世のとんかつの店々を上から目線で語るかのような宣言は、 確固たる自信が裏付けているものなのだろうけど、 それってわざわざ云っちゃった瞬間にどこか不遜な印象を与えかねないものになる。 少なくとも、奥ゆかしくて謙虚な感じの店主ではなさそうだと、 やや構えてその先へ進むことになります。
先客は、なし。 「いらっしゃいませ」。 どっしりとした体躯の店主が迎える。 言い回しは意外と柔らかなのに安堵するも、笑顔はまったくない。
「どうぞ」。 おおよそにカウンターの席へと促されたその辺りに腰を降ろして、 卓上のシミの滲んだ品書きを見詰めます。 されど、定食メニューはふたつ。 「とんかつ定食」と「カキフライ定食」のみ。 その横には、「ホヤ」「ホタルイカ」「チーズ」「ソーセージ」「酒盗」と、 不思議な並びの酒肴が書かれています。
「とんかつ、定食でお願いします」と告げて見回した店内は、 清潔にしておくことが苦手なのかなぁ、 いろいろなものが雑然として油と埃の滓を積んでいます。
随分と厚みのある肉を取り出した店主は、 玉子を幾つも割り、呪文でも唱えるようにぎゃっぎゃと掻き回す。 そして、抽斗に入ったパン粉の中にその肉を横たえて、 今度はまるで「むむ、えい、ふむ」と武術の間合いでも計るかのように、 包むように押し付けるようにパン粉を纏わせる。 鍋の油の表情を凝視したかと思うと、 「ほぉ~っ」と太極拳的動きでパン粉に包んだ肉片を油の中に横たえる。
あれ?っと思うのは、 油の中に確かに浸っているのに、ジューでもシュワーでもないこと。 油の温度は、想像以上に低そうな様子。 あれであの厚い肉がちゃんと揚がるのだろうかと訝る眉間になって、やっと気がついた。 だから、「お急ぎのお客様ご遠慮願います」なんだ!
こうなると待つしかないのねと、左上でがなる小さなテレビを眺める。 どのくらいで揚がるのか判らないけど、 お品書きの不思議な並びの酒肴は、 その時間をビールやお酒で埋めようとするヒトたちのためのものだねきっと、 なんて思いながらまた頭上のテレビを見上げる。 店主も、ニュースの内容に、「あ?」とか「う~ん」「またか!」とか口走っている(笑)。
20分も過ぎようかという頃か、 店主が再び鍋の前に立ち、 今度は鍋を前後に揺すりかつに油を浴びせかけるような奇妙な所作を始めた。 揺すっては止め、ふーむと唸るようにして鍋底に擂るようにまた揺する。 忍法を唱えるかのような背中で、繰り返されるその所作。 そして、「はい、揚がりました」。 時計をみる。 揚げに要した時間はなるほど約25分であります。
さっと包丁が入れられ届けられたお皿は、 思わず「ほ~」と呟きそうになる異形。 高さ4cmはあろうかという厚みが四角い断面を創っているのだ。 薄い衣がひたっと肉に一体となっているのが好ましい。 超肉厚ながらしっかりと火の通った肉片からは、 妙な脂が滲んだりはしておらず、かといってパサパサな感じでもない。 例によって塩のみをちょんづけしていただいてみる。 想定以上に柔らかく、でもお肉の繊維が活きていて、心地いい歯触りがする。 豚肉の脂の甘さを愉しむとんかつとはまた違う。 これは塩ではなくて、醤油の方が合うのかもと切り替えてみると、 その方がよりじわじわとくる肉の旨味が引き立つ感じがする。 細かいパン粉の衣にサクサク感はない。 揚げ油を全く吸収していないか肉汁を全く失っていないかは判然としないけど、 少なくともベッタリした油の嫌味はない。 でもスッゲー旨い!ってのとはちょっと違うなぁって思ってしまうのはきっと、 脂のふしだらさに毒されているからなのかもしれないな。
三代目となる店主が、カウンターに冊子を用意している。 「地球環境保護と飢餓救済のために」と題していて、 副題に「とんかつ屋・天ぷら屋における公害と犯罪」とある。 そこには、業界の現状、「とんかつ」とは、「揚げる」とは、 食品分析比較、「ヒレカツ」なるものについて、天ぷらの真実、O-157問題について、 今後の業界、「平兵衛」は常に進化する、といった節が書き綴られている。 全般には店頭で危惧した以上の上から目線で、 他のとんかつ店のみならず世の天ぷら店まで一刀両断、扱き下ろしている。 読んでなるほどと思う一節も少なからずあるものの、 他店のトンカツを「トンカス」とは明らかに言い過ぎで、 嫌悪感を覚えないヒトは少ないよね。 なんだかなぁ。 「ライバルがいないことに悩んでいる」ほどのお店なのに残念ながら客がいない。 店も客を選ぶということか。 それを客の所為にすることはないと思うけどね。
上野の裏通りに異彩を放つとんかつ「平兵衛」。揚げ方を究めるのと同じように、 客商売のハウツーも磨いていただけるとより多くのヒトが、 にっこり美味しいトンカツを楽しめるお店になるのだと思うのですが、いかがでしょうか。 余計なお世話かな。 あ、「カキフライ」がどんなことになってるのかについても、興味津々です。
「平兵衛」 台東区上野6-7-13 03-3831-3873 [Map] [閉店]
column/02693
最初いただいた時「ミルフィーユ」かと思うような外見「ハム」かと思うような食感に驚いたものです。
接客…清潔感…ソースが酸化していて…
唯一無二の存在ではありますね。
これは懐かしい!
まさぴさんの記事読んで、●+年前に出かけた時と変わってなさそうな店内彷彿できました。
当時の上野界隈では”ご三家を凌ぐ”なんて都市伝説を生んでいたお店でしたが、当時そのまんまな感じなようですね。
それはそれでちょっと安心です
Re;佃の旦那さま
やっぱり、かねてからの注目店なのですね。
結局使いませんでしたけど、ソースはメーカーモノがカウンターにありました。
今も酸化してるのかなぁ(笑)。
店内を磨き上げればと随分印象が変わると思うのですけど、どでしょうね。
Re;Gingerさま
う~む、ウン年前とおんなじっすか。そうなのでしょうね。
そんな都市伝説を知らないので、すっかり素の感想なのですけど、それで変わってないのが伝わるほどに変わってないということのようで。
でも実は常に進化しているそうなので、ぜひウン年前との対比をお願いします(笑)。
確かに、店内は清潔感にかける。
ヒマな時間に掃除して欲しいが.嫌らしい。
カツは美味いのに
喰いたいが,店内に入るのに、勇気がいる。
Re;河童さま
どうにかならないのかなぁとも思うのですが、嫌いなものは嫌いなのでしょうね。
ファサードの表情もヒトを拒むところがある上に、中も雑然としてると。
「ゴメンナサイ」と踵を返すひと、きっといると思います(笑)。