夕刻からのライブを前にして、朝からいそいそと山陽本線に乗り込んで、岡山で乗り換えたのは瀬戸大橋線。
ご存じの通り、対岸の丸亀や坂出、つまりは四国へ渡れてしまう路線であります。
でも、ライブの前に四国を旅しよう、
なんてことではなくて、
降り立ったのは瀬戸大橋の手前の児島駅でありました。
“ジーンズの街”としても知られる倉敷。
その本拠は何処かと云えば、それは、
美観地区と同じ倉敷市内ではありながら、
ずーーっと南に下った海際のエリア。
国産ジーンズの聖地と謳われる児島地区には、
注目を集める「児島ジーンズストリート」があり、
通りの両サイドにショップがずらりと並ぶ。
気の向いた店にふらっと入って、
生地そのもののデザインも面白い1本をお買い上げ。
ここでは、デニムではなくジーンズ、であります(^^)。
児島駅の裏手海側に出ると、
観光船の乗り場がある。
そこから瀬戸大橋周遊と洒落込んだ。
穏やかな海を麗らかな日差しが照らし、
蒼空に瀬戸大橋の白が映える。
児島観光港を出た船は、
櫃石島、岩黒島にかかる斜張橋を右手に、
与島の手前でUターンして、
トラス橋の真下を潜り抜ける。
いやー、想像以上の壮観でありました。
バスでとことこ移動した先は、
下津井地区の下津井漁港辺り。
港の岸壁からも瀬戸大橋が見渡せる。
漁港に面して、地域の歴史博物館、
「むかし下津井回船問屋」という施設があり、
“ひっぱりだこ”の語源と云われる、
干しだこが風に揺れる風景がみれた。
施設の正面入口に回り込むとそこは、
下津井の古い町並みがみられる裏通り。
くるま一台分の幅員の裏通りを、
ひとつ隣の区画へと歩いていくと、
目的地の行燈看板を見つけた。
「保乃家」そして「たこ刺身」。
フレームには錆が回り始めていて、
文字がいい具合に掠れている。
片側だけが大きく張り出した屋根の上に、
さらに切妻の屋根が載る突き出し部が、
二階の店舗への階段室になっている。
階段の登り口に木板が立て掛けてあって、
それで営業中であることが確認できる。
二階に上がると迎えてくれるのは、
硝子ケースに収められた蛸壺のあれこれ。
フジツボががっしり付いたものもあり、
土の色は様々で、形も微妙に異なるのが判る。
その並びには、大きな水槽がデンと置かれてる。
エアレーションしている水槽には、
網に入れられた蛸が蠢いている。
この中のどれかをきっと、
これから食べてしまうのであります(^^)。
二階にある店舗のファサードは、
瓦を載せた屋根を設えていて、
木枠に細かい縦格子を配した、
和食料理屋然とした小粋な佇まい。
入口の引き戸には、倉敷格子。
店内の設えも和食店としての気構えが感じられ、
割烹料理店としての気風を思ったりする。
カウンターからふと背面を振り返ると、
額装の写真が目に留まる。
1972年(昭和47年)、NNS系「笑点」に、
若かりし日の大将が出演された際のもの。
当時の司会は、三波伸介だ。
箸袋には勿論、蛸のイラスト。
そうすると卓上の湯飲みも、
蛸壺に見えてくるから面白い(^^)。
実は一週間程前に予約をしようと電話した。
電話に出られた大将は開口一番、
「蛸が獲れんのよーーー」と嘆いた。
肝心の蛸が獲れなければ勿論、
料理の提供ができない。
なので、前日にもう一度連絡をしてくれ、と。
そんな経緯を経てのこの日、なのです。
まずは「金陵」を冷やでいただく。
対岸の琴平町にある蔵元の酒だ。
冷やを常温と云い直すタイミングが、
大将と一緒で、ハモってしまいました(^^)。
口開きの小鉢には、「いぼ酢」。
吸盤を三杯酢に漬けた酢の物で、
イボを治療する際に酢酸を用いる、
例のアレ、ではありません(^^)。
お次の小鉢には、
「まこしんじょう(真子真丈)」。
“真子”とは一般に、魚介類の卵巣のことで、
そう思えば成る程、下層部分のプチプチは卵だ。
