
浅草のシンボルのひとつ「神谷バー」。
右手には、改装済んで、そのほとんどが「EKIMISE」になってしまった松屋浅草。
フロアの閉鎖前に出掛けた青森物産展での中華そば「長尾」を思い出す。
その間を北へ往くは、馬道通り。
言問通りに近づいたところで見えてくるのが、
名代おでん「丸太ごうし」の赤い提灯だ。
出汁と日本酒の匂いに後ろ髪を引かれつつ、さらにさらに歩みを進める。
馬道、浅草六丁目、浅草五丁目と信号を過ぎて、いよいよ静かになった辺り。
歩道に突き出したテント地の庇の向こうに「大木」の文字。

よく見ると、庇どころか暖簾までもが半円を描いて突き出しています(笑)。
もう三度目のお邪魔だなぁと考えながら暖簾を払い、硝子越しに店内を覗く。
すると、定位置の事務椅子に腰掛けて、オヤジさんが居眠り中。
起こさないように、そっと引き戸を開け閉めします(笑)。
洋食「大木」の店内はまるで、昭和30年代を舞台にした映画のセットのよう。





贔屓筋であったという立川談志をはじめとした噺家たちの千社札が、
あちこちに貼られてる。
およそ変わらぬまま時を経た古色が、なんとも味わい深いのであります。
話好きのオヤジさんとツレナイ世情の話なんぞを交わしながら、
「カキフライ」できます?と前回までに二度訊いたけど、
「お昼で終わっちゃった」などで、結局望みは叶わず仕舞い。
それでもふたたび腰を下ろした華奢なテーブルで、改めてお品書きを眺めます。

夜の部は、ご飯を残さないよう余計に炊いておくようなことをしないので、
場合によってはご飯がないなんてこともある。

ご飯があることを確かめてから、「カツ丼」をお願いしました。
普段着のとんかつに玉葱と玉子。

ジューシーな豚でもなければ、玉子の半熟を残そうとか、そんな気配も特にない。
衣はところどころで剥がれているのはご愛嬌。
素朴なカツ丼の景色が、店やオヤジさんの佇まいにそっと寄り添って。
美味いどうかなんてこととは別の魅力に和んでしまいます。
裏浅草の先でひっそりと、
洋食店「大木」の暖簾が今日も風に揺れる。




問わず語りに聞くオヤジさんの来歴。
昭和11年生まれで、信州から18歳で上京。
小僧で店に入り、浅草に根付いて今に至る。
つまりは、オヤジさんが「大木」さんなのではなく、
先代が亡くなってからずっと任されているのだそう。
でももう疾うに、間違うことなくオヤジさんの店になっています。
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「大木」
台東区浅草5-45-13 [Map] 03-3872-0610
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