名物焼だんご「武蔵屋」で 炭火の焦げと醤油の郷愁道灌団子

musashiya.jpg今は航空公園にある所沢の市庁舎。 航空公園に移転する前は旧町の宮本町に本庁舎があったのだけど、今は何に使われているのかな。 その旧庁舎の向かいには、 所沢唯一と思う醤油蔵「深井醤油」。 そして旧庁舎の裏手には、 小さな神社、所沢神明社がある。
久し振りに旧庁舎裏手から神明社の階段を上る。musashiya09.jpgベンチに座って読書する女性の脇を抜け、手水舎で両手を清め、お参りします。 正月の頃の境内しかおよそ知らないので、反って厳かな気持ちになるもので。

戻る途中から今度は、横手の階段へ進んでみます。musashiya10.jpgこちらの参道は、峰の坂からのアプローチ。 ゆっくりと一歩一歩降りていきましょう。

参道入口近く、峰の坂の中程で見つける櫨色の暖簾。musashiya01.jpgmusashiya02.jpg足元の看板が示すは、名物焼だんご、武蔵屋。 ふとトタン屋根だった頃の店先を思い出します。

ガラガラっと引き戸を開けて、二本だけで御免なさいと声を掛けます。 ちょうど一緒になって、同時に注文したオバさまは、お持ち帰り10本オーダー。 ボクはココでいただいていきますと、既に白いだんごの串を手にした姐さんに伝えます。

ちょっと失礼して、店の外から硝子越しにだんごを焼く様子を拝見する。musashiya03.jpgmusashiya04.jpg当然ながらの慣れた所作で、 団扇を煽り、並びを整え、醤油タレに潜らせては、また団扇を煽る。

はい、お待ちどうさまと小皿に載った焼きだんご。musashiya05.jpg炭火に炙られ、ちょっと焦げたあたりの芳ばしさに漂う醤油の香り。 ちょっと粗めに捏ねた感じの歯応えと醤油の甘辛さが郷愁を誘う。 醤油はきっとご近所、深井醤油のものなのでしょう。

一緒に居合わせたオバさまは、 ちょっと焦げ目を多くして!なんて注文をしてた。musashiya06.jpgオバさま、なるほど、通ですなぁ(笑)。

壁に掛かった額には、所沢焼だんごの由来が示してある。musashiya07.jpg康正元年(1455年)、かの太田道灌が、 江戸城を構築中に鷹狩りにと武蔵野の地を訪れた。 その際に土着の名族が手捏ね団子を焼き、自製の醤油につけて献じたところ、 道灌の賞賛を得たのが名物となってゆくきっかけであったと。 道灌団子とも呼ばれた焼きだんごは、永き歳月の間に徐々に幾分かの変遷を遂げて、 今の竹串に刺したスタイルになったのは、享保年間からと云われているよう。 そしてその頃から、”所沢名物焼だんご”と称されるようになった、とある。 そうか、所沢の焼きだんごは、そもそもは”道灌団子”であったのだね。

峰の坂中程、所沢神明社の参道口辺り。 昭和35年創業、所沢名物焼だんごの老舗「武蔵屋」。musashiya08.jpg額の文書は、こんな句で結んでいます。 武蔵野に鷹狩りをせし道灌の歌宴を偲ぶ焼だんごかな 惣五郎


「武蔵屋」 所沢市宮本町1-8-14 [Map] 04-2922-5614
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