仙台市内に前泊して、渡波に向かいます。 まだ仙石線が全線復旧に至っていないものの、 東北本線の小牛田(こごた)から石巻線に回る手がある。 訪れた前日に石巻-渡波間が開通してくれたのでした。
ディーゼルの振動に載せ、運んでくれたワンマン列車。津波に晒されたであろう渡波の駅舎は、旧来のままのように映ります。
渡波駅を背にして真っ直ぐに海の方へと歩いて向かう。 女川街道を越えて、さらにそのまま真っ直ぐに。
するとその先に橋が見えてきました。 その橋が万石橋。そして、その左手に広がる大きな大きな入江が万石浦だ。 ああ、何度もその名を読み聞きしていた場所にやってきた。
万石浦は、“カキじいさん”こと畠山重篤先生が著書「牡蠣礼賛」や「鉄は魔法つかい」で著しているように、”牡蠣養殖の父”と呼ばれる宮城新昌(かの料理研究家岸朝子さんの父上でもある)さんが、今行われている牡蠣の養殖法の元を開発する拠点としたところ。日本各地に、 そしてアメリカやフランスに牡蠣種「宮城ダネ」を送り出した養殖場のひとつ万石浦。 静かに湛える水面の隅で鴎が翻ります。
橋を渡り切った辺りに幾連もの帆立の貝殻の壁がある。次の垂下を待っているのでしょうか。
その並び、コンビニのココストアの敷地伝いにみえるテント。 それが、かき小屋「渡波」。テントの前には既に沢山の車が停まっています。
ノートに人数を記入して、案内されたのは大きな冷蔵庫の前。緑色の籠に盛られた沢山の牡蠣たちがお出迎え。 カキナイフ、ワンカップと一緒に仕込みます。
導かれた奥のテントも既にほぼ満席。早速、焼き牡蠣をいただくお作法について丁寧に説明をいただきます。
汁が飛んでもいいように横に向けつつ、殻の平らな面をまず下にして焼き網の上に載せる。 もう一枚、と所望して二枚重ねの軍手は利き手とは逆の方へ。 利き手にはカキナイフで働いてもらいます。
殻の隙間から汁が沸き出るを見計らって、ひっくり返す。そろそろいい頃だと、手元に寄せて、ちょっと空いた口にナイフを挿し入れて抉じ開けます。 焼き牡蠣は加減良くそこそこしっかり焼きましょう。
あああ、湯気を立てる牡蠣の身の美しさたるや。やおらそのまま、その身を口に含んでみる。
ぬおおおおおおおおおおおお。これぞ、衝撃的な旨さ!!!
ぷにちゅるんとした食感とともに弾けた旨味が延髄に真っ直ぐ届く。その旨味に一切の曇り濁りなし。
美味しさの鮮度が圧倒的に違う感じ。いやーたまげた、こりゃ驚いたと慌てて一気に牡蠣を焼き網に並べます。 ワンカップの大関もいつもにも増して旨く思えるから不思議です(笑)。
熱気の篭るテントの外では、せっせと牡蠣の掃除をしてくれている。何を隠そう、かき小屋「渡波」の牡蠣は、目の前の万石浦から揚がった牡蠣なのだ。 その引き揚げたばかりの牡蠣をテントの横で掃除して、そのまま焼き網の上へ。 ああああ、この衝撃的な旨さは、万石浦が育んだ滋味を採れ立てでいただく醍醐味の発露なのだなぁ。
絶滅さえ危惧された三陸の宮城の牡蠣を絶佳な美味しさと臨場感で愉しめる、 かき小屋「渡波(わたのは)」。お金を出せばなんでも手に入りそうな東京にいても叶わず、足を運ばなければ手に入らないものがやっぱりあることを改めてすんなり教えてくれました。 そしてその一方で、以前のように、いや従前以上に三陸の牡蠣が流通して、より沢山のひとに口福を齎してくれるようになればいいなぁ。 ふたたび万石浦を眺めながら、そんな風に思うのでありました。
「渡波」 石巻市渡波字祝田75-5 [Map] 0225-24-5640 http://www.kakigoya.jp/
column/03243
お金の問題ではなく、現場に行く大切さと、そこまでのプロセスの大事さを感じる「カキ小屋」。
椎名誠氏の本でも、現場で食べるカキなどの食材の美味しさが多数登場しますが、写真があるとますます良くわかりますね・・・。
オーストリアでは淡水魚と肉類でも、ちょっと方向性が違うような・・・。こちらの国でも似たようなものを探してみたいと思いました。
Re:seppさま
足を運ばないと目の当たりにしないと実感できないことってやっぱり多いですね。なかなか容易ではありませんけど…。
美味しかった鱒の燻製、採れ立て焼き立てだったらまた違う魅力があるのかな?かな?