がっちりと重厚な鉄扉が入口かと思い近づくと、 その脇に「入口は路地奥で御座居ます」と示す板。成る程そうなのかぁと当の路地を往くと、 電燈の向こうに三段の階段が見える。 蔵の横っ腹にある扉へと辿り着きました。
石積みの壁の上には、木組みの屋根が載っている。外から眺めた鉄扉の内側には、 虎の文字を丸で囲んだ意匠の暖簾が提げられています。
壁の棚に沿ってずいっと横長に貼られたお品書き。正に毎日認めるのであろう達筆の品書きは、 いちいち気になる酒肴ばかりで困ってしまう(笑)。 はてさてどのように運びましょうか。
まずは、伊勢の地ビールという「神都麦酒(しんとびーる)」。ラベルには、伊勢志摩産古代米使用とある。 苦味を含んだ柑橘系のホップの香りが印象的な飲み口だ。
やっぱりここからでしょうと、本日のお造りからお得「盛り合わせ」を。それぞれが天然活けモノの石鯛やハマチ、ふえふき、赤はたなど。 卓上の品書きの隅に、「魚料理を注文いただけない方はお断りします」とあるくらいで、 お造りには相当の自信と拘りがあるようです。
続いて到着は、 「ずわいかにと玉子のコロッケ」。一見、ころんと肉厚なだけのコロッケにみえるけど、 ひと齧りすればなるほど、お題通りの魅力が弾ける。 粗く刻んだ茹で玉子にたっぷりのずわい蟹の身、バジルの風味。 麦酒にもよく、似合います。
初孫の「玄の舟唄(くろのふなうた)」をオススメの燗でいただいて、 今年は特に美味と謳う鳥羽産の牡蠣料理。 鳥羽は安楽島の「はちろべ」というかき屋の牡蠣であるらしい。 「かきフライ」「かきバター焼き」「かき土手ねぎ焼き」とあって、 全部!と叫びたいくらいだけど(笑)、やや珍しい「かき土手ねぎ焼き」を所望しました。
きっと殻付きで届いたものなのでしょう。 自らの殻を受け皿にソリッドなフォルムを魅せる牡蠣の身。広くは中京圏ということか、土手の味噌は赤味噌で、 そんな濃いぃめの味付けにもまったく負けずに滋味を主張する鳥羽の牡蠣。 要衝は、牡蠣の旨味に味噌の風味と葱の甘みが交差するところ。 それ以上、何を語る必要がございましょう(笑)。
お皿といえば、こちら「虎丸」の器たちは、その多くに作家モノの匂いがする。カウンタ-の目の前に積まれたものもまた然り。 横長に品書きを貼った棚には、値段をつけた焼き物もずらっと並んでる。 器にも相当の拘りがあるようです。
燗のお酒もちょうどとなったので、 〆の御飯をいただこうかと品書きの「ごはんもの」欄を眺めます。 流石お魚居酒屋と思わせる、 「うに丼」「まぐろ丼」から「てこね寿司」「ししゃも天巻」「握り寿司」と続くラインナップ。 お茶漬けに至っては、六種類も用意があるので、これまた大いに迷うところ。 「鳥羽産のり茶づけ」に的を当ててみました。手加減なくたっぷりの海苔を大判に千切った感じで鏤めたお茶碗。 海苔の濃緑色でご飯がまったく見えない茶漬けというのは初めてだ。 存分に磯の滋味を堪能させてくれました。
ふと、カウンター越しにみえる奥の壁に見つけたのが、「杏仁豆腐」の文字。 “杏仁に人生と命を捧げた竹内俊記の絶品杏仁豆腐”と謳っています。そうとまで云われると気になるでしょう(笑)と、デザートに。 なるほど、滑らかさこの上なく、杏仁粉そのものの風味が活き生きとしていて美味しい。 ここにも「虎丸」の拘りの一端が現れているようです。
伊勢の隠れ家居酒屋「虎丸」は、白塗り蔵の壁の中。魚介を活かした酒肴たちは、そのどれもに正しい完成度を予感させる。 拘りが堅苦しさに繋がらなければとの危惧も一瞬過ぎるけれど、 スタッフの活きいきとした表情と快活な応対にはそんな心配も杞憂に過ぎないものと思う。 季節を追って訪ねられる、ご近所さんが羨ましいであります(笑)。
「虎丸」 伊勢市河崎2-13-6 [Map] 0596-22-9298
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