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富士北麓cuisine「nôtori」で幾多の山梨食材産物葡萄酒野草この土地を食べる料理たち

山梨の河口湖と山中湖の間に忍野村なる村があり、其処に富士山の伏流水に水源を発する湧水池が幾つかあって、それが大層清らかで美しいと聞いていた。
代表的な湧水池を「忍野八海」と呼んで、観光客も多く訪れるというので、ずっと以前から気になっていたのです。
と、その忍野村に地元食材を重用しつつ、
イノベーティブさを併せ持つような、
そんなレストランが生まれたというではないですか。
何れも訪ねたことのない、
忍野八海や富士吉田市あたりへの観光も兼ねてと、
数か月前から予約を入れていたのです。

圏央道から中央道へとおよそ100km。
富士吉田の現地で初めての吉田うどんを啜り、
山中湖でSUPを初体験したりなんかしていたら、
少し陽が傾いてきた。

そろそろ今宵のお食事処へ向かおうかと、
富士吉田市から忍野村、山中湖村とを繋ぐ、
国道138号線を忍野村へと戻ってきた。
ところが急に狭い接道がすぐには判らず、
曲がり損ねてはやむなく回り込んで、
森閑とした凸凹水溜りの砂利敷きの林道を往く。
対向車が来たら避けられないと探るにように、
車をその先へと進めたら漸く、
それらしい建物が見えてきたのであります。

ほんとにここで良いのかな?と伺うようにしつつ、
遠目には裏口にも見える開口部に近づきます。 左手の壁にあるサインで、ここが目的地のレストラン、
「nôtoriノウトリ」であると確かめる。
ふたつの棟がちょうど重なった部分に、
意図的に腐食させたと思われる、
びっしりと赤錆を纏った鋼板をトンネル状に組み、
その奥に同じように赤錆加工を施したドアがある。
派手さや華美とは逆方向の設えだけれど、
オトナの落ち着きのある印象的なアプローチだ。

まずご案内いただいたのは、
入口を入ってすぐの右手にあるドア。
右側の棟がひと部屋の宿泊施設になっている。 あれ?すると他の部屋へはどう行くのだろう。
なんとなく3部屋ぐらいはあるのだろうなと、
そんな想像をしていたのは大間違い。
訊けばなんと、宿泊できるのはひと組様だけなのだ。

硝子戸越しのテラスの先には、
雑木林が涼し気に広がっている。 首を傾けたような如何にも手作りのグラスの、
ウェルカムなドリンクを手にして、
窓の外を眺めてしばし、リラックス(^^)。

テラスに出てふと、左手を眺めれば、
ウッドデッキにテーブルセットが置かれてる。 食事のスタートは、あの場所からと、
そうご案内いただいているのです。

そのウッドデッキの隅のテーブルでのスタートは、
このグラスから。 アルコールの前にちょっとだけこれをと、
およそ水のようにも見える液体を注いでくれる。
ほんのりと甘く、少し発酵したような、
たとえばホエーのような感じもする液体が何かと云うと、
胡桃の樹液100%、だと仰る。
見回した周囲の雑木林には、
胡桃の木も多いのです、と。
ひゃー、樹液なんて初めて飲んだ、そりゃそうだ(^^)。

レストランそして宿泊施設になっているこの建物は、
沢山ある胡桃の木の一部を伐採して建てたのだけれど、
標高900m少しの標高があって、
富士山の一部でもあるこの辺りは自然公園法が厳しくて、
本数を減らしてはならないため、
伐採したもの全部を植え直しているのです、とも。

ここの土地を食べていただくような料理になります。
そんなフレーズから説明が始まる最初のお皿がやってきた。
下のプレートとその上の器は、
伐採から出た胡桃の木をつかっているという。 この土地で採れた鬼胡桃をひとつづつ殻から取り出して、
ローストした胡桃も含めた胡桃の生地をつくり、
それをまるで胡桃の実のように成型して、
ふたたび胡桃の殻たちの中へ置いている。
そこに胡桃のペーストや削った胡桃を載せて。
一枚だけ添えた葉は、オキサリス。

