
そのロケ地が、千葉は稲取市の佐原であると知り、佐原への小旅行をしたいなーとその機会を窺っていたのです。
新緑の或る日、洗車を済ませた愛車を駆って、北総方面へとハンドルを切る。
外環道から常磐道へ出て下り、
つくばJCTで圏央道へと回り込む。
牛久大仏を後頭部側から眺めつつ走り、
利根川を渡ったところでその土手沿いを往けば、
その先が香取市界隈だ。
小旅行の最初の目的地は、
下総国の一の宮、香取神宮。
参道の赤鳥居を一礼して潜り、
香取神宮の要石を拝む。
要石とは、地震を起こす大鯰魚を抑えるため、
地中深く挿し込んだ石棒で、
大鯰魚の頭尾を挿し通したとされる霊石で、
その石棒の頭頂部と見立てた石は、
香取神宮では凸型で、
鹿島神宮では凹型だという。
旧参道から回り込むようにして、
総門の階段下までやってきた。
突き当たりの手水舎で手口を清め、
艶やかにも映る朱の楼門の先に、
拝殿の佇まいを窺うように望み見る。
楼門の楼上の額の文字は、
東郷平八郎の筆によるものだという。
徳川幕府の手により、
元禄13年に造営された本殿は、
檜皮葺の屋根が渋く、
かつエッジが利いて美しい。
ただ丁度、塗り直し事業の作業中につき、
側面全体が養生シートに覆われてしまっていた。
なので少し離れて、
神楽殿の前に立つご神木の脇から、
拝殿の屋根周りの表情を拝み見たりした。
香取神宮を後にして向かったのは、
目的地の本丸、佐原の町だ。
愛車を宿の駐車場に停めて早速、
町の真ん中を流れる小野川沿いを散策する。
忠敬通りが小野川を渡る忠敬橋の袂にある、
植田屋荒物店の脇には、
昭和60年の日付とともに、
「佐原の町並」と題した案内板が立っている。
安政3年に著された「利根川図志」には、
佐原は、下利根一番の繁盛の地で、
村の中程に川があり、大橋と呼ぶ橋が架かり、
米穀や様々な荷物を積んだ船や旅人の船が、
両岸が狭いのを恨む程に、
先を争うように行き交い、
水陸の往来の群衆が昼夜に渡り止むことがなかった。
江戸時代に「小江戸」と呼ばれた佐原には、
伊能忠敬の旧宅をはじめとした、
土蔵造りの古い商家の建物が今に残る。
また、関東三大祭りのひとつに数えられる、
「佐原まつり」は、豪華絢爛を競い、
その山車で奏される佐原囃子は、
水郷情緒を代表するものである、とある。
その昔、水利、水上運送が主な輸送手段だった頃、
江戸湾から銚子へと利根川の流路を替えるという、
家康による利根川東遷事業によって、
太平洋と江戸とが水上運送のルートとして結ばれ、
その利根川の河岸場であった佐原が、
物資と人が行き交う地、拠点となり、
商業都市として栄えるとともに、
中心部を流れる小野川沿いには、
米問屋や醸造業を営む店が増えた。
江戸時代から明治、大正に続く豊かさの流れは、
小野川と交叉する香取街道沿いの、
店々の建物にも残っていて、
かつて三菱銀行だった洋館などと変化にも富み、
魅力的な町並みを形成している。
それが、関東地方で初めて、
重要伝統的建造物群保存地区として選定された、
佐原の中心地なのだ、ね。
へー、そうだったんだ、なるほどーと、
佐原の町並みの歴史的背景を擦りつつ、
そのままその近くの伊能忠敬の旧宅を見学し、
伊能忠敬記念館で忠敬の足跡を辿る。
伊能忠敬って、ただただ日本中を歩き回って、
地図を作った人だくらいの認識だったけれど、
江戸時代というアナログどころではない時代に、
残した地図の正確さ、精緻さがまず凄い。
測量ための天文学、地理学へ精通したばかりでなく、
商人としても異能を発揮したというからなお凄い。
妙に感心しつつ(^^)、
伊能忠敬旧宅前にある船着場から、
「小江戸さわら舟めぐり」の船に乗る。
こんな船着場がきっと、
かつて「だし」と呼ばれた河岸施設だったんだ。
船着場のすぐ横に架かる橋が、樋橋(とよはし)。
