玉置浩二with故郷楽団のライブを軸にと訪れた滋賀・大津への旅でのこと。初日には、以前から気にかけていた赤いパドルの琵琶湖汽船ミシガンでの琵琶湖クルーズで、船に乗った。
二日目には、琵琶湖から山科、蹴上と京都方向へと流れる琵琶湖疏水を探検する、びわ湖疏水船で船に乗った。
そして三日目には、近江八幡で、
三度目の船に乗ったのであります。
近江八幡と云えば、
江戸時代の風情が残る「八幡堀」の船旅と、
近江商人発祥の地としての歴史的な町並み、
でありましょうか。
白雲橋からその八幡堀を見下ろす。
するとちょうど一艘の小舟が、
すいーとこちらに向かう光景が見れた。
成る程、曇天の下ではあるけれど、
なかなかの風情ある光景だねと早速、
八幡堀めぐりの船に乗り込んだ。
これで、三日連続の小さな船旅だ。
10人も乗ればギシギシとなりそうなボートが、
これまたゆっくりとお堀を往けば、
明治橋に差し掛かる。
近江八幡の領主にして、
八幡山城の築城と城下町整備を行った、
近江八幡開町の祖とされるのが、
秀吉の甥である豊臣秀次。
その秀次が整備したのが、
琵琶湖に繋がるこの八幡堀で、
水運による商業都市の基礎を築いたとされる。
白雲橋から明治橋にかけての、
江戸の頃を彷彿とさせるような両岸や、
その先の堀が曲がる船着場辺りは、
時代劇の背景に度々登場するという。
うんうん、そんな雰囲気、ある(^^)。
八幡堀の短い船旅を終えて、
「たねや 日牟禮乃舍」でつぶら餅を摘んでから、
日牟禮(ひむれ)八幡宮の楼門を潜ってご挨拶。
日牟禮八幡宮は、”八幡さま”として広く親しまれ、
八幡の地名や「近江八幡」の由来になったという。
日牟禮八幡宮の先に乗り場のあるロープウェイで、
八幡山城跡の八幡山へ登る手もあるねと話しつつ、
お堀周辺の城下町を散策しようと白雲橋を渡る。
メンタームの「近江兄弟社」の資料館に寄って初めて、
メンソレータムとメンタームとの経緯を知る。
メンソレータムでしか知らなかったものなぁ。
その先にあるのが、新町通り界隈。
西川庄六邸や森五郎兵衛邸といった、
江戸時代末期から明治にかけて建築された、
商家が整然と残る板塀の町並みは、
近江商人・八幡商人の故郷とも呼ばれるという。
当時の隆盛が偲ばれると同時に、
賑わいを失い廃れいく切なさもあるやに想う。
旧伴家住宅向かいの郷土資料館では、
秀吉の身勝手に翻弄されまくり、
一旦は世継ぎをなくした秀吉の養嗣子となるも、
秀頼の誕生によって掌を返した秀吉に、
強制的に出家させられ、
蟄居となった後に切腹、首を晒されたとされる、
豊臣秀次という人の悲嘆を知った。
近江八幡駅に戻って、駅の南側へと回る。
そこにはひっそりと、
或る古い私鉄のプラットホームがあった。
ホームに停車していた電車は、2両編成。
現在の塗装色はブルーではあるけれど、
見る人が見ればすぐに、
それがどこから譲られてきたものか判る。
きっと嘗ては、黄色に塗られていたんだ。
いや、ラズベリーレッドとトニーベージュとに、
塗り分けた赤電だったのかもしれないけれど、
鉄チャンじゃないのでよく判らないw(^^)。
ホームに立つ駅名表示には、
見慣れた西武ライオンズの球団ロゴ。
ホームの一角には、近江高校出身の若手有望株、
山田陽翔のパネルやユニホームのディスプレイ。
そう、近江鉄道は、西武鉄道の完全子会社で、
西武グループの一社なのだ。
西武鉄道が走る東京・埼玉とは隔絶したこの地に、
