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江戸前「松野寿司」で伝心ひる酒おまかせ寿司小粋なひと時トキワ荘とお祖母ちゃん家

池袋駅のホームを出発した西武池袋線各駅停車が、2分後に辿り着くのが、椎名町駅。
駅名はうろ覚えでも、北口駅前に肉そば肉うどんの店「南天」のある駅と聞けば、あっと思い出す方もいる、かもしれない。
椎名町駅の次に各駅停車が停車するのが、東長崎駅。
その東長崎駅の駅名は、
駅開業当時所在していたのが、
鎌倉時代の武将長崎氏が居を構えていたことに由来する、
長崎村であったことがひとつ。
それに加えて、長崎県長崎市所在の長崎駅と区別するために、
「東」を冠したことから、と云われている。
九州の駅と取り違えるひとがいるとは思えないけど、ね(^^)。

そんな東長崎駅は、
特に子供の頃に時折利用した憶えがある。
それは母方のお祖母ちゃん家を訪ねるため。
もうとっくに廃業して、今はもう誰もいないけれど、
千川通り方向から南東方向へ走り、
目白通りへと斜めに合流する南長崎通り沿いで、
米屋を営んでいたのがお祖母ちゃん家だ。

南長崎を通る故、
南長崎通りと呼ばれていた通りが、
2024年の6月に「トキワ荘通り」と改称された。
「トキワ荘」と云えば、ご存じの通り、
手塚治虫をはじめとする、
マンガの巨匠たちが住み集って、
若き青春時代を過ごした伝説のアパート。

現トキワ荘通りの中心的存在と云えば、
それは「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」。 その昔この場所には、
通りに面して材木店があったことをよく憶えてる。
ミュージアムをゆっくりのんびりと、
時間を遡るように辿れば、
昭和中期にあたる1950年代のアパートの様子と、
そこで暮らし、マンガを書き綴った、
多くの漫画家たちの生き様が、
自ずと浮かび上がってくるよう。
アパートの裏手には、2階の便所から階下へと、
垂直の土管が剥き出しで通じていて、
漫画家たちが用を足す際には、
排泄物が1階のぼっとん式のツボへと落下する。
その時の音が「ガチャーン!」だったってのが、
特に印象的であります(^^)。

ミュージアムを後にして、
退去後もそのままになっている、
かつての米屋の建物を眺めてから、
トキワ荘通りを目白通り方面へ。
夙に知られた町中華「松葉」の前から、
トキワ荘跡地に寄って、碑を読み、
トキワ荘通りを左折して今度は、
トキワ荘通りの北側を並行して、
住宅地を通り抜ける、大和田通りを往く。

通り沿いに何気なく、町鮨然と佇むは、
「松野寿司」の飾りなきファサードだ。 松葉色というよりは、常盤色という感じの、
渋く鮮やかな深緑色の暖簾に、
松の紋の大きな白抜きが映える。
テント地の文字の掠れ具合も悪くない。

そんな暖簾を払い、予約の名を告げて、
小さなL字カウンターの一隅へ。 昭和を思わせる硝子ケースの中に、
霜の付いた冷却管が見付かる。
カウンターに沿うようにL字になっている、
つまりはL字の硝子ケースが現役の店って、
初めてかもしれない。

お邪魔したのは、この三月中旬の日曜日。
おつまみ付のおまかせ寿司をお願いして、
心待ちにしていたひる酒の吟味に入る(^^)。 カウンターの脇の硝子棚の中にコルクボードがあり、
そこに「日高見」「豊盃」など七つの銘柄が並んでる。
でもね、お酒もおまかせでお願いしましょう。

大将のチョイスは福井の「伝心」。 この日の陽光にも似合う、
涼し気な硝子の酒器が、いい。

お通しチックな小鉢には、貝ひも。 帆立の外套膜、ミミというかヒモというか。
ポン酢で洗ったような感じがして、
冷たくした「伝心」にも似合う、いいつまみだ。

お次のおつまみは、平目。 食感も脂のノリも全然違う部位を愉しみつつ、
「伝心」をチビチビっと。
縁側の際なのか、平目にも、
こんな脂たっぷりの場所があるんだね。

そして、鰤。 香りよく、脂の加減もちょうどいい。
大き過ぎない、ワラサ寄りの鰤、
と想像したりする。
そこへまた、おかわりした「伝心」を、ね。

三つめのおつまみに、中トロ。 ひる酒のお供には、
これくらいがやっぱりちょうどいい。
ひと皿にまとめてトンと出されずに、
ひとつづつ、間を置いて出してくれる、
そのテンポがいい具合のつまみとさせる、
そんな側面もあるのかもしれません。

