
ところがここ近年は不思議と、訪れる機会が重なっている。
大橋トリオに藤井風に杉山清貴に。
風くんが、ステージに腹這いになってキーボードを弾き乍ら何曲もリクエストに応えてカバーを唄うなんてこともあったけれど、
なんだか妙にビッグになってしまった今となってはもう、
あんなステージは観れないだろうなぁなんて思ったりもする。
人見記念講堂でのライブがはねた後、
どこぞで食事をと思って足が向くのは、
何故か茶沢通り方面などではなくて、
驛からは遠ざかる三宿方面になる。
既知のお店、板蕎麦「山灯香」にも寄ったし、
「オステリアオルト」に止まり木したこともあった。
そして、直近に伺ったのが、
ちょうどビストロ「喜楽亭」の向かい側、
三宿バス停の裏手に斜めに合流する横丁沿い。
この斜め横丁は、玉川通りと並行していて、
赤坂の御門と相模国大山とを結んでいた古道、
旧大山街道にあたるみたいだ。
嘗て石尊権現社や大山寺不動堂へと、
登拝する参詣者が通った古道も今は裏通り。
そんなやや暗がりにひっそりと佇むは、
ロシア料理「サモワール SAMOVAR」だ。
2018年に一度お邪魔したことがあって、
ご無沙汰しましたーの気分も抱きつつ、
経年も味の白いドアを開きます。
ご案内に従って奥のテーブルへ。
店内の照明はやや暗め。
過ごすうちに次第に目が慣れてくる。
厨房への開口部の脇には壁掛けの黒電話。
リンと鳴り、問い合わせの連絡を受けられていて、
現役にて活躍中だ。
開口部から遠巻きに覗く厨房には、
大柄な様子のご主人のお姿がある。
膝か腰かを悪くされているのか、
ゆっくりとした所作が印象に残る。
まずは飲み物をどう攻めるかと、
上からの貼り紙があちこちにあり、
使い込まれたメニューのページを捲る。
ワインの項は、グルジア・ワインから。
今のジョージアであるところのグルジアは、
嘗てソビエト連邦の構成国のひとつで、
ソ連の崩壊に伴って共和国として独立した国だ。
そんなグルジアのワインはなかなか、
飲む機会もないよねと奥さまに声を掛けると、
今はないのですと仰る。
ワインばかりではなく、
ロシアのウォッカもビールも軒並み入荷がないとも。
あ!そうか、そうだ。
云われなくても分からなくちゃのところだけれど、
彼の地はウクライナを侵略する無謀な戦争を、
いま尚止めずに、日々人々を殺戮しようとし、
歪んだ自尊心と虚栄心だけの、
プーチンが治める国なのだ。
ロシア料理そのものに罪はないとしても、
ロシアに外貨が回るようなことは少しでも避けたい。
奥さまにあるものを伺うと、
チンザノならば用意があると仰る。
然らばそちらをいただきましょうと、
「チンザノ」べルモットのロッソを所望する。
なんだか懐かしいねーと話し乍ら傾けるグラス。
メニューの表記の状況から察するに、
「チンザノ」ベルモットはずっと定番品の様子。
ここにイタリアの品って、ちょと面白い(^^)。
最初のお皿は、ロシア式前菜料理。
メニューには、海の幸を集めた、
イクラをはじめ海産物の盛り合わせ、
との記載だったけれど、
海だけではなくソーセージなども含むと、
あらかじめ奥さまから補足のあったもの。
小さなグラスには、ビーツのスプレッド。
そこにキャビアがあしらってある。
蛸と鰊、サーモンのマリネに、
スプレッドと同じピンク色は謂わば、
ビーツと人参のしりしり。
確かに”海の幸を集めました!”感はないけれど、
お酒の状況と同様な仕入れ事情が背景にある?
