column/02332
素料理「虚無蕎望 なかじん」で 穀物としての蕎麦を識る
「虚無蕎望 なかじん」は、東山駅近く。
白川と東大路通りに挟まれた古川町商店街というこじんまりしたアーケードにひっそりとある。
観光地の空気とは無縁な印象の、少し煤けた情緒が心地いい。
白い無地の暖簾を潜る。
訪れて知るのは、厨房に正対するカウンター8席のみが迎えてくれるということ。酷暑の京都ゆえ最初の麦酒に抗えず、
ドイツの黒ビール「ケストリッツアー」をいただき乍ら、お品書きを眺めます。
昼は、前菜主菜をそれぞれプリフィックスする月点心と主菜のみを選ぶ雪点心が基本。
”月”でお願いするとして、困らせるのが前菜主菜の手書きメニュー。
端から端まで気になる品書きが前菜13品、主菜13品も並んでいるのだ。
う~ん、ぐるぐる(笑)。
やっぱり鱧は食べたいなぁと前菜から「はも焼き霜造り」、主菜から「鮎の竜田揚げ うまかとたでのソース」を選んでみました。
あられを熱々の出汁に浮かべた先付け。
すっきりした呑み口の特別純米「久寿玉」を片口でいただいたところで、先付けに続くのが、いきなりの「粗挽きそば」。
唱和するように、「まずそのまま鼻を近づけて香りを嗅いでみてください」と云う。
くんくん。
おー、店主が仰るように、枝豆のような蜀黍のような薫りがしっかりする。
ああ、蕎麦って穀物だったよねと呟いてしまいそう。
「最初はお手元の塩で。そして山葵と。最後にお好みでつゆにつけてお召し上がりください」。
なるほど、蕎麦を塩でとな。
粗塩を摘んで蕎麦の上で捻り振り、啜る。
塩が角張って、ミネラルっぽさが強すぎると思う瞬間もあるけど、ほ~、実直な滋味にしみじみ。
おろしたて山葵と塩の競演も妙味だ。
後半は辛汁で。
きりっとしながら出汁の濃い汁で食べる蕎麦が一番旨いけど、
”蕎麦を塩で”はありそでなさそな発見だ。
七味を振ったりするのとはワケが違う。
それも蕎麦という穀物を端的に感じられる仕立てがあってなれば。
感心至極であります。
続く前菜が届きました。
透明なお皿に炙った鱧の身が綺麗に並べられ、枝豆の緑と梅肉の紅が差し色になっている。炙りたてを空かさず口へ。
淡泊な中に炙ったことによる味の活性があって、ほう、ほほう、と慌て喰い。
続いて、「そばがき」。
そばに同じく、最初は塩と山葵で、後半はお醤油で。
掻き立ての湯気の中に先のと同じ穀物がふふんと香り、まったりとしつつ粒子を思わせつつ、すっと解け消える。
うん、お酒に合う合う。
で、主菜。これが絶品。
まず籠の中で跳ねる鮎が披露され、その小振りな鮎二匹が唐揚げに。ジェノベーゼな蓼のソースを外周に、その内側に鮎の腑を使った「うるか」の苦みのあるソース。
ふたつのソースを合わせつつ、唐揚げをカジる。
清々しいくらいに澄んだ身の味わいとその周囲を覆う香ばしさ、それを苦みある薫り高きソースが仕立て上げるンだ。
ひ~、うみゃーい。
お皿に残ったソースは、天然酵母で焼き上げたというパンで綺麗に拭うのだ。
二枚目のおそばは、「せいろ」。今回も儀式のようにせいろを目線に掲げて鼻を寄せる。
せいろは、炊き立てのご飯のような胡麻のような、とまたまた解説通りの匂いがする。
うーむ、なるほど。
デザートは黒板から選んだ「そばの実のアイスクリーム」だ。
厨房全体をどこか凛と襟を正した雰囲気があるなぁと思って気がついたのは、店主以下のスタッフ全員が白いシャツで揃えていること。
そんなことを考えている間にも、予約のないままやってきたヒトたちがひとりまたひとりと寂しげに帰っていく。
前日の電話で予約ができたのは、きっとかなりラッキーなことなのでしょう。
穀物としての蕎麦を表現し切ってくれているあたりが強く印象的な「虚無蕎望 なかじん」。充足の2時間ランチでありました。
「虚無蕎望 なかじん」 京都市東山区古川町546 075-525-0235 http://www.nakajin.net/ [閉店]