尾道映画祭2026の一幕として催された大橋トリオの西國寺金堂でのライブを軸にして出掛けた、尾道への旅の三日目のこと。朝一番の千光寺山ロープウェイに乗って山頂へ向かい、千光寺頂上展望台「PEAK」から尾道水道界隈のパノラマをのんびりと眺め、「文学のこみち」の葛折りの山道を辿り降りて、艮神社の大きなクスノキを見上げた。
少し歩き疲れたおひる時には、
4枚の玄関扉が迎える尾道洋食店「短編食堂」で、
大きな本棚を眺めながら、
安芸郡の牡蠣のフライと、
黒毛和牛と瀬戸もち豚のハンバーグを堪能した。
本通り商店街の温泉宿に一旦戻ってひと休み。
いや、ふた休み(^^)。
いよいよ今回の旅の本丸であるところの、
ライブ会場へ向けて宿を出る。
本通り商店街を尾道駅とは反対方向に歩くと、
すぐに、今宵の止まり木にと予約している、
お店のファサードが見えてきた。
営業開始前であるものの、
既に大きな暖簾が掛かっていて、
そこには筆記体で「Dashitosu」とある。
入口脇の使い古された子供用の木椅子には、
黒板ならぬ木札が立て掛けてある。
そこには17時からの営業であることを知らせる、
イラストと併せた白墨の文字。
そう、”Dashitosu”は、つまりは、
「出汁と酢。」なのであります。
何気なく建物の横に立つと、
側面にあるドアの上には「休養室」のサイン。
旧い病院の一室にあるかのような様子が愉しい。
果たして、このドアが本当に休養室への扉なのか。
この「出汁と酢。」を併設している、
同ビル二階・三階にあるゲストハウス、
「SINGAI CABIN」への入口は別にあるし、
はて、なんだか不思議な扉だ。
ランチをいただいた「短編食堂」にも、
4枚の玄関扉があったし、
不思議な扉が尾道で流行っているのかしらん(^^)。
そんな「出汁と酢。」の向かい側の道を進み、
国道2号を渡れば、
大本山西國寺への道程を示す案内が目に留まる。
山陽本線の線路を潜り抜けて、
いざいざ、西國寺の金堂へ。
石板が綺麗に敷き詰められた、
緩やかな坂が長く続く参道を往けば、
西國寺の仁王門が見えてくる。
室町時代末期の創建とされる桜門形式の仁王門。
扁額には小松宮彰仁親王の筆跡で「摩尼山」とある。
仁王像が安置された初層の両側には、
長さ2mといわれる大草履が掲げられていて、
なんとも云えない凄みがある。
仁王様の健脚に肖ったものだそうで、
その大草履の下には、
脚の不具合の治癒を願う想いを書き添えた、
沢山の草履が掛けられている。
“坂のある街”であることも、
健脚を願うことの背景にあるのかもしれないね。
その先には、108段の石段。
石段をえっちらおっちら登り切ったところに、
目指す西國寺金堂があった。
行基菩薩の開基と伝えられるものの何度も焼失し、
現在の堂は、備後の守護山名一族によって、
南北朝期に、再建されたものであるという。
回廊には、尾道映画祭の一環であることを示す、
金堂に同じ朱塗りのプレート。
金堂の庇越しに三重塔を見上げつつ、
ライブ会場である金堂内への案内を待ちました。
ところが、遅々として進まない入場に、
境内には戸惑いの空気が流れ始める。
どうやら金堂内の外陣は既に、
立錐の余地もない状態らしく、
立ち見でも構わないかと訊かれる始末。
中の様子も判らないのでなんとも答えようもなく、
なんとか堂内に入って、
板土間に捻じ込むように腰を下ろしたものの、
なんとその場所からは丸柱の陰となって、
肝心の大橋トリオがまるで見えない……。
こんなことなら立ち見の方が百倍良かったと、
後悔しても後の祭り。
歌い手が見えない、ブラインドのライブって、
こんなにも集中できず、愉しめないものなのか。
発売前の新譜CDの一曲、
「One coin advice」も聴けたものの、
なんともモヤる残念な気持ちのまま、
会場となった金堂を振り返れば、
朱の色が鮮やかに映えるライトアップがされていた。
三重塔もまた暗闇に浮かび上がる。
成る程、こんな雰囲気の寺の本堂でライブをという、
企画の意図は判らないでもないけれど、
そうであるならば、よりその特殊性に鑑みて、
色々と配慮する要素が多分にあったのではないかと、
そう思わざるを得ない。
ライブの最後に主催者から、
お詫びの言葉もあったものの、
例えば、板土間に直に座っていた皆さんは、
なかなかにお尻が痛かったと思う。
クッションを持ち込んでいた我々は、
その点はなんとかクリアしたけれど(^^)。
そもそも尾道映画祭との一体感を考えれば、
本通り商店街沿いの尾道商業会議所記念館とか、
まちなか文化交流館「Bank」、
ないしはシネマ尾道あたりを会場とするのが、
相応しいような気もするな。
そんなことをブツブツと話し乍ら(^^)、
まだ明るい時間帯に上がってきた、
石板張りの参道を下ってきて、
山陽本線の線路を潜り戻れば、
ご予約の「出汁と酢。」のファサードが迎えくれた。
20時過ぎだもの、もうとっくに開店しているね。
硝子戸を引き開けて店内に入ると、
左向きにカウンターが奥まで伸びる造り。
案内に従って、ずずずいっと奥まで進むと、