上層の茶碗蒸し部分と一体となって、
何気なくも、美味しい蒸し料理だ。
続いて小鉢がもうひとつ、「たこだんご」。
細かくたたいた蛸の身のミンチがそこにいる。
ほんの少し一味を利かせていて、いい。
うんうん頷きつつ、金陵のお猪口を傾けます。
そして、ご本尊の「たこ刺身」登場。
通常であれば、吸盤を取って、
白い刺身で出すところ、
蛸が小振りだから、
吸盤付きの刺身で出すので、
よく噛んで食べてなー、と大将。
ちょうど数日前の日経紙面で、
蛸が鮪を越える高級魚介となったと読んだ。
蛸が獲れないので、
予約なしで訪れたひとは大勢お断りしたと、
これまた大いに嘆く大将。
こんなこと初めてやー、と。
吸盤のついた蛸の腕に山葵を載せ、
小皿の醤油の上に置く。
すると、まだ生きていてウネウネと動く。
気持ち悪いなどと云うなかれ(^^)。
口に含むと吸盤が少し吸い付く気配。
大将の云いに従ってそのままよく噛む。
ええええー。
得も云われぬ甘い旨味が弾ける。
どこまでも透明感があり、
新鮮な旨味が噛む程に広がる。
弾力がしっかりあるのにすっと歯切れる。
この歯応えは初めての体験だ。
捌き立ての蛸って、
こんなに美味しかったんだ。
いやー、吃驚だ。
こうなると、
通常の大振りな真蛸の、
太めの腕の吸盤を除いた、
白い刺身も俄然食べてみたいけれど、
獲れないのであれば、致し方ない。
蛸の美味しさを知れただけでも、
倖せなことだとそう思う。
8月までは割といい調子になったものの、
9月の産卵期の禁漁が明けて以降、
どーんと急降下してしまったという。
明石ダコで有名な明石でも、
水揚げは激減しているらしい。
海水温が高いことも一因で、
繁殖したハモの餌食になってもいるという。
西で蛸が獲れなくなっている一方で、
例えば東京湾では、
蛸がよく釣れるようになった、
なんて話も聞き及ぶ。
鮨屋でも、魚の旬がズレたり、
漁獲量の変化が極端だったり、
獲れる漁場の位置が北に動いたり、
そんな類の話が聞かれる。
これってやっぱり、
地球温暖化が原因なんだろうか。
うーむ。
次のお銚子は、地元倉敷の酒、
菊池酒造の「燦然」、雄町の特別純米に。
そこへ「たこからあげ」の角皿が届く。
腕に混じって、胴の部分も盛られてる。
イカリングならぬタコリングだ(^^)。
ご指示通り残しておいた、
酢の物の小鉢の三杯酢に唐揚げをちょん。
捌き立てのフレッシュな美味しさとは、
また違う火を入れた時の旨さが、ある。
また違う、蛸の甘さがあるね。
大将曰く、
吸盤の並びが八本とも揃っているのが、メス。
オスは、八本の腕のうち四本ほどに、
大きな吸盤がついている。
なんでオスにだけ大きな吸盤があるかというと、
抱きつくために必要なんよー、と大将。
そう聞いた客たちは皆さん、
「成る程ー」と感心して笑うという。
お決まりのやりとり、だ(^^)。
そしてお食事は、
「たこめし」に「たこのつみれ汁」。
薄味の中に蛸の出汁も滲みていて、いい。
お椀の中の蛸のつみれがホロホロとして、
お代わりくれないかなぁーと、
秘かに思ったりなんかして(^^)。
倉敷市の南端にして瀬戸大橋の袂、
ジーンズストリートでも知られる児島駅から、
バスでとことこ向かう漁港、下津井地区に、
元祖たこ料理の店「保乃家」は、ある。
大将が散々嘆いているように、
本来の型の蛸が獲れなくなっている。
その状況は遣る瀬ないけれど、
なんとか蛸の美味しさを楽しんでほしいと、
蛸が小振りなら小振りなりの工夫をしつつ、
朗らかに応対してくれた。
地球温暖化の仕業ではないかと憶測するも、
たまたまのことであって欲しいと思うばかり。
また以前のように蛸が獲れるよう、
そうなりますように、と大将にお伝えして、
下津井の町を離れたのでありました。
ご馳走さまでした。
「保乃家」
岡山県倉敷市下津井1-9-33 [Map]
086-479-9127