そこへ仕上げとしてトロリと垂らしてくれたのが、
いましがた飲んだ胡桃の樹液を頑張って頑張って、
煮詰めたシロップだ。 胡桃のシロップなんてこれまた聞いたことはない。
指で摘んでひと口で、なんて勿体なさ過ぎると思いつつ、
そっとひと口で口に含んで咀嚼する。
あ、温かいんだ、そして芳ばしい、お菓子みたいだ。
知っている胡桃の実とは違う印象もして、面白い。

ペアリングの口開きは、スパークリングワイン。
エチケットにKIZANとあるのは、
作り手が甲州市塩山にある機山洋酒工業であるが故。 2021年、白ワイン葡萄品種、甲州100%スパークリング。
どことなく野性味もあってしっかりした味わいだ。

ふた品めもフィンガーフード。
山梨ではよく食卓に並ぶ、
馬刺しをイメージした料理だという。 ただ、そこに合わせているのは、鬼手長海老。
流石にそれは山梨県産じゃないよねと思えばなんと、
県内の陸上で養殖されているものなんですと。

またまた鬼だと思えば、
添えてくれた海老の腕が鬼っぽい(^^)? 海老の出汁をつかった薄いキッシュを器に、
県産肥育の馬肉のタルタルを載せている。
馬肉は、生の腿肉、軽く火を入れたバラ肉、
そしてタテガミの部分は塩漬けにして、
そこに海老の身、海老の味噌と一緒に、
タルタルにしているという。
そのタルタルを覆っているのは、
海老の頭からとった出汁をシート状にしたもの。
あしらいは、ご存じナスタチウム。
うーーん、うんまい(^^)。
色々が贅沢にタルタルされているね。

ここからは中へどうぞとL字のカウンターの一隅へ。
正面に見据える大きな窓がよく云う、
一枚の絵のようだ。 主としてサービスも担当してくれたのが、
オーナーソムリエの兄の茂一郎さん。
キッチンゾーンで調理に勤しんでくれているのが、
オーナーシェフの弟の浩平さんだ。
おふたりのお生まれは、忍野村ではなく、
お隣の富士吉田だそうだ。

偶々ここ一帯の土地を兄弟の親戚が持っていて、
その一部分を購入して、建物を建てて、
そして開業したのがちょうど一年前だと仰る。
一周年、おめでとうございます(^^)。

この辺りに生まれ、まだ実家も残るという兄弟は、
彼らの故郷であるところの富士山の北側地域、
富士山北麓エリアのことを食事を通して知って欲しいと、
そう思いつつ、日々を営んでいるそう。
そうなると、食材は勿論地元産が主体だろうし、
ペアリングをお願いしているワインもきっと、
山梨モノが主となるのでしょう。

案内いただいたカウンターには、
テーブルナプキンにラベンダーの花が添えられている。 このテーブルナプキンも部屋にあるカーテンや、
ソファー、ブランケットなどすべてのファブリックは、
地元で作ってもらったものだそう。
実はこの辺りは織物の町でもあるそうなんだけれど、
大手の下請けばかりやってきた経緯から、
織物の町としてはまったく知られていなかったけれど、
ここへきて織物の町という側面も売り出すべく、
動き始めているんだそうだ。
うん、知らなかったよね(^^)。

お次のペアリングは意外にも、日本酒。
峠の向こう側の大月にある笹一酒造による、
純米大吟醸「旦(だん)」。 地酒として流通している「笹一」とは違って、
なるべく県外にも出していこうと、
富士山の仕込水と最高の酒米で醸したものだそう。
これぞ、ザ・大吟醸という様子の吞み口だ。

次の料理は、鯉と吉田うどんがテーマ。
昼間初めて現地で食べた吉田うどんがここでも、
だけれど、当然その仕立ては違うもの。 塩漬けにした鯉を薪で焼いて、
二週間ほど干して、ハムのようにした鯉。
その鯉の皮目を焼いたものと、
湯引きしたものとがこのうどんの具材。
その上に、焼いた唐辛子と、
野草の鋸草(ノコギリソウ)載せて仕上げている。
出汁もなんと、その干した鯉でとった出汁入れ、
冷製にしたものだという。

