていないところから、
まずはひと齧りしてとお聞きして、そのように。
つまりは、加熱用ではなく、生食用牡蠣のフライ。
なので、グイっと迫る牡蠣フライではなくて、
澄んだ旨味の端正な牡蠣フライだ。
タルタルには、広島県のほぼ中央に位置する、
世羅高原から届くたまごを使っているという。

黒毛和牛と瀬戸もち豚のハンバーグは、
つまりは合い挽き肉のハンバーグということになる。 合い挽き100%と思しきパテはふわんふわん。
照り焼きソースもよかったけれど、
デミグラスソースでも食べてみたいところ。
付け合わせのじゃが芋素揚げが妙に美味しかった。

デザートの「短編プリン」あたりも気になるも、
お腹は十分に満たされた(^^)。
なので、水出しほうじ茶の温かいのをいただいて、
ゆるゆると癒されるのが正解だ。
ご馳走さま、いい時間を過ごせたような気がします。

尾道の本通り商店街と海岸通りを繋ぐ、
水尾町通りの片隅に、
尾道洋食店「短編食堂」は、ある。 4枚の玄関扉が間口一杯に並ぶ異形と、
高い天井一杯に及ぶ本棚の存在感が印象的だ。
店名について「短編食堂」のWebページにこうある。
食事を介して、この空間で過ごす時間は、
1日のうちわずかな間で、それは例えるなら、
長編というより短編小説のようで。
ここで過ごす時間が、願わくは 心の琴線に触れ、
記憶の片隅に残りますよう、
また色々な物語が生まれますようにと、
淡い気持ちを込めて「短編食堂」と名付けた、と。
また、4枚扉の意味については、こうある。
どんな方達が短編食堂を訪れるのだろうか。
今までどんな人生を歩んできたのでしょう。
人の数だけ価値観はあって、
嬉しかった事、悲しかった事、それこそ十人十色。
それぞれ違う道を歩んで来たのだから、
短編食堂への扉は別々に というイメージ。
短編食堂という空間で、温かい洋食で、
お腹と心を満たし再び、
それぞれの道を歩いて行けるよう願って。
こんな物語のある食堂もまた有難い、ね(^^)。

「短編食堂」
広島県尾道市久保1丁目11-2 [Map]
https://tanpensyokudou.com/

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