ginentei60.jpg銀座周辺を巡る旅
around the Ginza

maru60.jpg八丁堀界隈の日常
Hacchobori vicinity

takahashi_tsukiji60.jpg築地情緒そして月島
Tsukiji,Tsukishima

yoshinozushi60.jpg東京日本橋界隈の徘徊
around Tokyo,Nihonbashi

imahan60.jpgとある人形町風情
Ningyocho

azuma60.jpgオヤジ新橋外堀通り
that's Shinbashi

rikkon60.jpg広尾から六本木から霞町
Hiroo between Roppongi

partenope60.jpg渋谷恵比寿中目エリア
Ebisu.Shibuya,Nakame.

legrottaceleste60.jpg青山赤坂うらおもて
Aoyama.Akasaka

inochinomizu60.jpg麻布プラチナ漫ろ歩き
Azabu.Shirokane

gingyo60.jpg身近洒落まち自由が丘
Jiyugaoka

derauchi60.jpg東急ローカルまいど
my lines Tokyu

nichinan60.jpg五反田品川大井町
Gotanda to Ohimachi

watetsu60.jpg大森蒲田川崎ライン
Ohmori to Kawasaki

norge60.jpg横浜おのぼりさん
all Yokohama

namikiyabu60.jpg浅草で道草
the Asakusa

daiki60.jpgアキバ上野湯島ゾーン
Akiba,Ueno.Yushima

kagiya60.jpgディープ荒川台東区
deep Arakawa,Taito

inonaka60.jpg深川両国河むこう
Fukagawa,Ryogoku

imoya60.jpg神田神保町靖国通り
Kanda,Jinbocho

cork60.jpg四谷神楽坂お堀沿い
Yotuya,Kagurazaka

ilpentito60.jpg代々木新宿馬場あたり
Yoyogi to BabaWaseda

aoba60.jpg西行き中央線方面
Chuo-Line

musashiya60.jpg東武三田線板橋区
Itabashi-ku

ushiwaka60.jpg豊島文京いけぶくろ
Toshima,Bunkyo,Bukuro

oaks60.jpg所沢じもちぃ西武線
Seibu-line,Tokorozawa

inari60.jpg沿線巡る小田急京王
Odakyu,Keio

ohshimaya60.jpgぐるっと関東ちょいと伊豆
Kanto area,Izu

enboca60.jpg軽井沢から甲信越
Karuizawa,Koshinetsu

yamamotoya60.jpg濃いぃぞ名古屋
Nagoyanagoya

yamamoto60.jpgなにわ大阪キタミナミ
naniwa Osaka

kiyamachi_samboa60.jpgはんなり京町修学旅行
The Kyoto

2298_60.jpg旅は陸奥国出羽国
Aomori,Mutsu&Dewa

2298_60.jpg南の島の楽園たち
Paradise Islands

2298_60.jpg独墺伊仏欧州諸国への旅
Trip to Europe


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2005年03月まで遡って移築が済みました。
でもまだまだ3合目くらい。頑張れ自分(汗)。


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喰いねぇ 鮨天麩羅鰻アーカイブ

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口 日本橋 橘町「都寿司」で堪能あん肝春子〆鯖金目鯛対馬の穴子

miyako.jpg日本橋 橘町「都寿司」。
最寄りでいえば、東日本橋か馬喰横山か人形町か。
云わずと知れた佳店は、ロレンス卿の記事でもお馴染みなところ。
ご主人がかつて修行したという蛎殻町「都寿司」へ一度赴いたことがあるだけで、こちらへはお初。
それも新年仕事始めという晩にお邪魔しました。


東日本橋のさつき通りという静かな裏道からみつけた「都寿司」。miyako01.jpgmiyako02.jpg新春の清々しさが似合う店内。
若きご主人、がにこやかに迎えるカウンターは、やはり予約で満席です。


miyako03.jpg
麦酒なぞを飛ばして、石川の純米「五凛」の常温を所望する。
乾杯をして、衣被ぎを極力上手にちゅるっと皮を脱がせます。miyako04.jpgひっくり返した切り口には、雲丹が塗ってあり、いい。
おまかせで肴を幾つか仕立ててもらいましょう。


まずは、蛸。
塩と山葵でいただきます。miyako05.jpg山葵は御殿場のご指名生産者さんのもの。
鮫肌におろした肌理優しく、豊かな香りの中に甘さを含む、つまりは美味しい山葵だ。


