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中華そば専門店「とんちぼ」で巾着田曼殊沙華の紅い絨毯多賀野由来の煮干し中華そば

もうすっかり忘却の彼方なので判然としないけれど、何年生だったか、おそらく小学生の遠足で、高麗(こま)の巾着田へ行ったことがあったような気がしている。
野に咲く花なんかにはまだまだ特段の興味もない子供時分だったものの、鮮やかに赤い花を見たような記憶が薄っすらとある。
そして、なんだかんだでもう7、8年程に前になるかな。
すっかりいいオトナになってからも一度、
巾着田を訪れたことがあって、
でもその時は少し時期を外してしまって、
その花は半ば枯れ始めていたんだ。

ここで云う”花”とは勿論、彼岸花のこと。
どちらがポピュラーか、曼殊沙華のことでもある。
巾着田曼殊沙華公園を再度訪れたのは、
長月の末のこと。
公園近くの道路は平日にもかかわらず渋滞状態。
漸くのことで駐車場に入ることが出来た。

巾着田の雑木林は今まさに紅い花の花盛り。 公園内に建てられた木製の案内パネルが、
ここ巾着田の俯瞰図をよく示していて、
成る程ね、と思わず膝を打たせるほどに、
巾着(きんちゃく)型に高麗川が蛇行しているんだ。
子供の頃は、”きんちゃくでん”と教わった気がするけれど、
今は”きんちゃくだ”と呼称するみたい。
その昔は、田んぼが広がっていたのだろうね。

くるんと円く蛇行した高麗川の内側の奥。
ニセアカシアの林の中のほぼ一面に、
曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が群生していて目を瞠る。 曼殊沙華は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。
梵語(サンスクリット語)で「赤い花」を意味する、
manjusakaの音写が、
曼殊沙華へと転じたもののようで、
「法華経」などの仏典に由来するという。

お彼岸の頃に合わせたかのように咲く彼岸花。
そう云えば、お彼岸で訪れた菩提寺の墓地の隅に、
ひっそりと咲く鮮やかに紅い花を少し怖い思いで、
じっと眺めたことも子供心によく覚えている。 球根が有毒で、
その球根から不思議な形の紅い花を咲かす。
墓花、葬式花、死人花、幽霊花、地獄花、灯籠花や、
剃刀花、火事花、蛇花、狐花などといった別名・異名が、
彼岸花以外にも、全国に沢山あるという。
彼岸花にどこか畏怖のようなものをも感じるのは、
どうやら自分だけではないみたいだ(^^)。

少し不思議な心持ちにもなるけれど、
林の中に広がる紅い花の絨毯は、
なかなか見応えのある景観だったねと、
そんなことを話しつつ向かったのは、
曼殊沙華公園の入口から目と鼻の先。
ちょうど、巾着を括る紐のように東西に抜ける、
県道川越日高線沿いにある、
手打そば「玄蔵」の脇の小路を入るとすぐに、
空席待ちらしきひと影が見えてきた。 顎に指先を当てたキャップ帽の子供が、
どんぶりを手にしたタヌキと見つめ合う、
案内看板に描かれていたイラストが、いい。

予約時間には少し早いのだけれどと声を掛けると、
並んでいらっしゃる方たちとバランスを取りつつ、
早めにご案内しますねと、
快活かつ明朗な応対に安堵する。 自分は「特製中華そば」、相棒は「煮玉子そば」。
販売機で食券購入を済ませて、
ファストパス予約者用ベンチで、
しばしの待機であります。

お待たせしましたどーぞーと店内にご案内。
店内は、左手の厨房を囲むL字のカウンター8席に、
右手のテーブルに8席という布陣。 暖簾越しに窺う空席を待つひと達の姿に、
やっぱり予約しておいてよかったーと確かめる。
壁には、どなたの手によるものか、
林の中に群生する曼殊沙華の絵が飾られていました。

厨房に立つ店主丸岡さんは、
カウンターを囲むひと達やテーブルの客たちへ、
そしてスタッフへと気を配り声を掛け、
ついでに日本酒の説明までをしたかと思ったら、
だーっと外へ出て行っては、
空席待ちのひと達へのアテンドに精を出す。
その間ずっと喋り続けていて、
そのトーンは温かく、気遣いに満ちていて、
八面六臂の活躍含めていやはや素晴らしい。
その様子や声を聞いている裡に、
ご存じの方は知っている、喋くりでも有名な、
スターダスト・レビューのボーカル、
根本要にだんだん見えてきた(^^)。

カウンターからそのまま見える厨房。
失礼して、ぐっと身を乗り出してみると、
当然のようにテボが幾つも使われているのだけれど、
それらがおよそセメント色をしている。 煮干し系とは聞いていたけれど、
もしかしたらセメント系ニボニボ方面なのかしらん。

ところが、届いたドンブリのスープは明らかに、
セメント系とは流派が異なるものとお見受けする。 ほうほうほう。
啜るスープは、少し塩が強めだけれど、
煮干しの香りがふんふんとして旨味が深い。

使っている煮干しは何でしょう。
例えば、何度も伺った福富町の「丿貫」で云えば、
黒色強めのセメント色の「煮干classic」ではなく、
「伊吹いりこと比叡ゆば蕎麦」にみた、
ノンセメント淡麗系の系統だ。 店主の丸岡匡太郎さんが、
ご存じ荏原中延の名の或る名店、
中華そば「多賀野」で修行したと聞けば、
あー、成る程なるほどと思わせる。
スープがどんぶり一杯に注がれている感じもいい。
完成度のめちゃめちゃ高い「多賀野」のスープと、
比べてしまえば、荒々しささえ思わすけれど、
もしかしたらそれは、
横浜家系の「千代作」での経験も影響しているのかな。

麺はと云えば、加水の低いパツパツ系のストレート。 スープが力強いので、
もう少し太めの麺でも合いそうだけれど、
そのあたりは「多賀野」を踏まえて検討されたのでしょう。
肉厚のチャーシューも食べ応えしっかりだ。

彼岸花の紅い絨毯でも知られる、
曼殊沙華公園のある日高の巾着田近くに、
中華そば専門店「とんちぼ」は、ある。 2008年11月に鶴ヶ島市内に「頓知房」として開店し、
当地には2017年09月に移転開店した「とんちぼ」。
店主丸岡さんの父君の出身地であるところの佐渡では、
狸や穴熊のことを「頓智坊(とんちぼ)」と呼ぶそうで、
不思議な霊力を持った「とんちぼ」がいるとも。
導入路の案内看板にあったイラストをジッと見ると、
煮干しを頭に載せた狸がどんぶりを手にして、
今まさに少年にそれを差し出そうとしている。
狸とその狸が差し出すドンブリの不思議な魅力に、
少年が誘い込まれようとしているようにも見える。
つまりは、店主が”とんちぼ”そのものなのだ(^^)。
そうこう考えている裡に、
その”とんちぼ”が「多賀野」の店内で活躍している様子が、
なんとなく思い出されてきました。

「とんちぼ」
埼玉県日高市栗坪26-46 [Map]
090-6304-1018
https://x.com/tonchibon

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