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居酒屋「チョロ松」で勘八琉球豚天牛筋酢の物虎河豚刺合えかも吸いおそ松くんでなく

大橋トリオが、山荘無量塔アルテジオで唄った「ホルトノキ」。
その歌声が耳に残っている裡に、そうとはまったく知らずに一の宮巡りで訪れた柞原(ゆすはら)八幡宮で「ホルトの木」を見上げた。
そんな不思議な巡り合わせにびっくりしたまま訪れたのが、大分駅北側の府内町にあるポルトガル料理店「KOFUKU」だった。
ポルトガル人が持ち込み移植した、
「ホルトの木」を見上げたその足で、
これまた偶然にも予約していた、
ポルトガル料理店にお邪魔したことになる。
こんなことって、あるんだねぇ(^^)。

そのポルトガル料理店「KOFUKU」に、
ご馳走さまをして向かったのは、
大分市寒田にある「西寒多(ささむた)神社」。 石柱の冒頭に刻まれているように、
豊後国のもうひとつの一の宮なのであります。

車を停めて振り返ると、
そよそよと流れる寒田川に、
石組みの太鼓橋が架かっている。 そのアーチの向こう側に鳥居が見える。

萬年橋とされる太鼓橋を渡り参道を往くと、
鳥居の先、真正面に拝殿が見えてきた。 参道脇の略記案内板によれば、
「西寒多神社」のご祭神 西寒多大神は、
心の神、精神安定の神である月読尊、
天照皇大御神、天忍穂耳命を総称する。
拝殿へと石段を上がった両側に、
ステージのような建物があって、
それが回廊とされているものの、
どことも繋がっていないのが不思議だった。
御朱印をいただいて、
時季外れの藤棚の下を潜って、
寒田川を渡り戻る。

そのままブイイーンと別府の街に帰って、
ゆめタウン別府向かい側の温泉ホテルでひと休み。
源泉かけ流しの部屋付きの風呂そのものは、
なかなかいい感じなのだけれど、
ゆめタウンの建物に阻まれて海が見えないのが、
なんとも残念ではある。

身支度を整え、
すっかり陽が落ちた国道10号線へ出てから、
ふと思いついて、
夜の竹瓦温泉の佇まいを眺めに寄り道する。 少し開いた引き戸の間から覗く下がり壁に、
浴場の様子や湯の熱さを思い出す。

ふたたび国道に戻って、
北浜の交叉点方向へ歩くと、
ご存じ、別府タワーが見えてくる。 三年前別府を訪れた時には、
ちょうど改修中でその雄姿を拝めなかったンだ。
名古屋テレビ塔、大阪通天閣に続いて、
1957年(昭和32年)に建てられた集約電波塔で、
高さは100mと、他のタワーと比較してしまえば、
可愛らしいくらいのものだけれど、
それゆえの良さもあるような気もして、
別府のシンボルのひとつには違いない。
昭和がしかと漂う感じも悪くない。
地上55mの夜の展望台からは、
暗い別府湾が広がるばかりだったけれど(^^)。

別府タワーからちょっと戻って北浜通りへ。 ビストロ「慈雨」のあるアーケード、
ソルパセオ銀座をそのまま横切って進めば、
今宵の止まり木が見えてくる。
通りを照らす正方形の突出看板には、
相合傘の落書きよろしく、
“かも吸”と”地酒”とが寄り添っていました。

ほろ酔い笑顔の客人たちと入れ替わるようにして、
カウンターの一番奥に陣取った。 どことなく飴色のする感じに既に、
居心地のよさを覚えはじめます。

湯上り気分も手伝って、まずは赤星を。
カウンターから見据える梁に、
黒塗りの木札に筆の楷書で書いたお品書き。
ごっそりと歯抜けになっているところもあって、
それは何の品札だったのだろうと、
妙に気になったりなんかして(^^)。
並びには「チョロ松セット」と示す額装もあって、
「とりもつまたは牛すじ」「琉球」「魚料理」に、
「豚天」「若どりから揚げ」そして、
「かも吸そば入り」の6品による、
二名様用のコースのようなものもある模様。
王道を往くとするとそんな感じなんだろうねと、
ちょっと靡きかけたけれど、
単品でお願いしていることにしました。

まずは「カンパチの琉球」。 大分の郷土料理”琉球(りゅうきゅう)”。
醤油、酒、味醂、胡麻や生姜でつくるタレで、
お刺身を和えていただくもの。
「琉球」を初めてしっかりいただいたのは、
大分駅北側府内町の郷土料理店「こつこつ庵」、
でのこと、だったんじゃないかなぁ。
ここでは勘八の他に平目や鯛の琉球の品札もある。
一種の保存食であったとされているようだけれど、
どちらかといえば淡泊なお刺身を、
上手いこと美味しくいただいてしまおうという、
そんな工夫から生まれた料理なんじゃないかと、
そんな風に思ったりする。