鰤のづけは、そのままで。miyako06.jpg炙った皮目に添えた辛子に冬の鰤の脂が溶け込んで、云うまでもなく旨い。


手渡しでいただくは、帆立の磯辺焼き。miyako07.jpg半ん生の帆立の甘さと炙った醤油の香ばしさ、海苔の風味。
これぞ寿司屋のカウンターならではと思い嬉しくなるね。


あん肝がまた絶品で。miyako08.jpg濁りなくとろーんと溶けて、コクの鮮やかさが官能的だ。
宮城の純米「日高見」の常温もよく似合う。


断面の大きさから、元のサイズを想像する鱈子の山葵漬け。miyako09.jpg薄皮のように包んだ外皮の儚さが印象的であります。


包丁の細工がもたらすか、皮目のスリットをじっと眺めてからいただく、鰆の焼きもの。miyako10.jpg厚みのある身にぎゅっとたっぷりと旨味を湛えています。


もう少しつまみますか、にぎりますか、ということで、ここからにぎっていただきます。


一貫めに、細魚(さより)。miyako11.jpgぴり、しゅっ、と皮を剥ぐ所作から忽ちの芸術だ。


唸らせるにぎりのひとつが、春子(かすご)。miyako12.jpgmiyako13.jpgいただく春子はは、血鯛の子。
仄かに華やぐような皮の香りと上品に甘く綻ぶその身。
いやはや、なんとも。


背中を開いたようなフォルムの鯵。miyako14.jpgおろし生姜を載せている姿が定番だけど、ここではそっと中に仕込む。
口にした時最初に生姜の味に当たらず、後から追い掛けるように愉しめるよう計算してことなのです。


miyako15.jpg
生姜といえいば、こちらのガリ。
あくまでドライにぴりりと辛い、気風のいい奴なのだ。


あくまで均質均等に脂を配した中トロ。miyako16.jpgこれはもう説明なんかいらないね(笑)。


目の前の硝子ケースで皮に包まれて万を時していたのが、〆鯖。miyako17.jpgああ、絶佳なるかな。


白眉に思うは、金目鯛。miyako18.jpg加減よく熟成したであろうその身には、芥子をちょん。
炙った皮目の香り柔らかいに、金目の脂の美味さがそっと弾けます。


車海老のシャリは、そうしているのか、仄かにあたたか。miyako19.jpg女性には尾を落としてから供してくれます。


miyako20.jpg
妖艶なる赤貝に続いて、
津軽海峡のむらさき雲丹。miyako21.jpg海苔で囲んで軍艦にする雲丹も悪くはないけれど、こうしてみるとタネとシャリのコンビネーションを真っ直ぐ味わえて、至極真っ当なことになる。
ここの雲丹はミョウバンが匂ったりすることがなく優れモノなんです、とご主人。


ここで追加で一貫だけと、鮪の漬け。miyako22.jpg熟成した赤身の香りととろんとした酸味に溜め息。
いいなぁ。


煮ツメでいただいた対馬の穴子。miyako23.jpg思わず誰でもニンマリしてしまうと確信するほどふんわり具合が物凄い(笑)。
ああ、堪らん。


miyako24.jpg
丁寧にキューブに包丁を入れた玉子焼きでひと通り。
これまた断面の肌理が美しい。miyako25.jpg当然なこと乍らこれをこのように焼くってのだけでも、可成りの研鑽が要りそうだ。


云わずと知れた佳店、日本橋 橘町「都寿司」。miyako26.jpgmiyako27.jpg年明け初日はちょっと緊張すると、ご主人。
一週間程度の休みであっても、さまざまな感覚が少しでも緩んでやしないか気に掛かるのだ。
素直な満足顔に礼を云われて、こちらからも感謝の意を返します。
またお邪魔しなっくっちゃ。


口 関連記事:
  すし「都寿司」蛎殻町 で羽太を含んだ特撰にぎり(07年12月)



「都寿司」
中央区東日本橋3-1-3 奥田ビル1F [Map] 03-3669-3855

column/03216

口 天ぷら定食「ちはら」で 海老天わらわらと穴子に替えて天つゆで

chihara.jpg鍛冶橋通りが八丁堀から新川へと亀島川を渡るのが、高橋(たかばし)。
その欄干から下流を眺めると、亀島川の終いを教える水門が見える。
その向うには、佃のタワー群が望めます。
川面では、数羽の海鳥が鳴いている。
麗らかな秋の陽射しの中にしばし佇みます。


