
久し振りに場内を訪れた夏の或る日。
またまた久し振りに、
つきじろう師匠のお世話になり、
まずは10号館の「磯野家」へ。
「寿司大」を筆頭にした店々の行列を横目にしつつ、
すっと河岸のおっちゃん達に混じるのも乙なもの。
不漁ときく、この時季お初の秋刀魚の刺身の蕩け具合に唸ったのでありました。
其処から場外の「フォーシーズン」へと海幸橋門方面に向かう途中の1号館で、「豊ちゃん」の右手シャッターが半開きなのを目にしました。
訊けば、近々オーナーが変わり、営業形態にも変更があるようだという。
つまり、今までの「豊ちゃん」は、なくなってしまうということなのです。
然らば、お腹を空かせて改めて赴かねばなりますまい。
そう思いながら結局、場内に足を運んだのは、
「豊ちゃん」最後の日になってしまいました。
タイミング良く、カウンターの丸椅子に空きがあり、そのひとつに腰掛けます。

女将さんは、シャッターの内側で今日も働いていらっしゃる。
メニューの一部に目隠しがされているのは、
カレーやハヤシを担当していた方がいなくなったため提供を取り止めていたからだそう。
それももうこの日限りのことなのですね。
ご注文はやっぱり、「カツ丼」で。

ああ、なんの飾り気もないのに端正に想うドンブリ。
三つ葉の緑が無造作にして、品格を高めています。
隅のカツから恭しく食めば、さっくりと軽い歯触りとその直後の豚の仄甘み。



出汁や玉子でべしゃべしゃしないのが「豊ちゃん」の「カツ丼」の真骨頂。
衣の食感をわざわざ全て殺してしまうような真似は、
間違ってもしない仕立てに御座います。
抑えた量のタレも甘くなく、きりっとしている。
顔を見合わせて、旨いと頷き合うのはなんと倖せなことでしょう。
ドンブリに添えるは、「ギョクオチ(味噌汁卵入)」。
三つ葉を浮かべた熱々濃い目の味噌汁にちょっと崩した玉子の黄身が何を齎すか、
云わずと知れたことですね。
初代オヤジさんの名を冠して1919年創業の老舗洋食店、築地「豊ちゃん」。


市場で働く常連さん達が代わる代わる顔を出しては、
気風良くも朗らかなお礼の言葉と共に最後の食事を終えてゆきます。
「穴子フライライス」「帆立フライライス」や「生姜焼きライス」も食べてない。
そう思うと益々名残惜しくなる。
今後も「豊ちゃん」の名前は残して、カツ丼専門店になるやの噂。
なんだか、市場の豊洲への移転がじわじわ始まっているようにも思います。
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「豊ちゃん」
中央区築地5-2-1 築地市場 1号館 [Map] 03-3541-9062
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