伝説のセルフうどん店「なかむら」でひやあつ釜たま行けて食べれた倖せ店裏の葱畑

その佇まいを含めて憧れに近いような想いを抱いていた、まんのう町の森の中にある純手打うどん「山内うどん店」で、念願の一杯をいただいて始まった香川への旅の第一日。
「山内うどん店」からの足で向かったこんぴらさんこと金比羅宮には、ズルして御本宮近くまで車で参じてお詣り。
そのお膝元ともいえる狭き金毘羅街道沿いの日本料理と讃岐うどんの店「宿月」で、
ご主人と向い合せのひと組限定の夕餉を堪能して、
表参道沿いに建つ温泉宿「敷島館」に一泊した。
その翌朝は、やや早めに起床。
それは、朝ご飯でもまた、
讃岐のうどんをいただいてしまおうという、
そんな魂胆からなのでした。

朝8時半頃に到着したのは、
丸亀平野を流れる香川県唯一の一級河川、
土器川土手近くの駐車場。 車から降りて振り向けば、
飯野山をおよそ間近に見遣ることができる。
青々として、そしてもっこりとしたフォルムの所為か、
何故か妙に気になる山だ(^^)。
どこかひとの手で盛った盆栽のような…。
讃岐富士とも呼ばれるのもわからんでもない。

飯野山を背にして眺める駐車場の奥には、
小屋のようにも見える建物が見付かる。 ココがあの”伝説のセルフうどん店”とも呼ばれる、
讃岐うどんの「なかむら」なんだね。
看板のひとつも特段なくて、あれ?って思うけれど、
それが「なかむら」流なのかもしれないな。

9時の開店にはまだまだ早く、
シャッターそしてポールだーと笑いながら、
建物左手にある入口脇に貼られた品書きを眺める。 おすすめポジションと思われる、
左上の「かけうどん(熱・冷)」から右へ、
「醤油(熱・冷)」「釜たま(熱)」「ぶっかけ(熱・冷)」、
「ひやしうどん(冷)」「ゆだめ(熱)」とある。
「肉うどん(熱)」「肉ぶっかけ(熱・冷)」には、
何故か大きくバッテンがつけられている。
「かけ」「醤油」に「つけつゆ」では、
“釜あげ”にすることもできる、とある。

トイレをお借りしようと建物の裏手へ廻り、
用を済ませて表に戻ろうとしたところでふと、
土器川の土手に向かうスペースの雑草の先に、
畑があるのが目に留まった。 そこにはなんと、
葱がずらっと植えれらているではありませんか。
ハタと立ち止まって、
ジッとその光景を眺めたのは、
「客が自分で、裏の畑で葱を切って採って、
客が自分で葱を刻んでうどんに載せて喰らう」
といううどん店があると聞いて、
そりゃ面白いぜひ行きたい食べたいと、
およそ誰もがそう思うその伝説の店がそう、
ココ「なかむら」だからに他ならない。
流石に今は、そんなスタイルはとっていない、
とのことなのだけれど、
その名残りを見れたような気分になって、
ちょと嬉しい(^^)。

客が自分で裏の畑で葱を切る、という、
この件、このシーンは疑いもなく、
沢山の全国のひと達に強く印象的に響き、
ずっと記憶され続けてきているに違いない。

讃岐うどん界ではその名を知られた、
田尾和俊氏を中心に結成された、
讃岐うどんの穴場探検グループ”麺通団”。
“麺通団”のその名を知ったのは、
どこに仕舞い込んだか見当たらないけれど、
1993年(平成5年)4月の初版の後に、
2003年(平成15年)に新潮社が出した、
文庫版の「恐るべきさぬきうどん 麺地巡礼の巻」、
あたりのことだったかと思う。
そこにも確か、飯山町の「なかむら」の、
「超セルフ」スタイルのうどん店の様子が、
克明に語られていた筈だ。
最近手に入れた2025年7月初版の、
復活 超麺通団「恐るべきさぬきうどんの世界」でも、
レジェンド6の中の一軒に挙げて、
“裏の畑でネギを取る”をはじめとした、
特異なセルフっぷりを振り返って巻末を飾っている。

次いで、さとなおさんが著した、
「うまひゃひゃさぬきうどん」は、
2002年(平成14年)5月の初版が手許にある。
さとなおさんが大阪勤務時代に出会ってしまった、
さぬきうどんの美味しさに、
謂わば狂喜乱舞している様子が手に取るように、
読み応えをもって面白く読め、
かつ讃岐うどんの様々な側面が伝わってくる。
ここにも、飯山町「中村」との初対面の状況が、
ビビッドに描かれていて、「中村」の項の表題は、
“異空間の非日常”とまで書かれているんだ。