水門の脇を渡るのが、南高橋。chihara01.jpg南高橋を新川に渡った辺りに時々思い出しては足を運ぶお店があるのです。


リバー通りと呼ぶ静かな裏通りの植え込みに見つかる「天ぷら定食」の文字。chihara02.jpg覗く路地にある臙脂の暖簾が目的地です。


満席に出くわすことも少なくない、L字のカウンター。
空席を見付けて安堵して、小さな椅子に腰掛けます。
そのままひと呼吸待てば、大根おろしの入った器にご飯、蜆の味噌汁が載ったお膳が届く。
傾けるポットから流れ出るのが天つゆだ。


そこへ、あいよ!ってな気風で敷紙の上にばらばらっと配られるのが海老の天麩羅。chihara03.jpgchihara04.jpg勢い余ってカウンターに零れてもご愛嬌。
早速、用意していた天つゆに浸して齧り付きます。
海老の身の甘さと衣の香ばしさ。
繊細なそれとは趣の違う天麩羅は、卓上塩よりも大根おろしの天つゆが断然良く似合う。
なによりわらわらと六尾の海老天が嬉しいではありませんか。
もちろん尻尾までぱりぱりといただいてしまいます。


野菜の天麩羅は、例えば蓮根とか南瓜とか。chihara05.jpgきっと海苔の天麩羅も定番なのでしょう。


この時季の「天ぷら定食」唯一の選択肢が、「穴子」。chihara06.jpgchihara07.jpgそれには、椅子に腰掛けたや否や、例えばキスを穴子に!と告げればいい。
此処では齧ればほっこりと湯気の出る穴子にも、
やっぱり大根おろしの天つゆが一番似合うのです。


創業40数余年という、裏路地の天ぷら「ちはら」。chihara10.jpgこんな気の置けない天麩羅たちをアテに瓶の麦酒でもやっつけにお邪魔したいところだけど、店主がご高齢ゆえ、今はおひる時のみの営業だそう。
遅番のランチには、好きな野菜天を5つ選べる「一時からの野菜天ぷら定食」という手もあり。


口 関連記事:
  揚げたててんぷら「ちはら」で 和みと満腹の天ぷら定食(07年03月)



「ちはら」
中央区新川2-21-12 [Map] 03-3551-5962

column/03186

口 うなぎ「喜代川」で 小網町路地の鰻重備長炭の焼き目のシズル

kiyogawa.jpg証券取引所の前を通って、
蛎殻町の五叉路方向へと日本橋川を跨ぐ鎧橋。
渡り切った先の右手はぺんてるビル。
どこだろうと探るように視線を泳がせたのは、
その向かいのリサイクルショップと「カクヤス」の間の路地でした。
そのまま抜けると、ナポリタンと昭和な空気が懐かしい喫茶「桃乳舎」の前にでるなぁと思いつつ進むと、
風に微かに揺れる白い暖簾が見えてきました。
今日のお昼は奮発して、鰻を喰ってやろうという魂胆なのです。



初めて訪れた、うなぎ「喜代川」。kiyogawa01.jpg
そのまま暖簾を払って、打ち水をした三和土に立って人数を告げると、
右手の方へ回ってくれとお姐さん。
左様ですかと何処ですかと一旦路地に出てみると、右手にも小振りの暖簾がある。
なるほど、左手玄関はお座敷へのアプローチで、
右手にお手軽なテーブル席が用意されているらしい。kiyogawa02.jpg新富の割烹「躍金楼」を思い出したりしながら右手の暖簾を潜ると、
そこはどうやらちょうど満席のご様子。
テーブル4卓の小じんまりだものなと思うも、
今度は席が空くまで、左手の玄関から上がって待っていてくれないか、と別のお姐さん。
ありゃまたそっちに戻るのね、と苦笑しながら、
ふたたび左手の暖簾に廻り込んで、奥の待合い椅子でしばし。
お待たせしました、と呼ばれるとまたまた靴を履いて、右手の暖簾へ。
行ったり来たりさせちゃって御免なさいね~とお姐さん。
なんかまぁ、事情が分らんでもないので、
不思議とそんなに悪い気はいたしませんです、はい(笑)。