コシが出るようによく踏んで打ったといううどんは、
それでも硬すぎず勿論柔くはなく。 硬めのうどんでも、この程度に細ければ美味しいもの。
そんなことをここでも痛感したりなんかして。
二種類の鯉に野性味なんかない。
あー、例の鯉だとは思わせないまま、
うんうん、美味しい、旨い。
鯉の出汁もいいねーと思ったそこに、
底に仕込んでいた自家製の所謂スリダネの辛味が、
ホロっと香ってきた。

で、いただいたその器もなんだか気になる。 訊けば、敷地内の土をユンボで掘って、
その下の溶岩を採取して、
それを砕いて篩って、ミキサーに掛けて、
それを土と混ぜて轆轤にて成型、焼成した陶器、
謂わば溶岩焼きであると。
釉薬も溶岩から抽出したものだという。
へーー、溶岩の粉を混ぜ込むことは想像できても、
釉薬まで溶岩由来で、この出来栄えって、
なかなかに素晴らしい。
まさに、この土地から生まれた器、だ。

L字のカウンターの角には、
美しいフォルムの鉄瓶が存在感をもって、ある。
手許には、漉いた厚手の紙のメニュー。
近頃よく見掛るようになった、
食材の名のみを軸に、ひと言の料理名を添える程度の、
短い料理名が印字されている。 同じ紙のもう一片には、こんなメッセージがあった。
夜が少し近くなり、夕風が少し冷たくなり、
日の色が少し優しくなる。
火祭りの松明も山頂へ続く光の筋も、
この花火のようにもうすぐ消えてしまうんだ。
晩夏の富士山麓にて、
今日の皆様のひとときが、
記憶のどこかに瞬く小さな光となりますよう。

メニューには、「アマゴ オクラ」とだけある。
川魚、大雨魚(オオアマゴ)の皮目をパリッと焼いて、
雨魚の身の部分に、山梨県産のグリーンオリーブと、
近くで採った山椒の実のペーストを少し塗って、
その上に炭火で焼いた秋葵(オクラ)を載せている。 ソースがまたヒネリが利いていて、
発酵させた野菜の出汁をバターで繋いで、
そこに岩魚の魚卵を加えたもの。
ああ、山椒の香りが心地よく、する。

アマゴと云えば、まだ学生の頃に一尾だけ、
奥多摩の渓流で釣ったことがあるのを思い出す。
そのまま沢登りになってしまい、その挙句ルートに迷って、
月明りを頼りに真夜中に森の中を彷徨って、
なんとか這這の体で反対側の駅に辿り着いたことも(^^)。
なんか、あの日の渓流の光景を想起させるようなお皿だ。 その脇に添えた樅木の新芽のピクルス(!)を、
雨魚を半分くらい食べたところで口にすると、
森の香りがして、
何故かまたまたあの日の渓流を思い出す。

そこへ添えてくれたワインは、甲州市は勝沼町にある、
その名もそのまま勝沼醸造という老舗がつくる、
「アルガブランカ イセハラ 2023」。 甲州を産する地域の中でも特筆される、
伊勢原という地の単一の畑から収穫された、
甲州のみを用いたというもので、
成る程、柑橘っぽい香りのする甲州によるワインに、
ハーブっぽいニュワンスが添えられている感じがする。
素直な酸味と爽やかな吞み口が、いい。

お次は、山梨と云えばの、桃の料理。
硝子の器の中央には、
自家製のストラッチャテッラチーズ。
そこへ桃を載せて、
24ヶ月熟成させてつくる生ハムをあしらう。 ブッラータチーズの中身として知られる、
ストラッチャテッラチーズには、
海のない山梨県で唯一とれる、
温泉を煮詰めた「信玄の涙」なる塩で味付けをしているそう。
メインの桃は、30秒だけコンポート液へ。
底には、軽く加熱したズッキーニとそのピューレを隠している。
桃がオイルのようなソースに浮いているようでもあり、
うんうんうん、面白美味しい。
メロンより桃の方が生ハムと似合うと知る(^^)。

ワインはと云えば、今度はロゼ。
山梨市牧丘町にある共栄堂というワイナリーからで、
珍しくも巨峰とシャインマスカットをつかったもの。 牡丹、丸小紋、エジプトとされる三層の文様による、
エチケットの下に小さく小さく、KYOEIDO WINEと示す。
甘い香りがするけれど、全体のトーンはすっきり美味しい。

