札幌らーめん「えぞ菊 本店」で 懐かしの味噌老舗閉店とあの頃と

それはまだ、石神本が世に出回るずっとずっと前。
今のようにネットから溢れんばかりの情報が得られることになるなんて、想像していなかった頃のこと。
東京で当時出色のラーメン店を纏めたムックのポケット版がありました。
それはまさに自分にとって、ラーメン店巡りのバイブルと呼べるものでした。

バイブルをポケットに忍ばせて巡ったラーメン店は、
例えば、今はなき「土佐っ子」や「池袋大勝軒」、
「春木屋」「さぶちゃん」「ホープ軒」に「赤のれん」。
もしかしたらちょうど秋葉原に、
「じゃんがら」が出来た頃のことだったのかもしれません。
今となれば、どこかへ失くしてしまったのか、
それが口惜しいポケット本なのであります。

そこに載っていた一軒が、「えぞ菊」。
高田馬場から明治通りまでテクテク歩いて、
足を運んだのを妙に憶えてる。
今では一時の興隆が嘘のように姿を消してしまった、
在京”札幌らーめん”を代表するお店のひとつとして、
シンパシーをもってお邪魔してました。

「えぞ菊 本店」と称するようになったのは、
その後、戸塚店か御徒町店かを展開した頃なのでしょう。

そんな「えぞ菊」が閉店すると知って、
想い出を探すように久し振りに足を運びました。
今では地下鉄が明治通りの下を走っていて、
足廻りの悪かった立地は、西早稲田駅の駅上に。
オレンジ色の看板が、その存在を知らせています。

硝子には、閉店と開店以来永き愛顧への感謝を伝える貼り紙。 1968年昭和43年の創業だから、
44年の歴史を閉じることになるんだね。
懐かしさにほんの少しセンチな気分を織り交ぜて、
カウンターの角に落ち着きます。

壁の額には、「えぞ菊 プロ10訓」。 代々のスタッフの皆さんに様々な気づきを与えてきたのでしょう。

久し振りに眺めるメニューには、
「塩」「醤油」は勿論のこと、「辛味噌」やそのつけ麺、
そして「カレー」なんて文字も見つかります。
でもね、やっぱりね、
「味噌ラーメン」をいただかなければなりません(笑)。
餃子3個セットでお願いします。

たっぷりのおろしニンニクの向こうで、
北京鍋が湯気を上げている。 もやしをメインにした野菜たちを投入し、軽快に煽る鍋。
熟れた所作がここではもう見れなくなるのかと、
ちょっぴり切なくも想います。

「味噌ラーメン」のどんぶりがやってきました。 何故か、正しいなぁ、と思うその景色。

蓮華は以前からステンレス製だったかな、
そんなことも考えながら啜るスープは、
一見濃厚そうにみえて、実にあっさりした印象を想起する。 例えば、「ど・みそ」の「特みそこってり」等々の、
濃いぃ味に馴染んでしまっている自分に気づいてハッとなる。
嘗てはこのスープにも一種の濃さを思っていたのになぁ(笑)。

スープから引き上げる麺は、手もみ風の太麺。 コリコリにかん水を利かせたものでもなく、
スープとの相性、よろしい感じ。
ずーーっとこふいふ麺だったか細かく憶えていないのが、
申し訳のないところ。

トッピングしてもらったバターの残りをスープに溶かし込み、
おろしニンニクを少々スープに投入して、後半戦を迎えます。
昔は当たり前のことのようにニンニクを入れていたけれど、
最近は随分と遠慮するようになっていることにも気がついて、
またまたハッとなる(笑)。

ほぼ同時にやってきていた餃子も美味しくいただいて。 どんぶりのスープもおよそほとんど飲み干して。
うん、ご馳走さまでした。

敢えて”札幌らーめんの店”と謳いたい、
昭和43年の老舗「えぞ菊 本店」。 この10月に44年の歴史を閉じました。
これからは、早稲田通りの戸塚店か、
御徒町の高架下へと参りましょう。
ワイキキの「えぞ菊」は今、どうなっているのかな。

「えぞ菊 本店」
新宿区西早稲田2-20-5 アトラスタワー西早稲田[Map]
03-3208-1915[閉店]

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