別名、ジャージャー橋と呼ばれる通り、
木橋の橋桁のところから水が、
ジャージャーと音を立てて流れ出る。
江戸時代の初期に、灌漑用水を対岸へと送るべく、
木製の大きな樋をつくり、
小野川に架け渡したのが起源で、
後に板を敷き、手摺を付けして、
人が渡れるようにしたのだという。
こんなものも町に財力と活力がなければ、
拵えられるものでもないよね。
船着場を離れた舟は樋橋の手前でUターンして、
利根川方向へと北進する。
すると、香取街道、忠敬通りが小野川を渡る、
忠敬橋がすぐに見えてくる。
忠敬橋を潜り、ゆったりと進む舟からの光景は、
どんどん情緒を増してくる。
土蔵を抱えた縦格子の商家の建物は、
今も営む正上醤油店だ。
その昔にはここからも、
荷の揚げ降ろしをしてたのだろうね。
ガイドさんの話を楽しく聴きつつ、
右にカーブする川に沿って舟は、
共栄橋に差し掛かる。
中橋の先で小野川は今度は左へと曲がる。
ゆるやかにカーブを繰り返しているところも、
小野川沿いを魅力的にしている気がする。
「いずれ菖蒲か杜若」。
ガイドさんは、小野川沿いでもみられる、
菖蒲(あやめ)と花菖蒲、杜若(かきつばた)の、
見分け方についてもネタを披露してくれる。
いずれもアヤメ科の植物ではあって、
まずは、花弁の根元部分に違いがあり、
菖蒲は網目模様、花菖蒲には黄色い筋、
杜若には白い筋が入っている。
そして、菖蒲は乾燥したところを好むのに対して、
杜若は水の中に生えている、という。
うーむ、しばらくしたらまた、
どっちがどっちか分からなくなるんだよね(^^)。
そうこうしている裡に舟は、
JRの鹿島線・成田線も近い開運橋を潜り抜けた。
そこで船上から見上げることができたのが、
この日のおひる処「香蕎庵」。
ただ「ここで降ろして!」という訳にもいかず、
舟はその先でUターンして、
今来た小野川の復路をふたたび、
ゆったりと進むのでありました。
そうして小江戸さわら舟めぐりの舟が、
忠敬橋の手前辺りまで戻ってきた。
右側の川岸を見上げればちょうど、
お世話になるお宿、ホテルNIPPONIAの暖簾が、
欄干と柳越しにちらりと見えた。
伊能忠敬旧宅前の船着場で舟を降り、
今度は小野川右岸の川岸通りを散策する。
中橋で左岸へと渡ってさらに往くと、
おひる時の目的地がふたたび見えてきた。
開運橋の横手から臨むは、
手打ち蕎麦「香蕎庵」の佇まいだ。
開運橋を渡ったところでなにやら、
微かな振動にも似た、
レールが軋む音が聞こえてきた。
すると日本貨物鉄道の車列が、
すぐ脇の鉄橋と踏切を駆け抜けてゆく。
今のってもしかして、”桃太郎”だったかも。
鉄ちゃんじゃないので判らないけれど(^^)。
商家のそれを思わせるような店先。
その店先とその奥の板の間とは、
細格子で仕切られていて、いい風情のする。
その奥の床の間の名残りのある部屋の、
テーブルへとご案内いただいた。
夜の部には、手打ち蕎麦の店にして、
事前予約制のおまかせフレンチコースのみという、
ちょっと不思議な二毛作的立て付けになっている。
そんな「香蕎庵」のランチもまた、
フレンチ仕立てのコースになっていて、
そこに手打ち蕎麦が組み込まれるという、
これまた面白いメニュー構成になっている。
季節の蕎麦膳、シェフのおすすめ、
そして、季節のお任せコースとある中から、
「シェフのおすすめ」コースをお願いしました。
NIPPONIAが発行してくれているクーポンで、
無料ゲットした角ハイボールを舐めているところへ、
地元食材をつかった前菜が届いた。
香取市の西側の利根川沿いの神崎町にある、
「月のとうふ」の寄せ豆腐が主題の硝子器。
「月のとうふ」のWebサイトをみると、
神崎の地には、強い香りと甘味が特徴の、
品種改良されていない「在来種」の大豆があり、