ここでの会話は、
お祖母ちゃん家での想ひ出話。
一番に思い出すのは、
訪ねる度に出してくれた「プラッシー」のこと。
今はもう販売を止めてしまったけれど、
米屋との取引があった武田薬品工業が、
米屋を販売窓口として製造販売していたものだ。
ビタミンCを補えるという謳い文句で、
バレンシアオレンジ果汁30%入りの、
独特の沈殿物があるのが特徴だった。
うーん、懐かしい(^^)。

にぎりの一番手は、墨烏賊。 果たして、旬の名残りの墨烏賊か、
旬の走りの墨烏賊か。
昨今、海の中はぐちゃぐちゃで、
漁期も場所も旬もズレズレになってるしー、
スルメ烏賊が全然揚がらないとも聞くしー、
などと思いつつ、うん、美味しい。

お次は、鯛。 「松野」の大将の煮切り醤油はたっぷりめ。
鯛はどうやら昆布〆しているようで、
時に愛想のない感じになる鯛がしっとり旨い。

「松野」のガリは甘さはほぼない男前。
油断して口にして、噎せてもーた(^^)。
でも、こんなんも、うん、悪くない。

続いて、巻き海老。 巻き海老とは、やや小振りな車海老のこと。
10cm~15cm程度のものをいうらしい。
何気におぼろをかましてくれています。

北寄貝に続いて、赤貝。 これも旬の名残りというものか。
うんうん、いーい香りだ。

そして、細魚。 これもまた春までのタネか。
繊細さの中にある甘さがやっぱりいいね。

お次は、軍艦の雲丹。 海苔との相性の良さを改めて思う。
色味がちょっと浅いのでと訊けば、
その通りのムラサキウニ。
硝子ケースの中にあった下駄の包装紙には、
函館の生産者の名があった。
雲丹は6月からの初夏が旬というイメージだけど、
獲れるところでは獲れる、ってことなのかなぁ。
最近は、明礬臭い雲丹って見掛けなくなったけど、
別の保存方法が開発されたのかなぁ。
そんなことを思ったりもする。

お茶をいただいて、鮪の赤身。 なんと、昆布〆にしてあると仰る。
ひと仕事手をかけて美味しく喰わせる。
これぞ江戸前寿司ではないか!
とこっそり膝を打つのであります(^^)。

ガリをちょっぴり齧って、小肌。 酢〆の酢が甘めなのか、
煮切りが甘めなのか、甘さを感じる。
うん、こふいふ方向性の小肌も好みだ。

ガスコンロのとろ火で、
さっきまで炙られていた、
穴子がやってくる。 口に含んだ瞬間にふわっと溶け解れる。
うんうん、こうでなくっちゃね。

海苔巻きは、干瓢巻き。 そして、おきまりひと通りの最後は、玉子巻き。
こんなスタイルの玉子は初めてだ。
海苔の帯で巻く旧来の玉子は見なくなって、
玉子焼きのみというスタイルか、
俗に云う鞍掛けスタイルが、
定番ぽく増えている気がするけど、
こふいふのも面白いね。

トキワ荘通りと並行して、
東長崎から椎名町へと進む大和田通り沿いに、
江戸前「松野寿司」は、ある。 きりっと気合の入ったお高めな鮨店にも、
時には伺いたいその一方で、
こんな鮨店が身近な近所にぜひ欲しい。
大将が、仕入れも仕込みも付け台もすべて、
ワンオペで仕事に勤しんでくれているからこそ、
そこに江戸前のひと工夫を添えてくれるからこそ、
安価にこんな小粋なひと時を過ごせるのだと、
その有難さと尊さを想います。

「松野寿司」
東京都豊島区南長崎2-16-12 [Map]
03-3951-3588

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