それなりに年嵩を積んでから砂場と聞けば、幼稚園や公園に敷設のそれではなく、即座に蕎麦屋と応える。そう、それがオトナの嗜みというものであります(笑)。
秀吉の大阪城築城の際に工事用の資材置き場、砂置き場としていた場所周辺に開業した二軒の蕎麦店が所在の俗称から「砂場」と呼ばれ、それが蕎麦店の代名詞となっていった、というのが「砂場」発祥の通説とされる。
そんな「砂場」の何軒かは知っていても、訪れる機会はそう多くない。
はてさて、そんな「砂場」を冠する蕎麦屋はいま、東京に何軒あるのかしらんなどと考えつつ、外堀通りを背にして琴平町方向へと歩きます。
分厚い板木で設えた銘板の前に佇めば、
その向こうに虎ノ門ヒルズの威容を望む。
和装の軒先と楓の葉と無機質な超高層ビルとのコントラストに、
ほんの少し眉を顰めます。
旧大名家から譲り受けたといわれる、
「虎ノ門大坂屋砂場」が佇む角地は、
今も一等地であることに変わりはない。
これまた高いビルに背後から攻め立てられているようでいて、
決してビルになぞしないという決意の表出のようにも映ります。
暖簾の右手には手水鉢。
柄杓に手を清めてから暖簾を払うのもよいかもしれませぬ(笑)。
案内される儘、向かって右手の一席へ。
酒の肴の件の中で何故だか「焼き鳥」が目に留まり、
「〆張鶴 純」を冷や(常温)で。
一本だけお銚子をやっつけて、
手繰るお蕎麦の到着を待つひと時がいい。
届いた「芝海老のかき揚げせいろ」の、
掻き揚げのフォルムに一瞬だけ目を瞠り、
揚げ立ての芝海老の薫りを軽妙な歯触りの中に愉しみます。
求道系蕎麦とはまた違う端正にして安定感を思う蕎麦。
出汁の旨味風味をしっかり湛えた、
甘さ辛さの加減も絶妙のつゆだ。
それから間もなく、
すっかりお腹を空かせてお邪魔した昼下がり。
大葉にアスパラ、茗荷に空豆の天ぷらなぞの載った、
「夏野菜天そば」をつるんと平らげる。
腹ペコの勢いのまま註文してしまった「親子丼」も、
厨房に丁寧にして熟練の手があることを明瞭に窺わせてくれます。
陽の落ちる頃に再び、
かつて琴平町と呼ばれた辺りを眺め遣る。
格子戸の内側から振り返って、
大坂屋と染め抜いた暖簾の隅を目に留める。
歴代何垂れ目の暖簾なのかなぁなんて考えたりいたします(笑)。
定番「沢の井」をぬる燗でいただいて、
「いかうに和え」あたりをあてに和む。
老舗蕎麦屋で呑るのはやはり、
乙にして贅沢な時間でありますね。
「桜切り」は疾うに売り切れていて、
然らばと「生姜切り」。
なはは、生姜の風味がきりっとした輪郭で迫る蕎麦。
いいね、美味しいね。
わざわざそのために拵えたのではない蕎麦湯が、
塩梅のいい辛汁と相俟って、老舗の店の地力を魅せる。
何処の「砂場」もこの丸に砂を印した湯桶なのでしょか。
1872年(明治5年)、
暖簾分けにより「琴平町砂場」として生まれた、
虎ノ門「大坂屋 砂場」。
1923年(大正12年)建築来、
何度かの改修を経て今もそこにある、
「大坂屋 砂場」の建物は、
登録有形文化財(建造物)の指定を受けている。
また、暮れ泥む空の下の夕方辺りに、
訪れる機会のあらんことをと思います。
「大坂屋 砂場 本店」
港区虎ノ門1-10-6 [Map] 03-3501-9661