麦酒空けちゃってるテーブルを羨ましく眺めつつ、
テーブル席メニューから「うな重 竹」をお願いしました。kiyogawa03.jpg


塗りの漆が照明に映えるお重が肝吸いと一緒に届く。kiyogawa04.jpgほんの少し恭しい所作で蓋を動かしたくなる気分のする(笑)。


お重に収まった蒲焼きとご対面。kiyogawa05.jpg目線を近づけて、焼き目を凝視すると、
紀州備長炭で炙られている様子が浮かんだりします。kiyogawa07.jpg


こうなるともう、ちょっと慌てた感じで箸を動かすことになる。kiyogawa06.jpgkiyogawa08.jpgそれを誰も哂えないでしょう(笑)。


浅草「小柳」で感じた、鰻の身のふっくらを包む薄い薄いぱりっとした外周の妙は感じられなかったけれど、辛目のタレでさらっとしつつ、癖のない鰻の滋味と脂の甘さを愉しめた。
たまにはいいよね、ちょっとしたこんな贅沢。


小あみ町、うなぎ「喜代川(きよかわ)」。kiyogawa09.jpg老舗旅館と見紛う建物は、築80年を超えるもののようで、枯れた風格がいい。
お座敷にはシッポリとふたり用の個室なんてものあるらしい。


口 関連記事:
  喫茶・軽食「桃乳舎」で カツハヤシにスパゲティ旨い洋食の店(09年03月)
  すたんど割烹「躍金樓」で鰈煮おろし豚角煮天丼膳やはり天麩羅(10年06月)
  蒲焼「小柳」で 極薄い外周とふんわり身が解ける鰻重の旨さ(07年08月)



「喜代川」
中央区日本橋小網町10-5 [Map] 03-3666-3197
http://www.unagi-kiyokawa.com/

column/03139

口江戸前「金井寿司」で 穴子笹焼きゲソ肝巻きイケる名物焼き寿司

kanaizushi.jpgひょんなことから宵口の東急大井町の改札前。
さて、どこでご飯しようかと腕組み思案する。
やっぱり真っ先に思い浮かぶのは、
駅すぐの東小路の二本の路地。
「ブルドック」は正直あんまり得意じゃないし、
「大山酒場」はもうないし。
焼鳥「鳥文」も一手だけど、
あそこはきっともう満席だ。
近頃気になってる小さなワインバーなんかどうかなぁと考えながら、はたと思い付いた。
そうだ、「金井寿司」を覗いてみよう。


空席ありますようにと暖簾を払うと、予約以外の席がまだあるよう。
おずおずと小さなカウンターの角あたりに落ち着きます。


瓶麦酒をいただいて、つまみを適当に。
そうそう、「金井寿司」では、つまみあれこれが大将に任せるまま、
小さな角皿に載ってどこどこ出てくる。
あれらをアテに、日本酒でもウーロンハイでも。


大将曰く「今、穴子焼いてるかんね」ということで、「穴子の笹焼き」。
「金井寿司」のもうひとつの名物は、しっかりと笹の香りを纏った逸品なンだ。
うん、うまい。


お隣さんの注文がとっても気になり、こちらにも。kanaizushi01.jpgなんといっても、炙ったゲソを肝のソースで包んで巻いてしまうという、
堪らん仕立て。
ああ、ああ、これが不味かろうはずのない。
大将、これは、ズルい!


そうこうしているうちに、
大将曰く「うん、今、焼いてるから」ということでやってきたのがお待ちかね。
「金井寿司」名物の本命「焼き寿司」だ。


ほうら、焦げたご飯と炙って香ばしくなった本鮪。kanaizushi02.jpg海苔の風味と鮪の脂に旨みが渾然と炸裂して、愉快なほどにイケるのだ。


大将に、鮪以外も巻いてみてくれない?と訊くと、いんやそれはできない、と仰る。
実はまかないではあれこれ試しているのだけど、「金井寿司」の「焼き寿司」は本鮪で、という風に決めているンだって。
なるほど。
でも、鯖バージョンとかトロサーモンバージョンも食べたかったなぁ(笑)。


「焼き寿司」でも衆知の大井町東小路「金井寿司」。kanaizushi03.jpg大井町の路地にお越しの際は、この小さなカウンターにもぜひ。
吃驚したことに、なんでも、上海に支店つくっちゃったみたいですよ。