そこへ添えてくれたパンは、
富士吉田市で育てている「ゆめかおり」という、
製パンに向く品種の小麦粉と、
その麬(ふすま)を使って焼いた、
焼き立てのブリオッシュ。 庭で採れたローズマリーとカキドウシという、
シソ科の野草を練り込んでいるという。
パンを千切れば忽ち、
いろんな香りが広がるのであります。

いくらでも食べられそうな美味しいパンなのだけれど、
そうするときっと最後まで辿り着けないですねー、
などと話しているところへ、
蓋のされた両手鍋がやってきた。 パカリと蓋を返せば、白煙が立ち昇る。

煙が拡散したあとの鍋の中を覗けばそこには、
生の葉のついた枝が敷かれている。
その上にちょんちょんと載せられたいるのが、
姫鱒(ヒメマス)だという。 姫鱒は、西湖で育てられている少し小型の鱒。
焼き茄子と姫鱒を塩焼きしてペーストにしたものとを、
三枚におろした姫鱒に塗って、重ね合わせて、
それを焼いている、という。
香り付けのために鍋の底に敷いていたのは、
近くに自生している油瀝青(アブラチャン)という、
クロモジ属の落葉低木。
別に用意してくれたアブラチャンの枝を折ると、
爽やかな香りがする。
爪楊枝に使われることもあると聞くと、
あー、成る程ってところか。

香り付けの工程を経て、改めて登場した姫鱒。 姫鱒を艶やかに覆っているソースは、
姫鱒の頭と骨からとった出汁に、
一年程前に自家製していた姫鱒の魚醤で味付け、
葛粉でとろみをつけているという。
姫鱒の下には、炭火で焼いた平茸に椎茸、
そして自家栽培による黄色い傘のタモギタケ。
載せた葉は、レモンジャムという品種のマリーゴールド。
姫鱒が纏った燻製の香りが柔らかいのが、実にいい。
なははは、キノコが美味しいや、なははは。
なんか、ヘンタイ度合がどんどん増してくるww(^^)。
ソースを残すのが勿体ないので、パンを貰おう。

合わせてくれたのは、ワイン、じゃなくて麦酒。
河口湖へ行く途中にある鳴沢村で作られている、
「富士桜高原麦酒 サマーヴァイツェン」。 夏限定のクラフトは、小麦ビール特有の酸味と、
フルーティーな香りの中にホップの苦みが輪郭をつくる。

お次のお題は、「李 壇香梅」。 李とはもしかしてスモモのこと?と訊けば、正解。
ソルダムという品種のスモモのシャーベットに、
壇香梅というアブラチャンと同じ仲間の、
爽やかな香りのする泡を載せている。
スルダムの酸味がまたすっきりとさせてくれるね。

ランチにとやってくるひと達のルートを訊くと、
最寄りの駅の富士急行線富士山駅、
もしくは河口湖駅からバス、タクシーという方が多く、
あとは、例えばバスタ新宿のようなターミナルからの、
河口湖方面もしくは山中湖方面の高速バスで、
忍野入口バス停か、富士山ミュージアムパーク前下車、
という方も少なくないそう。
でも、週末は高速・道路が混み合って時間が読めないので、
どちらかというと電車の方が時間は安心では、とも。

ひとつめのお肉料理は、「軍鶏」。
カイジシャモは、甲斐路軍鶏と書くという。
成る程これもまた如何にも山梨らしい食材だ。
右手には、薪火で焼いた胸肉とささみ。
その上に茗荷のピクルスと焼いた空心菜を載せている。 軍鶏のクセにというとなんだけれど、
身肉が大層柔らかく、
ピクルスとは別に茗荷を用いたペーストが、
不思議と利いていて、妙に合う。

反転した左手の料理は、
甲斐路軍鶏の腿肉と砂肝をつくねにしたもの。 軍鶏のレバーを使った、
謂わばレバーバターのようなソースを、
つくねの上に載せて焼き上げている。
ソースは、勝沼町のワイナリー、
グレイスワインの「周五郎」という、
甘口ワインをベースに使った赤ワインソース。
頂上にひと粒だけあしらってあるものは、
黒文字(クロモジ)の実。
ひと粒で画竜点睛を欠かず、妙に表情が出る。
口に含めば、嗚呼、つくねだぁ(^^)。
黒文字と無患子(ムクロジ)を勘違いしていたのだけど、
齧った黒文字が爽やかスパイシーだ。

