秋の気配の夕暮れ時。 江戸橋の方向へ抜けて行こうと、 どこかの教会のようにも思う光世証券の建物の脇の小路へと何気なく折れ入りました。
すると目を惹く、何処か鯔背な気風を思わせる青藍の暖簾。店先に漂う雰囲気も積年の色合いを感じさせています。
通り過ぎようとしたところで、 粗い縦格子の間から厨房らしき部屋内が覗けてしまいました。覗き見して御免なさい(汗)。 でも、炭焼き台に備長炭が紅く熾ってる様子に引き寄せられてしまったのです。
暖簾の前へと踵を返して、店頭のお品書きを凝視する。鰻を焼く匂いに誘われるってのはよく聞く話だけど、 見詰めた炭火に誘われるって面白いなと自分を省みる(笑)。 下から二番目くらいが、庶民の偶の奮発に相応しいと心得ます。
よし!と小さく心の中で叫んでから(笑)、 引き戸に手を掛けようとしたら、 その取っ手が鰻を象ったものであるのに気がついた。 細かいところへの細工に心意気が窺えます。
その引き戸の中もなかなかの枯れた風情で、いい。クランクするように曲がったテーブル席の奥は、座敷になっている模様。 壁には、先代と思しき大将の写真が額に収められています。
湯飲み茶碗にお茶をいただき、注文を終えると、 さっき覗き見た処であろう部屋からパタパタと団扇を煽ぐ音が聞こえてきた。 フゴフゴいっているのは、鞴(ふいご)でも使っているのでしょうか。
つるっとして綺麗な塗りの重箱の蓋。刻んだ模様は、何でしょか。 山椒とはちょと違う植物のように見受けます。 矢張り、鰻のお重ほど、その蓋を開ける際の刹那がヴィヴィッドなものはありません。
パカリと開けたお重から仄かな湯気と匂いが沸き立ってくる。一瞬白焼きを思うような、全面均質に飴色な表情とはやや異なる焼きっぷり。 何度もバシャバシャにタレに漬けない流儀なのか、その加減なのかは分かりません。
稚魚の不漁や価格の高騰が巷間で取り沙汰されたり、 一転しての稚魚の豊漁や完全養殖の成功が報じられたりと、 何れにしても心配とともにその情勢が気に掛かる昨今の鰻事情。 ここはその恵みに感謝しつつ、有難くいただかなければなりますまいて。 割り箸に両手のひらを添えて、いただきます。
きりっとしたタレの風味が芳ばしさとともに甘い滋味の鰻の身を包んで、 うん、美味しい。重箱の右の隅から左の隅目掛けて、まっしぐらに箸と口を動かします。
実は、鰻というとどうしても、 浅草「小柳」でいただいた時のときめきが強すぎて困る。 ふっくらした鰻の身を備長炭に炙られた表面が薄く芳ばしい膜が包んで、 その張りたるや、なんとも絶妙なのでありました。 いかんいかん、そんな雑念は、 目の前の美味しいうなぎを美味しくいただくには邪魔になるだけですね。
兜町の裏小路に凛として暖簾を掲げる、江戸前うなぎ「松よし」。その佇まいや漂う気風は、ただただ魅力的。 きっと証券業界華やかなしり頃には、より繁盛していたのでしょう。 証券取引所界隈といえば、久し振りに「喜代川」へも足を向けてみようかな。
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「松よし」 中央区日本橋兜町9-5 [Map] 03-3666-0732
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