残念ながら、ぞろぞろと兼六園の中を徘徊したくらいの記憶しか残っていない。
あ、その後一度出張で赴いたことがあったけれど、それもまた随分と過去のこと。
それから幾星霜。
社員旅行の際にも出張の際にも、これっぽっちも考えていなかったことが起きてしまった。
そう。金沢が新幹線で東京と繋がるなんて思いも寄らないことだったのであります。
アプローチし難いのが特別な場所感を増して、
それが魅力の一面でもあったのだけどなぁと考えながら降り立った、
北陸新幹線の金沢駅。
遥か高い場所を大屋根が覆い、沢山の人々が行き交う様子は、
成る程、新幹線開業の資力の為せる業なのでありましょう。
夕暮れ間近ではあるものの、
ちょろっと軽くひと廻りだけでもと金沢城公園へ。石川門を潜り、広々とした園内をのんびり歩く。
その先の菱櫓・橋爪門続櫓へと回り込む。
兼六園の霞が池辺りの光景しか記憶にないので、
とっても新鮮な気持ちです(笑)。
そして、やってきたのは兼六園も程近い香林坊の交叉点近く。国道から鞍月用水に沿うように横丁に入るとすぐに、
「おでん」と示す粋に古びた行燈看板が見付かります。
中の様子を窺うようにそっと開いた戸の隙間から、
いい具合の出汁の匂いがふわっと迫る。案内されるまま座ったカウンターの正面には、
3艘ものおでんの湯殿がでんと構えます。
そのおでんたちは、大方が串に刺したもの。この辺りも関東炊きとは違う要素なのかもしれません。
まずいただいたのが「黒作り」。烏賊墨の塩辛のような風情で、
つるっとシコっとした艶かしい食感。
見た目に惑わすような透明感のある旨さであります。
そして早速、おでんのお皿をお任せで。「つみれ」に「大根」に「牛すじ」。
こちらの「しのだ巻き」は、
油揚げで煮付けた薇なんぞを簀巻きにして、干瓢で縛ってある。
関東では見掛けない、手の込んだ種ですが、
出汁の滲みた油揚げが旨いのは、
どの地でも共通することなのでありますね。
例えば京のおでんの出汁とは趣が異なるように思うものの、
こっくりと滲みる旨い汁。
関東風とも謳われる汁で炊いたおでんは、
そのままでも十分イケるのですが、
そこへ適宜、白味噌生姜風味の味噌だれを添えるのが、
こちらの流儀のようであります。
冷やのお酒をいただけば、
お約束にしてなかなかのお手前のなみなみ注ぎ。顔を寄せてつつーっとする瞬間が、
一端の呑兵衛気分にさせてくれますね(笑)。
女将さんが呼ぶ”オバケ”とはなんぞやと訊けば、
それはつまりは、さらし鯨のこと。「尾羽雪(おばゆき)」と書いて、
“オバケ”と通称するんだそう。
鯨の尾っぽあたりの皮沿いの身肉で、
独特の歯触りがその醍醐味だ。
お任せふた皿めのおでんには、
「たこ」に「赤はべん」に「ふかし」。分厚いナルトのような赤はべんは、
その名の通り赤いハンペンの風情。
その一方、同じ練り物の「ふかし」は、
はんぺんのようでいて、所謂ちくわぶの柔いもののようなもの。
処変わればおでん種も変わるのを垣間見るようです。
ひと心地ついたところで女将さんにお薦めいただいたのが、
「カレーおでん」。串から外した牛すじなんぞの具と出汁に、
カレーだれを注いで溶いたようなそんなお皿。
それをなん口か掬ったあとに、
添えてくれたご飯を投入してしまうという荒業に出る。
散々つついた鍋を最後にカレー味にしてしまうような、
そんな開き直りも嫌いではありません(笑)。
季節は移ろって初冬のある日。
ふたたび金沢の地を訪れる機会がありました。今度もお任せでひと皿目のおでんを所望すると、
そこにはいつぞやの「赤はべん」に「牛すじ」「大根」、
そして「がんも」。
「がんも」もなかなかデッカくて具沢山だ。
そして、冬場の「高砂」には冬場なりの名物があるという。そのひとつが「かぶら寿し」。
二枚の蕪の間に鰊あたりの魚の身を挟んで、
麹で塗して、なれずしにしたもの。
これに燗酒が合わない訳がないというのに、
後があるのであんまり呑めないというのがなかなか辛かった(笑)。
前回から気になっていたおでんのひとつ「ねぎま」も追い駆ける。焼き鳥の”ねぎま”は勿論、鶏と葱だけど、
ここではやっぱり鮪と葱。
煮過ぎないタイミングの鮪の角切りにも、
いい塩梅に出汁が煮含められています。
これは成る程、味噌だれがよく似合います。
もうひとつ、冬場の名物いかがですかと、
そうご案内いただいて頷くと、目の前に小さな木札が据えられた。札には赤いマジックで「かに面」と書かれています。
それが目の前に運ばれれば、やっぱり目を瞠る(笑)。蟹の甲羅にぎっしりと蟹の身や内子やミソがぎっしりと、
そして整然と綺麗に詰められているのです。
香箱ガニのそれだという身は、
おでん出汁でゆっくりと煮含められて、
その優しい甘さに思わず目を閉じる。その手間を想像しつつ、
内子を口に含んではまた目を閉じる(笑)。
ああ、燗酒をたっぷり呑めないのがなんとも残念であります。
女将さんにお愛想を伝えると、
おつりと一緒に粋なマッチ箱をいただいた。此処「高砂」を訪れたことの証であると云う。
実はもう二個目なのですけどね(笑)。
金沢の香林坊、片町の横丁におでんの老舗「高砂」がある。その創業は、昭和11年のことである模様。
暖簾に表した”一寸一パイ”のフレーズが、
肩肘張らないその心意気を示して頼もしい。
また何度となく訪れたい、そんな場所。
品札にある「とんかつ」や「かば焼き」も気掛かりです(笑)。
「高砂」
金沢市片町1-3-29 [Map] 076-231-1018
本年もどうぞよろしくお願い致します。2年前の初秋に仕事で金沢に1か月ほど滞在したことがあって、その際にはこちらのお店にも何度か足を運びました。何でも美味しかったですね。マッチ箱も懐かしいです。
Re:バードさま
こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
金沢に1ヶ月もなんて、なんて羨ましい(笑)!
季節もいい頃でしたね。
そう、美味しいですし、応接も心地よしでした。
また訪れる機会があるといいですね。