口関連記事:
 江戸前「金井寿司」 で楽しいカウンター穴子笹焼き名物焼き寿司(08年05月)
 キッチン「ブルドック」でチキンライスにメンチカツ増える眉間の皺(06年03月)
 大衆酒場「大山酒場」でふるふる煮込みハムエッグス大徳利連山(07年09月)
 焼鳥「鳥文」 で気持ちよく呑む鳥料理巡り東小路潜入(07年10月)



「金井寿司」
品川区東大井5-3-5[Map] 03-3474-8840

column/03044

口鮨「徳助」で 真鯒煮烏賊鱚昆布〆煮鮑づけ煮穴子徳さんの所作

tokusuke.jpgどこかで寿司をつまみたい。
そう考えた時に真っ先に脳裡に浮かんだのが尾山台のハッピーロード。
そして、中国家庭料理「華門」階下の、気取らずも凛としたカウンターと大将の尊顔を思い出しました。
路上から連絡を入れると案の定、満席だという。
辺りを散策徘徊しながら席の空くであろう時間まで待つことにしました。


振り返ればもう、二年半振りのカウンター。
でもなんだか、ちょこちょこ通っているような虫のいい錯覚(笑)に陥らせてくれるのはなにより、大将徳さんの気の置けない佇まいによるのでしょう。


tokusuke01.jpg
お通しの小鉢で麦酒を少々いただいて、
つまみをみつくろってもらいます。tokusuke02.jpgtokusuke03.jpg夏のアイナメに鱸、ミル貝に青柳。
ほんのりした甘みがある白身と澄んだ香りの貝ふた品。


冷たいお酒がいいねとお願いすると、如何にも涼しげな酒器がやってきた。tokusuke04.jpgつつつーと傾ける猪口の呑み口は、きりっとし過ぎず、豊かな奥行きのする。


そこへ、ちょっぴり悪戯っ子な表情した大将が、
まだ動いていそうな黒いイガイガを届けてくれた。tokusuke05.jpg割った海栗から直にいただくにはと手にしたスプーンで雲丹を掬う。
乙なる磯の香りに包まれた雲丹の甘さにこんな幸せがあっていいのかと黙想する。
勿論、ミョウバン由来の苦みなんてありません。


ほいよ、ってな感じで渡してくれたお皿には、見た目から既に柔らかそうな蛸の足。tokusuke06.jpgそっと口に含むとそれが、想定以上の柔らかさ。
とろんとそしてこっくりと蕩けて、
煮汁に滲む旨みとともに独特の香りを口腔に残す。
そこへ、冷たいお酒をきゅっと、ね(笑)。


tokusuke07.jpg
徳さんが、すっとつけ台に据えた小皿には、
新生姜によるしっかり厚みのあるガリ。
繊維にさくっと歯の先が通り、辛さ柔らかな風味にこれだけで、お銚子一本呑めてしまいそうです。


そんなガリを合図に、まず握ってくれたのが、小鰭。tokusuke08.jpg前回の、ちょっと斜めに握っていた小鰭が印象的だったのだけど、
今夜の握りは、すっと尾を引くよなお姿。
ああ、でも、この酢飯とのバランス、好きだなぁ。


続く白身は、真鯒の身。tokusuke09.jpg徳さんの煮切りは、こんな白身でも強過ぎることなく、
塩梅のよく旨みを引き出してくれるんだ。


煮烏賊のツメもまた、いいね。tokusuke10.jpgそして、徳さんの手元を見ているのがとっても愉しい。
寸分の躊躇いもなく刺身包丁を操り、海苔を廻し、握り、ツメの塗る。
以前と同じく、先の尖った金物の菜箸を、水を張った桶の底にタン!と刺す。


再びの白身は、鱚の昆布〆。tokusuke11.jpg昆布〆にすることで、甘みがくくっと凝縮していて、うん、好きだな。


そして、何気なくの大とろ。tokusuke12.jpg煮切りの包む鮪の薫りと脂が織り成す小さな宇宙が口の中でふわっと解ける。
もう、うんうんと頷くばかり。


あはは、蛸さんも魅力的な柔らかさだったけど、
この煮鮑の粋な柔らかさにもウットリ。tokusuke13.jpgたっぷりのツメのさらりとしたコク味が美味しさをさらなる高みへと引き上げてくれるンだ。


