人気のカウンターには空席が数席。 お母さんが促すままに、角に近い辺りの一席に腰掛けます。スクリーン越しに眺めるたっぷりの綺麗な油、清潔感溢れる店内。 それだけで既に美味しさを確信したかのように気分にさせてくれます。
品書きの木札の並び辺りに、 「カキフライはじめました」的な貼紙を探すも見つからない。 ここまずとんかつをいただくのが筋なのだと合点して、「とんかつ定食」をと声を掛けました。
そっと厚切りの肉塊を取り出して軽く塩胡椒。 カウンターの内側に配置してる竹串で引っ掛けるようにして溶き卵に潜らせ、 パン粉を着せる。 そして油の中へとするっと滑り込ませる。
何かを達観したかのように、泰然とゆっくりした表情で油殿の湖面を見詰めるご主人。 何気に一句、呟きそうな表情がなんともチャーミングだ。確かめるように対話したあと、例の太い箸で油から引き上げて、呼び水を使うように油を切る。 カツに入れる包丁は、一瞬油に浸して温めてから。 その所作もまた、いい。
おかあさんが赤出汁とご飯を運んでくれたら、出来上がりのサイン。届いたお皿のカツは芳ばしい揚げ色。
檸檬をちゃっと搾り掛けて、そにままどれどれと口に運びます。おおおお、旨い。 さっくり歯触りの衣と脂の加減の丁度いい豚肉との一体感。 たかがとんかつに、絶妙の完成度を思うのです。
帰り際に、牡蠣フライはまだですか?と訊いてみました。 すると、ご主人が柔和な表情を申し訳なさそうにちょっと歪ませて、 値段が合わないし今年は難しいかもしれないです、と仰る。 それだけで、例年、三陸の牡蠣を使っていたこと、 牡蠣フライにするなら三陸の牡蠣じゃなければという拘りが容易に想像できる。 そうですね、来シーズンにはいままで以上の、 フライにも合う牡蠣が三陸から届くに違いないですものね。
別の夜の蒲田西口。 牡蠣の代わりに、奮発して「海老フライ定食」をいただいちゃおうと勇んでやってきました。 注文を告げると、あ、海老フライ、もう仕舞いなんです、と切ない知らせ。 ならばと、「特ロースかつ定食」に挑みます。
断面を拝めばなるほど、 厚切りの綺麗な肌理からたっぷりの澄んだ脂が滲んでる。以前はこれを岩塩でイクのが大好きだったのに、 今は「ロースかつ」のバランスの方が断然好み。 それは兎にも角にも歳の所為(笑)。 これはこれで十二分に美味しく、品格すら感じるのだけど、ね。
蒲田を、いや城南を、いや東京を代表するとんかつ店のひとつ、 とんかつ「鈴文(すずぶん)」。まだ試していない「海老フライ」も「ヒレかつ」もきっと旨いに違いないと不思議に確信できる。 そしてまだ見ぬ牡蠣フライを指折り数えて待つことにしましょう。
「鈴文」 大田区西蒲田5-19-11 [Map] 03-5703-3501
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