山梨を代表する赤ワイン、ということで、
現れたのは、そのグレイスワインの「キュヴェ三澤」。 トップキュヴェ2015年ヴィンテージは、
カベルネソーヴィニヨン主体で、
プティヴェルド、メルロを用いているという。
もう市場にはほとんど残っていないと思われ、
店にもあと数本しかないと仰る。
エチケットに縦書きの文字が、渋い。
森鴎外か永井荷風かと思ってしまう。
クンクンすれば、嗚呼、うん、いい香りだ(^^)。

「軍鶏」の次の「芽吹き」ってなんだろうと、
牛かな?と想像していたら、然にあらず。
当店のシグネチャーディッシュであるところの、
ジビエと野草の料理であります。 周りは竹炭を練り込んでつくった、
クッサン(=クッション)という軽い生地。
その中にジビエが色々と仕込んである。
そこへ、10種類ほどの野草のあしらい。
これってハルジオン?と訊けば、大正解(^^)。
しかしまぁ、こうなるともう、アートやね。

鹿肉の芯玉(シンタマ)という部分と、
猪のバラ肉にミンチ状にして網脂で巻いた熊肉の、
3種類のジビエを炭火で焼き上げたもの。 さらに隠元の炭火焼と、
薄切りのじゃが芋を重ねて揚げたものを加えてる。
ジビエ出汁のソースと黒大蒜とスパイスでつくった、
ピューレを底に忍ばせていて、
上の白いソースは、玉葱のピューレ。
竹炭の生地を崩して、ふたつのソースともども、
野草もジビエたちも混ぜて召し上がれと仰るも、
アート作品ともなると容易に手を出し難い(^^)。
いやいや、崩しちゃってください!ということで、
大胆に崩しにかかり、軽く混ぜ合わせてみる。
クセがあり硬いジビエ、という側面は、勿論ない。
ああ、ところどことに野草の苦みや香りがする。
見た目に気持ちが奪われるも(^^)、
沢山の旨味と香りが纏まって、しっかり旨い料理だ。

35歳以下の料理コンペティション「RED U-35」で、
弟の浩平シェフが優勝したことがあり、
その時に出した料理がこの「芽吹き」だという。
成る程、今のところのスペシャリテ、という訳だ。

ここでサラダかーと思えば、
それもまたただのサラダではありませぬ。 上野原市のうえのはらハーブガーデンという農園からの、
葉野菜を食べ易いようにブーケ状に束ねている。
山梨市のアサヤビネガーの6年熟成バルサミコ酢と、
笛吹市の前田屋のオリーブオイルのドレッシング。
あれあれ、めちゃめちゃ美味しいサラダじゃん。

焙じたばかりのほうじ茶をいただきつつ、
お次のお題の「やさいめし」のお話を聞く。
富士吉田の割りと狭い地域の郷土料理で、
人が集まるようなタイミングで、
子供の頃よくお祖母さんお母さんが作ってくれた、
つまりは兄弟おふたりの想い出の料理に、
アレンジを加えたものだという。 土鍋で炊いたミルキークイーンを下に敷いて、
その上に飾るように載せているのは、
炭火で焼いたり、茹でたり、生のままだったりの、
色々沢山な夏の野菜たちが30種類ほど。
なんかこー、ケーキのように華やかではありませぬか。
自家栽培の椎茸を戻してひいた出汁と、
麹と塩と野菜でつくった醤油と、
同じくトマトでつくったトマト醤とで、
その野菜たちの味付けをしているという。

お披露目の済んだお皿は一旦引き取られて、
調理台の上でシェフがまぜまぜしてくれる。 なんだこれー、何がこう美味しくさせるのか、
最早もうまったく解らない。
不思議だ、不可解だ。
ただただ、美味しいことだけは、よく判る。
この日の食材の端材のおよそ全部を入れて、
とった出汁のスープも添えてくれて、
最後はやさいめしにぶっかけて、ね。
このスープがまた、うんまいんだ。
おかわりできない、お腹容量が、
嗚呼とっても恨めしい(^^)。

