暖簾を潜るとほぼ満席のL字カウンター。 首を傾けて窺うようにすると、 奥に立つおばさまが空いている場所に誘ってくれる。 唯一の空席は、大将の正面でありました。
まずは、「ハイサワー」と「お新香」。塩梅よき白菜のお新香で一杯だけいただくのがよい感じ。 冬深まった頃には、燗のお酒に代えるもよし。 一杯を干したところでお願いしたいのは、 待ちに待った「かきフライ定食」だ。
実は、店に入ってからどこか視線が泳いでいたのは(笑)、 この冬こそ「牡蠣フライ」がメニューに上がっていることを期待して、 それを探していたから。 椅子に腰掛けてから見上げた排煙フードのステンレスの貼り紙。 そこに「かきフライ始めました」との手書き文字を見つけてニンマリしたのは、 果たして気付かれていたでしょうか。
大将が、パットの中に牡蠣の身を並べてる。 それを玉子に潜らせ、粉をはたき、パン粉にそっと包む。 なるほど、牡蠣ひとつのものと二個付けしているものとがある。 大将が然るべしと考えるサイズになるように、やり繰りしているんだ。
貼り紙のあるステンレスの幕板をよく見ると、 何本もの食パンが棚に収められているのが反射して映ってる。それは、バターを減らすなどしたパン粉用のパン。 営業開始前に大将みずからがシンクの脇に据えた機械でパン粉にするのだそうだ。
目に前の大将からすっと手渡されたお皿には、 待ちに待った「かきフライ」。やや大振りのフライ5つに千切りキャベツ。 ちゃんとタルタルも添えてくれているのも嬉しいところ。
いただきますと両手を合わせてから、檸檬をちょっと搾りかける。 そしてそのまま箸にとり、ふーふーとしてから囓り付く。ああ、なんだか感無量。 期待通りにさっくりと軽く歯触りと芳ばしさの衣だ。
そんな衣と一緒に炸裂する牡蠣の旨みといったら。確かな、そして甘さにも似た旨みを湛えた牡蠣は宮城から届いたもの。 ああ、旨いなぁとほっこりとして、思わず目を閉じてしまいます。
振り返ればそれは、東日本震災後の最初の冬のこと。 絶滅さえ危惧された三陸の宮城の牡蠣は、なんとか種牡蠣を失わずに済んで、 難問課題にひとつひとつ対処工夫しながら一部の海で養殖を再開していました。 飲食店で牡蠣フライを口にすることも増えてきたそんな中で、 「鈴文」での牡蠣フライがいただけるのではと訪ねたことがありました。
しかし、残念ながらその冬に「鈴文」に牡蠣フライのメニューが上がることは、なし。 絶好調のものを知る大将の目には恐らく、 その頃の宮城の牡蠣は、まだ安定していないものに映ったのでしょう。 訊けば、広島産の牡蠣で試してみたりしたのだけれど、大将が求める味とは違って、 やはり宮城・三陸の牡蠣でなくてはということになったのだそう。
そしてこの冬のシーズンを迎えて、「鈴文」に「かきフライ定食」が帰ってきた。 なんと喜ばしいことでしょうか。 フライにしている牡蠣は勿論、宮城・三陸のもの。 “待ちに待った牡蠣フライ”とはそんな経緯あってのことなのであります。
魅惑のとんかつの店「鈴文」は、牡蠣フライもまた白眉。朴訥なる大将がじっくり拘った「かきフライ」をいただきに、 この冬何度お邪魔できるかな。
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「鈴文」 大田区西蒲田5-19-11 [Map] 03-5703-3501
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