蒲田駅を離れた池上線は、ゆっくりと右へ左へとカーブを描きながら大田区の住宅地を進みます。
千鳥町の次の駅が、久が原駅。
此処でも池上線の基本形であるところの相対式ホームで、ホームの端に踏切があり、そこで上下線を行き来するのも池上線でよくみる光景であります。
千鳥町駅から少し標高を上げてきたレールが、
ほんの少しカーブして久が原駅のホームに流れ込む。白いペンキでお化粧してしまったけれど、
旗の台駅のものと同じ造りの木製ベンチが此処でも、
次の電車への待ち時間を過ごす止まり木になってくれています。
踏切を渡って、駅の東側に出て、
その先の五叉路を右に折れ、
道に沿って緩やかに左へとカーブしてゆくと、
左手に目的地が見えてきた。パール様の空色のタイルを貼った、
三階建ての建物のその一階にあるとんかつ店。
ちなみに、この道をさらにずんずんと進むと、
「マウンテンバーガー」のある上池上通りに至ります。
休暇の平日のおひるにお邪魔すれば、
それ相応に落ち着いた雰囲気の店内。L字のカウンターの隅に佇んで、眺めるお品書き。
箸を包んだ帯に刻んだ文字は「自然坊」だ。
注文を終えて、いただいたお茶の器にオッ!となる。少なくとも100均辺りで誂えた湯呑みではないことは、
ド素人にも自ずと判る。
ただの重さとは違う”厚み”と石の中から削り出したような表情がいい。
ふと、目の前の状差しに置かれていたパンフレットが目に留まる。手にとって見る表紙が示すのは、
中川自然坊 遺作展とその会期。
とんかつ店「自然坊」の店名は、
唐津の陶芸作家、中川自然坊氏に由来しているのだという。
お茶を淹れてくれた湯呑みもきっと、
その中川氏の作なのでありましょう。
ゆったーりとした時間が流れて、
あ、なんで麦酒を呑まなかったんだろうと、
やっと気がついたそんな頃(笑)。
お願いしていた「ロースかつ定食」が届きました。丁寧に丁寧に揚げられた様子が、不思議と伝わってくる、
そんな表情の感じがいい。
その断面を拝むと、
みっしりと表裏一体一身胴体の衣と身肉。Wedページには純国産のやまとのみ使用とあるが、
それは程良い脂を含んだもの。
うん、美味しい。
ソースをぶっかけちまうなんて勿体ない。
前半は塩で、後半を醤油でイクのがよく似合います。
日を替えてまた同じ、カウンターの隅。正面の壁に据えた食器棚は、
中が素通し出来る硝子戸の仕様。
整然と仕舞い置かれているのも、
中川氏の唐津焼なのでありましょう。
電熱線に炙られて、南部鉄器と思しき鉄瓶が湯気を吐く。ありそうでいて、
なかなか目にすることが少ない光景なのではないでしょか。
ロースの次にはやっぱり、
「ヒレかつ定食」を所望する。半裁したヒレかつが載せられたお皿もたっぷりした厚みがあって、
その重厚なる安定感が、
その上の小さな宇宙の基盤となっているようにも映ります。
ロースに比べれば勿論、
さらっとした食べ口のヒレかつ。こちらは前半を芥子醤油で、
最終コーナーをソースでいただく。
ふむふむ、うんうん。
綺麗な油で揚げ上げる様子が想像できる透明感がふと過ぎる。
ゆっくり目に刻んだであろうキャベツに、
東銀座「にし邑」のそれを思い出しました。
定食にはお口直しの冷菓がついてくる。とんかつの〆にバニラのアイスが、
これまた不思議とよく似合う。
真夏であってもソルベではなくって、アイスがいい。
何故だか、そんな気がいたします。
大田区久が原の住宅地のど真ん中に、とんかつ「自然坊」はある。敢えて云うなら、”オトナのとんかつ”と謳いたい。
冬の時季の「牡蠣フライ」がどんな悦びを与えてくれるか、
それも試しに行かなくちゃだ。
「自然坊」
大田区久が原4-19-24 [Map] 03-5700-5330
http://www.tonkatsu-zinenbou.com/