その日はまだ梅苑の梅はまだほとんどが蕾なれど、 中門にあたる重要文化財の三光門の脇では、 白梅がほころんで活き々々としていました。 菅公をおまつりした神社が、全国におよそ一万二千社もあるらしい。 菅公を慕って、一夜にして太宰府まで飛んでいったという「飛梅」伝説の梅も、 ここの梅の木たちの祖なのかもしれません。
そして、鳥居を背にして見つかる行列がある。 修学旅行生にさえも有名らしい豆腐料理の店「とようけ茶屋」は、 北野天満宮の鳥居の前にあるのです。
ご案内は、二階のテーブルでご相席。 幾つかの小皿も嬉しい「湯豆腐膳」が気分でしょう。突き出しのおぼろ豆腐でまず、熱燗をつつーといく。 小皿には、百合根、銀杏入りののひろうす。 一番最後にとれるという甘湯葉は、山椒の実を載せて。 そして黒豆の湯葉。 それらを肴にまた、つつーといく。
相席のご夫妻の旦那さんは、 燗酒よかですなぁ糖尿で呑めないんですわー、 と羨ましそうにお猪口を眺める。午前中からますますイケナイことしている感が増して、 面映いような、得意げなような(笑)。
小皿を平らげたら、 まだまだ湯気を立てている湯豆腐の鍋に向かいます。各種ある中で絹漉し豆腐がデフォルトらしく、 昆布出汁の湯殿から掬った豆腐の肌理、嫋やかに。 口腔をぬくめて、滑らかな大豆の滋味儚く消える。 お銚子一本がちょうどよく空きました。
実は一年程前にも北野天満宮にお邪魔していて、 その時もイケナイ午前酒(笑)。ぱりっと香ばしき「ねぎ揚げ」なんかを肴に、 お燗のお酒をつつついっと。 九条のお葱の甘さがほころびます。
単品の「お好みゆどうふ」を絹でいただいて、 お銚子一本を空けた頃、 お店の名を冠した「とようけ丼」が届きました。賽の目に切った絹漉し豆腐を甘辛く出汁で炊いたもの。 それが水菜や油揚げ、椎茸なんかと一緒にたっぷり載っている。 思わず掻き込めば、全体を豆腐の仄甘さが支配しているのでありました。
北野天満宮前、紅殻壁のお休み処、豆腐料理の「とようけ茶屋」。「とようけ茶屋」は、北野・下の森商店街、明治30年創業の山本豆腐店、 今の「とようけ屋山本」が平成4年に設けたお昼だけの飲食店。
イートインのスペースを持たない豆腐店で、 遠方から訪ねてきたひと達や修学旅行の学生たちから、 店先で食べられないかと訊ねられたことが契機だそう。「とようけ屋」のWebサイトには、その屋号の由来が明示されています。 伊勢神宮外宮の祭神であり、食物、とりわけ穀物を司る、 “豊宇気毘売神(トヨウケビメノカミ)”からヒントを得て、 五穀の恵みを豊かに受け取ることが出来るよう、 “豊受”、「とようけ屋」と名付けさせてもらいました、と。 お豆腐を樋(とよ)で受けて配ったことがあった、 なんて由来を想像したのだけど、全然違ったね(笑)。 道真公との関連ではないのが、なんだか意外です。
「とようけ茶屋」 京都市上京区今出川通御前西入ル紙屋川町822 [Map] 075-462-3662 http://www.toyoukeya.co.jp/
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