振り返ってみると、
ひとつの食材に色々な手を入れて、
それぞれを組み合わせて構築していく手法が、
随所随所に織り込まれている感じがする。

硝子のポットにはハーブがぎっしり。 自前のハーブ園でつくったという、
レモングラス、レモンバーム、レモンバーベナ、
イエルバブエナ、スペアミント、ローズゼラニウム、
そしてアニスヒソップと7種類のハーブたち。
ミックスされた複雑さの中にレモン風味が利いている。

そんなハーブティを啜りつつ、
お迎えしたデザートのひとつは、
厚手の硝子の球体の中にある。 懐かしい感じのプリンアラモードと仰るが、
だったら洗練され過ぎている(^^)。
アニスの香りのキャラメルソースを底に敷き、
ローズゼラニウムの香りを移したプリンを据え、
デラウエア、シャインマスカット、サンシャインレッド、
葡萄三種にブルーベリー、和梨、無花果、李などなど、
県内で収穫できる9種類ほどのフルーツを載せて。
奥車葎(オククルマムグラ)という、
この辺りに自生している野草があり、
その杏仁ぽいニュアンスの香りを移して、
ゼリーにしたものも添えられている。
真ん中のあしらいの小さな花は、なんと、
ご存じ、アリッサムだという。
アリッサムって、食べられるものもあるんだー。
硝子の中の小宇宙は、香りと風味が花開いて、
最早プリンが脇役になってさえいる感じ。
あ、底のキャラメルで急にプリンだ。

ふたつ目は、マンゴーのデザート。 それがなんと、八ヶ岳のマンゴーだという。
八ヶ岳高原のハウスで育てる完熟マンゴー「天空の輝き」。
賽の目にカットしたそのマンゴーの果肉の横には、
マンゴーの皮から香りを移したババロア。
そのババロアの中にも、
マンゴーの果肉とピューレが仕込まれている。
あしらいは、マリーゴールドの花と葉と。
ああああ、マンゴーが真っすぐに、美味い。
ババロアと一緒にいただけば、さらに美味い。
思わず、あらまーー!と小さく呟いてしまった(^^)。
山梨にこんなに美味しいマンゴー、あるんだね。

ダメ押しをするように最後に、デザートワイン。 勝沼町のシャトージュンの「セミヨン ヴィオニエ」。
クリオ・エクストラクションという手法のもので、
樹上で自然に凍ったブドウを使うアイスワインに対して、
葡萄を圧搾し氷を取り除くことで、
糖度を上げた果汁を使ったデザートワインだそう。
そんな方法があるなんて知らんかった。
香りも味わいも甘ったるくなく、
爽やかにさえ思うデザートワインだ。

散々美味しいものをお腹一杯食べて、
それらに合った美味しいお酒を呑んで、大団円。
そして、帰らなくていいってのが嬉しい、
めちゃサイコー(^^)。

忍野八海で知られる富士山北麓の忍野村。
富士吉田市から忍野村、山中湖村とを繋ぐ、
国道138号線から降り入った森の中に、
富士北麓cuisine「nôtori」は、ある。 店名の「nôtori」は、農鳥(のうとり)から。
富士山の山梨県側に宿る鳥、農鳥。
それはつまりは、春先から初夏に、
雪解けが進むと現れる鳥型の残雪。
この鳥が飛来する頃が、
春の到来や農作業の開始の時期であった為、
こう名付けられました、とWebページにある。
春、そして雪の少ない冬にも時々”農鳥”は見えるそう。
富士山の山肌の窪みの根雪が鳥を描くんだね。
地元山梨農家農園が産する食材たち、
地元山梨のワイナリーが供するワインたち、
地元周辺で自ら採る野草やハーブたちから、
想い出の山梨の郷土料理まで。
地元産の食材を使った料理を売りにするレストランは、
世に星の数ほどあるけれど、
地元愛をひしひしと感じさせるほど、
ここまで徹底したレストランを他に知らない。
ここの土地を食べていただくような料理になります。
食事の冒頭にお聞きしたフレーズを反芻して、
とってもとても腑に落ちる。
いやはや、素晴らしい。
また来るときも、泊まりでね(^^)。

「nôtoriノウトリ」
山梨県南都留郡忍野村忍草3192-8 [Map]
https://notori-fuji.com/

column/02933