大分名物「鳥天」ならぬ「豚天」なのだから、
あの「鳥天」の装いでの「豚天」なのだね、と。 ところが、そのお皿はそんな想像に反していた。
揚げたつみれというか揚げ団子というか。
細かく叩いた豚肉をつなぎを入れて丸めて揚げた、
そんな様子の団子をポン酢にちょんして口へ。
なんか揚げ焼売のような感じもして面白い。

お酒のメニューには、
大分県の白地図に蔵の位置を示した、
地酒の件もあって、「西の関」「八鹿」、
「鷹来屋」「和香牡丹」「ちえびじん」と、
5銘柄の用意がある。
豊後大野市の浜嶋酒造の特別純米、
「鷹来屋(たかきや)」を冷やでいただきましょう。

「鷹来屋」を舐めたところに「牛すじの酢の物」。 牛すじとは、アキレス腱の部分や、
腱が付いた肉を確か云うはず。
大阪で出逢う所謂スジのように、
煮込んで煮込んでホロホロになった肉、
というイメージがあるところ、
目の前のお皿に載るは、コリコリ食感。
首回りとかの別の部位なんだろうか。
うーむ、面白いねぇ。

「牛すじの酢の物」と一緒に届いた「とりもつ」。 なんだかぱっと見同じビジュアルに二度見した。
レバーを軸にきんかんや砂肝やハツなぞの、
煮付けて冷やした部位たちの小鉢。
小葱の小口切りがたっぷり添えられて、
柚子胡椒がちょんと載せられているのが、
およそそっくりだったのだもの(^^)。
ここでも登場した小ねぎは、
大分県ブランド「大分味一ねぎ」、
ということなのでしょうか。

唐揚げかはたまた刺し合えか。
喧々諤々協議の上、決定したのは(^^)、
「トラふぐの刺し合え」であった。 おっとー、小葱たっぷりという点では、
またまたおよそ同じような見映えだ(^^)。
でも身も皮も湯引きしたような身までも、
小鉢ながら、たっぷり入っていて有難い。
“和え”じゃなくて”合え”と呼ぶんだね。

そろそろお腹もいい感じになってきた。
ここひとつ、相合傘の片割れにして、
品書き札筆頭の「かも吸い」をそば入りで、
いただきましょう。 大阪・難波のうどん店「千とせ」が起源の、
「肉吸い」なら食べ知っているけれど、
「鴨吸い」たる「かも吸い」は初めてだ。

ここでもまたまた、小葱が大活躍。
スライスした合鴨が湖面を飾る風では、ない。
どこか、福岡・博多のもつ鍋という風情もする。
土鍋から汁を掬って啜ると、
はー、塩仕立てにも思ういい出汁、いいお味。
美味しい、旨い、美味しい。 骨がついている具が、と姐さんは仰っていたけど、
鴨にははほとんど食べるところはなくて、
その代わり鴨ガラからの出汁となって、
スープをお美味しくしている感じのする。
鴨以外にも色々な具材を使っていそうな汁。
そのスープには案外胡椒が利いていて、
そばは、蕎麦ではなく中華麺。
なので、塩仕立ての鴨ガラ中華そば、
と呼んでしまってもよいのかも、とも思う。
「肉吸い」が出来た物語と同じく、
「鴨出汁そば」から麺を抜いたものを所望したから、
「鴨吸い」が生まれたのだとしたら、
「かも吸い(そば入り)」って、
なんか一周廻ってるような気がするな(^^)。

別府の街の繁華街の一角。
ソルパセオ銀座なぞのアーケードと交叉しながら、
別府湾沿いの国道へと抜けて行く北浜通り沿いに、
居酒屋「チョロ松」は、ある。 「おそ松くん」の六つ子は誰々だっけ、
などと話していてもすぐには思い出せない。
おそ松、一松、カラ松に、
チョロ松、トド松、十四松だ。
その”チョロ松”なのだろうね、
というところまでの想像は出来る。
そこで、ハイっ!と右手を挙げて、
店の名の由来を訊いてみた。
皆さんによく訊かれるのですと、
応じてくれた女将さん曰く、
先代が飼っていた猫ちゃんの名前みたいです。
意外過ぎる脱力なお答えに互いに笑う(^^)。
そしてその猫ちゃんがなぜに「チョロ松」か、
というと、判らないんです、とも。
3年ほど前に「チョロ松」の先代が勇退されて、
長年の贔屓筋の客人だった現社長が店を任され、
事業継承しているということもあって、
細かいところは判らないですと。
先代がちょうど「おそ松くん」世代なのでは、
とふと思ったりもするが、
当店「チョロ松」は、70周年を迎えたところ。
つまりは、漫画「おそ松くん」が最初に、
「週刊少年サンデー」に掲載された1962年、
昭和37年より前から「チョロ松」だったのだ。
「チョロ松」という店の名前には随分と、
助けられている感じがしていますと女将さん。
なかなか忘れないし、親近感もあるし、
名前に惹かれて入ったという客も少なくないという。
相合傘の表記も視線を惹くしね。
ご馳走さまでした。

「チョロ松」
大分県別府市北浜1-4 [Map]
0977-21-1090
https://choromatsu.com/

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