無垢材のカウンターは、一番奥でL字を描いていて、
その角あたりにおでん鍋が鎮座する。
ふとカウンター上の下がり壁を見上げれば、
大小に細かく枡形にした棚が据え付けてあって、
そこに幾つもの燐寸が飾られている。
飲食店がノベルティに燐寸を作るのは、
昭和の頃には割りと当たり前のことだったけれど、
最近ではとても珍しいことなんじゃないかな。
それをこうして採り上げて、飾るなんて、
若いのにヤルなぁと感心したりする。
オーナーがそんな年代なのかなぁ。
ま、もっとも、煙草の煙は勘弁願いたいけどね(^^)。
赤星をお願いして、
オツカレちゃんとグラスを合わせ、
ぷふぁあと息を吐く。
お通しは、タコロッケ。
刻んだ蛸を含めたタネを衣に包み、
球状にして揚げた、その名の通りのコロッケ。
下に敷いたソースがチリ系の辛めのソースだ。
いい鰆が入ってますのでーと、
絶賛おススメだったのが、
「サワラの塩タタキ橙ポン酢」。
おおおー。
絶賛おススメだけあって、
不思議なほどにトロトロの鰆。
朝獲れの瀬戸内の魚もウリのひとつであるようで、
うんうん、美味い鰆だ。
やや足が早いのか、身が柔いのか、
鰆をこうして皮目を炙っただけの、
刺身でいただく機会って、
存外ないような気もする。
税込550円の統一価格で並んだ酒肴五品から、
「3種のお酢のポテサラ」を選んでみた。
これもまた、お店の名に繋がるひと皿。
割りとよくじゃが芋を解した、滑らかタイプ。
お酢を三種類使っているなんて、
まったく全然見極められないけれど(^^)、
お酢でさっぱりさせよう作戦を施した、
間違いなくそんなポテサラではある。
壁の黒板メニューには、
「真ダラの白子ぽん酢」「真アジの赤酢南蛮漬け」や、
「とろとろ赤酢の豚角煮」といった”お酢”がらみのものと、
「出汁おでん」にはじまり、「出汁まきたまご」や、
「出汁と酢のチキン南蛮」などなどと、
“出汁”がらみのものとが散在している。
赤星に続いては、店のオリジナルらしきサワー、
いや、もとい、「尾道酢ワー(スワー)」3種から、
「尾道だいだいの果皮酢(かひす)スワー」をチョイス。
あれあれ、へー、不思議に美味しい。
前夜、尾道渡し場「たまがんぞう」で吞んだ、
尾道産柑橘サワー「はるか」は、
搾り立ての柑橘の果汁をたっぷり、だったけど、
こちらはどうやら、果皮を使ったお酢のサワー。
橙の皮を原料に造ったお酢のサワーなんて、
吞むのは勿論はじめて。
これはこれで、健康的なサワーな感じもするね(^^)。
グラスのイラストに添え書かれていた、
「カクホシ酢」の”カクホシ”とは、
お世話になった本通り商店街の温泉宿の、
斜め前にある尾道造酢の屋号紋のこと。
四角い囲みに丸印が、尾道造酢の紋なのだ。
お店の名前からの連想により、
麦酒と同時のいの一番に註文していたのが、
「水尾井の出汁でおでん盛合わせ」。
瓢箪型のお皿にこんもり盛られた二人前。
出汁が沁み沁みなのか大根の色もやや濃い目。
鍋の底にじっくり浸った大根が沈んでいるような、
昔の屋台のおでんを髣髴とさせる、
どこか懐かしい感じの味わいの関東炊きだ。
丸と円筒形の蒟蒻は、
串に刺さっていて、ふと、
漫画「おそ松くん」に登場する、
チビ太が手にしていたおでんを思い出す。
串に刺さった三種類のおでん種は、
コンニャク、ガンモ、ナルトだったか、
はたまた、はんぺん、ボール、蛸だったのか。
勿論、そこまでは憶えていない(^^)。
お題にある「水尾井(みずおい)」とは、
尾道市内久保地区の水尾町にある、
熊野神社の境内前に湧き出ている名水井戸のこと。
その名水を使って引いた出汁と、
尾道造酢のお酢とがこの店の拠り所なんだね。
ここで、蛍烏賊いかがです?とおススメあり。
夙に知られた蛍烏賊の産地富山から、
ではなく、兵庫県の日本海側、
山陰からの蛍烏賊だという。
これも朝獲れなのか、
新鮮なのがよく判る蛍烏賊だ。
やや小さめなのも好み。
そこに添えてくれた芥子酢味噌は、
尾道造酢の米酢と、
広島は府中の府中味噌でつくる、
角のない優しいタッチのもの。
因島からと聞いた菜の花も、
若葉のような様子で、これまた美味しい。
軽く〆たいと「梅としらすの出汁茶づけ」。
何故か、黙々とどんどんと食べ啜ってしまう。
うん、満足の満腹。
ご馳走さまでした。
尾道は本通り商店街のずっと奥、
西國寺の参道を正面にするゲストハウス一階に、
和酒とつまみ「出汁と酢。」は、ある。
尾道市内久保地区の水尾町にある、
熊野神社の境内前に湧き出ている名水井戸、
「水尾井(みずおい)」の名水を使って引いた出汁と、
本通り商店街沿いにある尾道造酢のお酢とが、
店の黒板に並ぶ酒肴たちの軸にあって、
それがそのまま店名に表現されていると映る。
ただ、それが妙に突出したものではなく、
朝獲れの地の魚介の美味しさなどと併せて、
加減のいいエッセンスというか、
何気ない妙味の元となっている気がするんだ。
「出汁と酢。」
広島県尾道市久保2-9-1 [Map]
0848-38-1809
https://www.instagram.com/dasitosu___fes/