店の地下から汲み上げたミネラル豊富な水と、
伊豆大島産のにがりとで作る豆腐だ、とある。
トッピングには、シラスにイクラ。
イクラは小振りなので、鱒のものかもしれないね。
なるほど、濃いぃ味わいのお豆腐だ。
もうひとつの前菜が、つまりはタコス。
ただ、フレンチ・タコスという装いではなく、
沖縄に行ったら食べられる感じのというべきか、
本場メキシコ風のと例えるべきか、
でもスパイシー成分のないタコスという、
ちょっと意外な展開だ。
トルティーヤの形状には工夫がみられるものの、
具材の水気をもっとよく切ってくれるとよいね。
踏切の警報音がやや遠くに聞こえたかと思えば、
建物のすぐ横を時折、振動とともに、
ガガガガガガガっと列車が走る抜ける音がする。
お供のパンは、
香取神宮入口交叉点近くにある、
「パン工房シュシュ」のもの。
そこに添えた桜バターと呼ぶ自家製バターは、
塩漬けした桜の花弁を混ぜ込んだものだ。
お次のお皿は、
「柳蛸とスナップエンドウのサフランリゾット」。
柳蛸は、東北太平洋側で主に産する蛸らしいけど、
銚子あたりの港にも揚がるのかしらん。
魚介と野菜つかいのリゾットとなると、
結構イタリアン寄りな感じがしてくるね。
そう、このくらいのポーションがちょうどいい。
相棒が選んだメインは、
「銚子の鮮魚のポワレ タップナード」。
この日のお魚は、平目。
平目の中央には、ご存じタプナード、
黒オリーブとアンチョビなどによるペーストがON。
どこか懐かしい感じのするお皿だね。
「香取市産黒毛和牛 赤身ステーキ
シャリアピンソース」がこちらのメイン。
「季節のお任せコース」には、
かずさ和牛の肉が登場するに対して、
そうではない香取市産の黒毛和牛の赤身、
ということになる。
でも、このくらいの赤身肉がちょうどいい。
古典的なソースかもねとは思うものの、
うんうん、美味しくいただける。
コースのお蕎麦は、一人前80g、大盛り150g。
Webページによると、
茨城県産の蕎麦粉「常陸秋そば」と、
北海道産の蕎麦粉「音威子府そば」をブレンドし、
粗挽きの状態で打っているという蕎麦。
ふすまを含む様子もみられる茶褐色の蕎麦は、
布海苔でも入っているかのようなツルンとした、
口触りが面白い。
とろろを投入すると途端にとろろ一色になって、
蕎麦の風味が判らなくなった。


選んでおくべきだったかもしれないね。
焼き菓子のクーポンを替えてもらった、
自家製プリンは、硬めに仕立てた瓶入りのヤツ。
昭和の喫茶店感漂う、好きなヤツだ。
舟の上からチラ見した、
この日お世話になったお宿は、
小野川沿いに佇む格子戸の建物にある。
分散型ホテル、佐原商家町ホテルNIPPONIAの、
6棟ある中の1棟の「GOKO」は、
築120年の商家の間取りや蔵造りが残された建物を、
得意のリノベーションにより宿泊棟に仕立てたもの。
一階には、並木仲之助商店が、
和紙とお香の店を営んでいる。
建物の左隅にさりげなく下げられた暖簾を頼りに、
奥へと抜ける細い通路に入り振り返る。
二階の寝室からは、格子越しの眼下に、
小野川両岸の川岸通りが見渡せるんだ。
利根川水運で栄えた小江戸佐原の、
当時の面影を残す古き良き町並みの、
中心を流れる小野川沿いの開運橋の袂に、
手打ち蕎麦「香蕎庵」は、ある。
商家のような古民家の佇まいや、よし。
どこか懐かしく聞くフレーズを織り込んだ、
フレンチ風洋食やイタリアン寄りのお皿、
さらにはメキシコ料理か沖縄料理か、
昭和の喫茶店の味まであり、
ファサードを見る限りでは、
手打ち蕎麦の店だという、多面性が面白い。
店名は、如何にも手打ち蕎麦専門店、だしね(^^)。
「香蕎庵」
千葉県香取市佐原イ3844-2 [Map]
0478-79-6101
https://www.kakyouan.com/