なんて、そんな風に思ったりもする。
お肉入りと聞いた「ウクライナ風ボルシチ」。
このスープのピンクもまた、ビーツのお陰。
牛肉から煮出した澄んだスープに、
じゃが芋や人参、玉葱、キャベツを浮かべてる。
ピンク色のボルシチには、
忘れもしない思い出がある。
それは、欧州からの帰りの空路。
ミュンヘンを飛び立つのが遅れた便は、
経由地、ロシアのシェレメチェボ空港に向かうも、
なかなか着陸出来ずに旋回を繰り返す。
着陸した時には疾うに乗継便が発った後だった。
そんな旅客がわらわらいるシェレメチェボ空港。
仮の宿へとバスに乗せられて空港を出るも、
空室が足りずにふたたび空港へ逆戻り。
ミールクーポンやるから空港内で好きにせい!
と極寒の地・ロシアの深夜の空港に突き放される。
硝子越しに見る空港の外は凍て付いている。
偶然居合わせた日本人おふたりと呆れ顔。
手に残るミールクーポンを使ってしまおうと、
飲食店の並ぶフロアのロシア料理店らしき店へ。
すると、その姿を見付けた店内の女性スタッフが、
あからさまに表情を険しくして、
入ってくんじゃねー!という顔をする。
さすが社会主義の国だ。
営業スマイルなぞ知る由もなし。
余計なことは一切しないぞとの気概すら感じさせた。
そこで食べたのが、味も素っ気もない、
ただただ、ピンク色したボルシチだったのだ。
鶏よりビーフの方がメジャーと伺うは、
「牛肉と茸の壺蒸し焼き煮」。
なんか、くまのプーさんのハチミツ壺みたい。
その壺の側面に読めない単語が書いてある。
なんて書いてあるのでしょうかと尋ねると、
ロシア語でサモワール、お店の名前ですと、奥さま。
あ、いや、それは、失礼しました(^^)。
壺を上から覗き込めば、美味しい匂い。
マッシュルームや占地、牛肉が浮かんでる。
お皿にとれば、麗しきブラウンソース。
トマト由来か、ソースには酸味もあって、
コク味がすっきりといただける感じ。
あ、でも、ビーフストロガノフって、
こんな系統のヤツもあるよねーと話し合う。
と、そこへ、「ビーフストロガノフ」がやってきた。
そーかー、今まで大きな誤解をしていたらしい。
こうして白い、サワークリームで煮込んだお皿が、
本場ロシアのビーフストロガノフなんだ。
サワークリームの量を控えて炒めた感じの洋食、
つまりは茶色い牛肉炒め煮的なものを、
メジャーなビーフストロガノフだと思い込んでいた。
固定概念恐るべし。
何気に恥ずかしいことやのぉ(^^ゞ。
お腹の余地と相談して、
「ピロシキ」をひとつだけお願いする。
断面からじゃが芋と挽肉の匂いがしてくる。
強い味でなく、ぼってりしない薄目の皮。
素朴な感じが、いい。
醤油を少し垂らしても美味しいかも、
なーんて思ったりなんかして(^^)。
ここからは、2018年に伺った際の振り返り。
「TAMADA Tsinandali」はグルジアのワイン。
この時もボルシチもピロシキもいただいていた。
あれからもう6年以上経つのですね(^^)。
三宿バス停裏手、旧大山街道の裏道の暗がりに、
ロシア料理「サモワール」は、ある。
都内最古のロシア料理店ともいわれる「サモワール」は、
渋谷の恋文横丁で1950年に創業したとされる。
そうすると今年で創業75周年ということになるね。
ご夫婦が二代目として取り仕切るとなった際に、
ここ三宿の地に移転したという。
帰り際に「サモワール SAMOVAR」の意味を尋ねると、
奥さまが、棚の上に置かれた壺のようなものを指差した。
あれがロシアの湯沸かし器、サモワールですと仰る。
蛇口の付いた金属製の伝統的器具は、店内に幾つか、
そして入口脇の飾り棚にも置かれているのを顧みる。
戦争をほんの少し身近に感じた夜でもありました。
「サモワール SAMOVAR」
東京都世田谷区池尻2-9-8 エンドウビル1F [Map]
03-3487-0691