クライマックスは、鮪のづけ。tokusuke14.jpg赤身の香気豊かにして、脂の甘さとは違う凝縮感がそそる。


ただふっくらと云えば陳腐な云い回しかもしれないけれど、tokusuke15.jpgこの煮穴子の舌触りと味わいの深みは、素直に愉しみたいところ。


ひと通りが収まって、もう少しなにか〆たものがあればと所望して、鯵をいただく。
軽い〆加減の中に鯵の甘さを知るのでありました。
tokusuke16.jpgtokusuke17.jpg
カウンターの逆の隅のお客さんが注文んでいたものをこちらにもとお願いして。
見惚れる所作で素早く巻いたその中身は、
叩いた御新香に、茗荷、胡瓜、紫蘇、白胡麻。
乙な仕上げに便乗しちゃったね。


朱塗りのつけ台に徳さんファンが夜ごと集う、尾山台、鮨「徳助」。tokusuke18.jpg徳さんのカッコいいにぎりを堪能しにまた、お邪魔したいと思います。


□関連記事:
 鮨「徳助」で 堪能のカッコイイにぎりたち(07年11月)



「徳助」
世田谷区尾山台3-10-10 OSビルB1[Map] 03-3701-2383

column/03008

口寿し「いづう」で 鯖寿司小鯛鮨の盛合せ守る伝統と愛想のなさと

iduu.jpgところは祇園の切り通し。
ロジウラーとしては、賑やかな花見小路などよりも、断然気になる筋であります。
例えば、うどん・親子丼「ぎをん権兵衛」やバー「コペルニクス的転回」も切り通し沿いのお店。
そして、八坂神社前の「いづ重」初代の奉公先だという、同じく切り通し沿いのお店「いづう」にもいつか寄ってみたいと思っていました。
白川を渡る巽橋方向からアプローチするのが風情であります。


真っ白な暖簾を払って入り込んだ店内は、妙な飾り気のない、質実な佇まい。iduu01.jpgたたきに置かれた畳敷きの椅子に腰を下ろします。
テーブルの低さが、どこか峠のお茶屋風な居心地を連想させたりして。


開くお品書きも、質実な匂いのする。
「鯖姿寿司」「小鯛の雀寿司」「鯛寿司」「鱧寿司」から巻き寿司4種に「箱寿司」「京ちらし寿司」「蒸し寿司」。
「御台所寿司」「弥次喜多寿司」とはどんなのだろうと思いつつ、目線を「盛合せ寿司」に移して、お願いしたのが「鯖寿司小鯛寿司盛合せ」。
折角なので(?)、冷たいお酒もいただきましょう。


伏見の酒「一滴」をつつつと舐めながら待つこと数分。 iduu02.jpg艶々とした昆布で包んだ鯖寿司、そして小鯛鮨が三切れづつでやってきました。


iduu04.jpg
昆布はどうしたらよいの?と尋ねたら、外して召し上がりください、と云う。勿論食べられますので、お好みで。iduu03.jpg鯖や小鯛の身と酢飯が分かれてしまわないように細心の注意を払って、くるりと昆布を剥がしていただきます。


脂の載った鯖の旨みを想像しながら口にしてしまった所為か、あっさりし過ぎて物足りないなぁというのが、正直なところ。iduu05.jpg小鯛は、その名の通り小さめの鯛で、若いがゆえに皮目を残せるのだそう。
なるほど鯛らしい風味が仄かにする、とても淡白なお味です。


天明元年(1781年)の創業という、寿し「いづう」。iduu06.jpg帰り際にいただいた小さなリーフレットには、初代である「いづみや卯兵衛」の名をとって屋号を「いづう」とした、とある。
京の鯖寿司は古来、若狭湾から洛中へのいわゆる鯖街道で運ばれ、お祭りなどの御目出度い「晴れの日」にいただく風習のものであった、とも。
「いづう」の鯖寿司をいただくに、二百余年の伝統を守ることは、なにものにも迎合せず頑なに変えないことなのです、と語っているように思ったりする。
それは、なんとはなしに寂しくも感じる愛想のなさと、裏腹なことなのかもしれません。


□関連記事:
 蕎麦うどん「ぎをん権兵衛」で そば汁利かせた親子丼底まで旨い(08年09月)
 Bar「コペルニクス的転回」で ボウモア京都発ボトラーズの甘さ(08年06月)
 京寿司「祇園いづ重」で鯖姿寿司と鱧そぼろの箱寿司鯖の肝旨煮(09年10月)