最近になって、ネット上で盗み読んだのが、
村上春樹が書いた「辺境・近況」の、
「讃岐・超ディープうどん紀行」の章の中の一節。
それは”「中村うどん」は文句なしに凄かった、
ディープ中、最ディープなうどん屋である”、
というところから始まる。
流石村上春樹、田尾氏らやさとなおさん同様、
ぐいぐいと読ませてくれる。

ディープさ絶好調な往時に、
養鶏の名残りの鶏小屋とも云われた建物は、
同規模の小屋に建て替えたものだと思われる。 往時には、ただその辺の石に腰を下ろして
うどんを啜ったと描写されていたものの今は、
駐車場から見た、その小屋の裏手に、
およそ広々としたお食事エリアがあり、
陽射しを避けるシェードがしっかりと張られている。
半切した丸太を模ったベンチがあるけれど、
強い陽射しを浴びていて、触れたら熱そうだ。

引き戸の前でじりじりと待っていて漸く、
開店時間の9時になり、暖簾が出されると同時に、
どうぞ、と声が掛かった。
お待ちしておりましたw(^^)。 入って左手で、二杯の註文を告げて、
後続のために小屋の中央あたりにズレるとそこは、
うどんを茹でる羽釜のすぐ脇あたりになる。
たも網に入れてうどんを茹でていて、
ちょうど茹で加減を確認しているようにも見える。
羽釜の周囲にあるてぼは、
うどんを温め直すためのものかもしれないな。

小屋に入って右手のテーブルには、
色々な揚げ物なぞのトッピングが、
バットに収めて整然と並んでる。 エビの練り物ですとある「赤てん」や、
同じ飯山町にあるテイクアウト専門店、
「前田のコロッケ」のコロッケやら、
鶉の玉子の串揚げや揚げたカニカマ等々。
油断するとあれもこれもと手が伸びそうで、
自重自重と呟き合う(^^)。

ほぼ待つ間もなく、どんぶりを受け取り、
お代を払えば、そのまま小屋の外。 そこに「熱かけつゆ」と「冷かけつゆ」のタンクがあり、
お好みのつゆをかけて、薬味を載せれば完成だ。

シェードの内側には、
長テーブルと木製のベンチが並ぶ。 そしてなんと、冷房の効いた部屋も用意されていた。
「客ほったらかし」の超セルフスタイルだった、
ディープな往時とは時代が違うのであります(^^)。

シェードの内側のテーブル席に座り、
いざいざとどんぶりのひとつと正対する。 それは、やはり基本形なのだろうと思う、
所謂「ひやあつ」の一杯。
トッピングも美しくできたような気がする(^^)。

割り箸を両手の親指と人差し指の間に挟み、
手を合わせて、いただきますと念じる。
そして、ゆっくりと箸の先を動かして、
適量に思う本数のうどんをズイと引き上げる。 ムニムニとしつつ、スルルンと口許を滑る。
おほほ、これはこれで旨い、美味い。
ズルズル、スルルン、ムニムニ。
うんうん、なんだか軽快にいただけて、いい。
旨いねーと思いつつも、ふと、
前日にいただいた「山内うどん店」と比べてしまう。
「山内」の襞を織り込んだような繊細さの代わりに、
素直でしなやかな弾性があるように感じた。

もう一杯は、「釜たま」にしてみた。 薬味をのせてから、特製とされる醤油をひと回し。
どんぶりをテーブルに置くや否や、
全体を掻き混ぜて玉子を絡めて準備万端。

ちょと慌てたようにズルズルと啜れば、
玉子の甘味が麺に上手に纏って包んで、
噛めばその甘味と粉の旨味が混然となる。 やっぱりこの、太さ、細さの加減がいいんだな。
ニュルトロンとしてモチっとして、
解いた玉子をうまいこと引き上げる。
決して硬くなく、勿論塩辛くなんかもなく、
素直でしなやかな弾性がある。

どんぶりを片付けて、
小屋の中へごちそうさまと声をかけて駐車場へ。
そこでまた、”讃岐富士”飯野山を目にして、
どうしてもより近くで眺めたくなった(^^)。 飯野山は、その足で向かった瀬戸大橋中程の、
与島PAからも望むことができました。

讃岐富士こと飯野山を望む飯山町の、
土器川の土手沿いにひっそりと、
伝説のセルフうどん店「なかむら」は、ある。 残念ながら、自分で裏の畑で葱を切ることも、
自分でうどんを湯掻くことも、
自分で勝手に料金精算することも、
その辺の石に座ってうどんを啜ることも、
往時の超セルフスタイルを体験することは、
いずれも出来なかったけれど、
一度訪ねたい食べたいと思い続けてきた、
伝説の店の今を知り、
うどんを味わえたことは、
倖せ以外の何ものでもありません(^^)。

「なかむら」
香川県丸亀市飯山町西坂元1373-3 [Map]
0877-98-4818
https://www.nakamura-udon.com/

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