何故西武グループの鉄道があるのかずっと不思議で、
一度乗ってみたいと思っていたのだ。
滋賀県下で最古の私鉄であることはもとより、
全国的にも老舗の鉄道会社である近江鉄道。
1896年(明治29年)設立の近江鉄道は、
明治期に発足した日本の私鉄のうち、
設立・創立以来の社名を一度も変更せずに、
最も長く存続している鉄道なのだという。
赤字経営が定着しているとの、
噂通りに乗客は少ない。
ガチャコンガチャコンと音を立てつつ、
時に大きく揺れつつ、上下に跳ねつつ、
単線を往く車両に乗って到着したのは、
本線との結節点でもある八日市駅。
意外と整備された様子の、
駅ロータリーから少し歩くと、
神社の参道のような砂利敷きの前に出た。
すると、まるで待ち構えていたかのように、
何処かから法被姿の御仁が突然現れた。
「福」と刻んだ背に促されて、
砂利道の参道を辺りを窺う様に、往く(^^)。
廻り込むようにした門の扉は開かれていて、
打ち水のされた敷石の先には、
「招福楼」本店の入母屋造桟瓦葺大玄関。
若女将が迎えてくれました。
六つの間と二つの茶室を擁する「招福楼」本店。
若女将に従っておずおずと、
板張りの廊下を進むと左手に、
棟と棟とを繋ぐ緩やかな傾斜の渡り廊下。
こんな光景があるのだねぇと感心し乍ら、
渡り廊下を背にしてその先右手の、
楽浪の間へとご案内いただきました。
縁側からは、庭先と綺麗に刈り込んだ生垣。
そして、茶室「半庵」の外観が見える。
「楽浪(さざなみ)」という名称は、
古くは近江の呼び名であり、
また志賀(滋賀)の枕詞でもあると、
「招福楼」のWebサイトにある。
ご挨拶のお印にと朱塗りの盃。
重陽の節句月ということもあって、
この時期に菊の花弁を一緒に呑むことによって、
無病息災、長生きが叶うとされていると、
若女将のお話をききつつ盃を傾ける。
これで健康になるね、なんつってね(^^)。
床の間の掛け軸には、
菊花令人寿(きっかひとをしていのちながからしむ)。
重陽の節句に菊の露を飲んで長寿を願う、
そんな風習から生まれた、
菊の花が人を長寿に導くという、
不老長寿の願いが込められた言葉だという。
その掛け軸の下にそっと置かれていたのが、
重箱に暖かな三色の着せ綿(きせわた)。
菊の着せ綿とは、
重陽の節句に行われる宮中の習慣。
着せ綿に菊の香りと夜露を含ませたもので、
身体を拭くと長生きすると云われているそう。
この月は、徹底して菊づくし、なのだ。
盃に合わせて先付も届く。
その器に伏せてあったのが、
市松模様の障子で設えた蓋。
庭で菊花壇をした際の屋根に、
市松模様を施したことから、
この時季の先付の器にもと、
用意されたものだという。
ふむー、そんなところにも、
気遣いがされているのだねぇ。
青の小皿では、温玉の上をとんぶりが覆う。
へー、玉子の黄身にとんぶりが合うなんて、
思いもしなかった。
黄色の小皿には、柿なますに銀杏、庄内麸。
山形県の庄内地方に伝わる、
板状の焼き麸のが庄内麩だそうで、
近江の地で庄内の郷土料理とは、
なにか由縁があるのかな。
玉葱をサーモンで巻いたものに、
寄り添っているのがあわび茸。
飾り切りした酢橘の器には菱蟹の酒盗和え。
ヒシガニという蟹の名は耳にした憶えのない。
甲羅がひし形だから、ひし蟹、だそうで、
鋏脚が非常に長い妙なバランスの蟹であるらしい。
うんうん、実にオツであるのう(^^)。
方や、アワビのもつ食感と似ているため、
あわび茸と呼ばれているのが、