「いづう」
京都市東山区八坂新地清本町367[Map] 075-561-0751

column/02991

口鮨「京すし」で どんぶり三昧熟成のいなだ丼鉄火丼にあじさば丼

kyosushi.jpgひる時に八重洲ブックセンター辺りにいたりすると、そうだ、京すしに寄っていこう!とその度に閃く。
尤も端からその流れを狙っているのだけど。
中央通りにも面した、ひと区画まるまる仮囲いに囲まれたブロックにはなにがあったのだっけなと考えながら、「京すし」の暖簾を潜ります。
額縁に入った「鉄火丼」とか「いなだ丼」といった書を横目にね。


正午を廻ると、んー15分お待ちいただきます、と大将に告げられてしまう時間帯になるので、そのちょっと前に掃き清められたたたきに立つのがよい。
左の隅ぐらいの席がちょうどひとつだけ空いていて、そこへするっとお邪魔です。
kyosushi01.jpgkyosushi02.jpgkyosushi03.jpg
ところどころに染みのついた、いつもの品書きから選らんだのは、さっき表の額縁にもあった「いなだ丼」。
他のタネとのハーフにもできるけど、いなだ一本でいきたい気分であります。
どこか枯れた気風を思うカウンターで、大将の手際を眺めながら、のんびり待つひと時というのも、いい。kyosushi04.jpg


受け取ったどんぶりは、
水辺に浮かぶ睡蓮を連想させるようなしっとりした華やかさ。kyosushi05.jpgいなだの身の薄紅色と縁取りの真朱がエッジの利いた包丁に活き活きとしている。


数滴の醤油におろし山葵の欠片をちょんと載せていただけば、一瞬こっくり甘いとさえ思う旨みがするんと消えてゆく。kyosushi06.jpg酢飯を寄り添わせては、またひと口。
うん、いいね、 もうすっかりその時季の風格があるよう。
しじみのお椀がまた何気に嬉しいんだ。


今度は、〆たヤツのどんぶりが食べたいと、別のお昼どき。
どふゆふ訳か、同じ席に案内されて、「あじさば~」と声を掛けます。
kyosushi08.jpg
表皮を剥いだ後の薄い薄い銀色が柔らかに光る鯵とやや控えめな風情にシメた鯖。kyosushi07.jpgやや赤味を帯びてきゅっと酢の利いたご飯に対して、〆の具合は決して過ぎない按配のよさ。
気取らず背筋のシャンとしたこういうドンブリって意外と稀少なのじゃぁないかなぁ。


kyosushi09.jpgあれも久々にいただかねばなりませんとまたまたお邪魔しました。
本日のお昼は「鉄火丼」。
これまたしっとりとした深緋色。
覗き込んで窺える赤身の表情には、心地よい熟成を済ませたような余裕がある。kyosushi10.jpgただの鉄火丼ですよと云い乍ら、仄かな酸味とあっさりした脂を含む、赤身の香気をちらりと魅せてくれるのですね。


ほとんどのお客さんが丼を所望する、おひるどきの京橋「京すし」。kyosushi11.jpgどうも額縁や品書きの「丼」の文字に条件反射してしまうのだけれど、次回はにぎりをいただきたいと思います。


「京すし」
中央区京橋2-2-2[Map] 03-3281-5575

column/02987

口鮓 江戸野菜「銀座 壮石」で 穴子丼まぐろづけ丼漱石と寿司岩と

souseki.jpg旧日産本社近くの裏通りにうどんのお店があったなぁと考えながら、歌舞伎座を背にするように晴海通りから折れ入ったのは、さよなら公演興行中の4月上旬のことでした。
ふと見た左手の真新しいビルの前に、ランチ営業中の立て看板が出てる。
その名を「銀座 壮石」。
寿司店のようですが、どんぶりモノの用意もあるみたい。
例によって、限定10個という但し書きに惑わされて、予定変更、ビル2階へと進みました。


souseki01.jpg
3月下旬にオープンしたばかりだという店内は、まさにそのまま新しい設えで、それは少々素っ気ないほどすっきり。
余計な装飾を排除しようとする意図があったとも受け取れます。
そんなカウンターの隅へとお邪魔しました。


souseki02.jpg
ふた品あるどんぶりからまずは、「穴子丼」。
先に届いた茶碗蒸しをあちちと啜りながら、 硝子ケースはスリムだなとか、そういやつけ台がないじゃん、などと考えてまたあちち。