白嶺茸(ハクレイタケ)や雪嶺茸(ユキレイタケ)、
ともよばれるオオヒラタケの栽培種。
成る程、コリコリとした食感が面白い。
小豆色と紺青のふた筋を描いた器には、
イクラの飯蒸し。
ご飯は酢飯ではなくて、半粥という様子。
刻んだ柚子と湯掻いた三つ葉に思う青菜が、
華やかなイクラにさらに色を挿している。
お椀には、木の葉しんじょうと松茸、青菜軸。
柚子がふふふんと、いい香り。
こんな風に豪快に添える柚子を初めて見た。
嗚呼、当然のように、美味しいお出汁。
あわび茸のコリコリとはまた違う、
豊作とも聞く松茸のコリコリが愉しめる。
しんじょうには、銀杏や木耳の気配のする。
お造りは、防風をあしらった鯛と烏賊。
刻んだ紅生姜、ではないよねぇと思った、
ピンク色の薬味は「もってりっく」ですと若女将。
「もってのほか」「もって菊」とも呼ばれる、
一般的には山形県を中心に親しまれている、
紫色の食用菊のことだそうだ。
あれ、ここにも山形由来とも思える食材だ。
おろし山葵がフレッシュで辛めのためか、
醤油か割り醤油かに山葵を溶かずに、
ではなくて、山葵を溶いて、
とするところも案外に面白い。
木の葉型の陶器皿には、
太刀魚の柴漬け焼き。
幽庵地ではないものの、
塗ったであろうタレに甘い風味がする。
柴漬けの塩味は強くなく、
食感を添えている感じだ。
そしてその手前で、
松葉が刺さっているのが「伊深志ぐれ」。
なんだか丸めた味噌のようにしか見えず、
生麩だと聞いてもただただ、へー、と。
精進料理ではお肉代わりに使われると、
若女将から聞かされて初めて、
ほほう、成る程と漸く口走る(^^)。
箸休めにと、
なめ茸、紅葉おろしを載せた蒟蒻蕎麦。
何処かで食べたことありそうで、
何処でとは思い出されないこんにゃく蕎麦。
何を織り込んでいるのか、深い緑色をしている。
あれ、これももしかして、
山形由来のものではなかろうか。
そして、粟麩に小蕪、菊菜の炊き合わせ。
柚子がふたたびたっぷり満載。
何気に美しい。
お出汁が、当然のようにやっぱり美味しい。
あっつ熱の小蕪にその出汁が煮含まれて、
小蕪の甘さが倍加している。
ご飯は、菊雑炊。
菊の花弁が沢山浮かんだ湖面。
その真ん中に煮梅が鎮座。
これもまた、何気に美しい。
梅から出た酸味がお出汁に沁みていて、
そこへ鯛のほぐし身の旨味が過る。
まるでお浸しのように塩味を抑えた、
やや甘口の漬物たちにも好感だ。
甘味には、薄茶とともに栗茶巾。
匙でえいっと半切すると、
しっとりした餡が顔を出した。
素朴な甘さが、いい、いい。
栗と餡のバランスも絶妙だ。
菊、菊の節句の頃を表現した誠実な料理たち、
とくと堪能させていただきました。
懐かしき西武線の車輛が走る、
近江鉄道の八日市駅から程近い地に、
料亭「招福楼」本店は、ある。
中華料理店のような名と云うやなかれ。
茶室を構え、庭園を設えた風流な数寄屋造りで、
立派な料亭の構えを魅せる「招福楼」。
今回同様、季節毎の旬に因んだ献立が、
月々の風流を似合いの器に存分に織り込み、
様々に工夫を施した形で供されることが、
容易に想像できる。
茶道の世界にはいつまでも縁遠いけれど、
自身の日頃の俗っぽさにハッとさせられるような、
精神性が随所に表出して畏れ多い(^^)。
丸ビル36階に東京店を構えているようです。
「招福楼」本店
滋賀県東近江市八日市本町8-11 [Map]
0748-22-0003
https://shofukuro.jp/