とかなんとかしているうちに、ガリをあしらった「穴子丼」がやってきました。souseki03.jpgどんぶり一面を覆い尽くすようにした穴子の身は、スタンダードなふっくら感。
タレにたっぷり浸った身を一枚づつ、その下の酢飯と一緒に頬張ります。


souseki04.jpgsouseki05.jpg
やっぱり酢飯なんだろうか、普通のご飯の方が旨かったりするような、でも鮨屋でそれはないか、などと考えながら食べ進むと、酢飯と酢飯の間に煮〆た椎茸が挟まっているのを発見。
そんなひと工夫が嬉しがらせます。


月が替わったところで、今度は「まぐろづけ丼」。
やや黒みかかるほどにしっかり浸かった赤身のヅケが、これまたどんぶり一面を覆っています。souseki06.jpgうーん、間違うことなき鮪のヅケのどんぶりなのだけど、なぜだかふと「京すし」のどんぶりに抱くわくわく感を思い出して、物足りなさを感じてしまう。
決して不味い訳ではないし、料金設定もきっと頑張っているに違いないのだけどね。


「銀座 壮石(そうせき)」を開いた旧地名・采女町は、天皇の食事の給仕に当った後官の女官「采女」の住む地であったことに由来する、とパンフレットにある。
そして、「築地寿司岩」の血統を継ぐ、創業八十九年のお店、とも。souseki07.jpgなぜに「壮石」かとお訊きすると、「営っております者が壮右と申しまして、懐石にも通じることもあって、壮石とさせていただいています」とのこと。
ブログには、大好きな作家夏目漱石の「そうせき」という言葉の響きを取った、ということや「寿司岩」の「岩」との連関も考えてのこと、ともあります。
世の中、ふとした思い付きで決まる店名もあれば、あれこれ悩み思い巡らせて決める店名もあるのですね。


こちら「銀座 壮石」が入ったビルのテナントサインをみると、
1階に「あら輝」という文字がある。
とうとう上野毛を離れて、銀座に出てしまったのかな。


□関連記事:
 鮨「あら輝」で迷い鰹ぼら玉子手乗り白子大間鮪のグラデーション(05年12月)





「銀座 壮石」
中央区銀座5-14-14 サンリット銀座ビルⅡ2F[Map] 03-6228-4659
http://ginzasoseki.blog122.fc2.com/

column/02983

口うなぎ「宮田楼」で ひつまぶし四段活用大須観音老舗の焼きぶり

miyataro.jpg伏見通りから門を潜り境内へ。
聳り立つ大きな幟は、南無聖観世音菩薩の八文字と一緒に、風と雨に揺れている。
そんな大須観音のお堂に一礼してからさらに奥を臨むと、境内がそのままアーケードと繋がっていて、大須観音通商店街と示す看板が読める。
のんびりとした雰囲気のアーケード。
そのアーケードの下に入って傘を畳んで振り向けば、そこにあるのがうなぎの店「宮田楼」だ。

miyataro01.jpg

外装は漆喰風の外壁が綺麗に手入れされていて、殊更草臥れた印象はないものの、暖簾やその上の庇あたりはシブい風情になっています。
そして店内は、そんな入口廻りの雰囲気と同じ時間を過ごしてきたことを思わす年輪の味わいだ。


miyataro02.jpg「おしながき」の冒頭は、「上長焼き定食」「長焼き定食」。
でもここでもやっぱり所望するのは、ひつまぶし。
あれ?っと思ったのは、「上ひつまぶし」のところにお茶漬け出来ます、と書いてあって、「並ひつまぶし」のところにはそれがないこと。
お茶漬けまでの三段活用がひつまぶしのお決まりかと思っていたけど、そふいふ訳ではないのかしらん。
お櫃に塗す、から「ひつまぶし」であるとすると、茶漬けにすることとはそもそもは直接関係がない、ってことかもしれないね。


そうはいってもひとまず、三段活用に馴染んでしまっていることもあってお願いしていた「上ひつまぶし」がやってきた。miyataro03.jpg薄くカリっとしたところが包んでいるのは、ふっくら柔らかな気配の白い身。
ふと熱田神宮の有名店「あつた蓬莱軒」を思い出し、それらと比べると、タレや焼きっぷりのコッテリ感が控えめに映る。


お約束に従って、まずは茶碗によそったまんまをガツガツって頬張る。miyataro04.jpgタレは十分に甘く、ぐっと引き込む味わいの芯と脂とを備えている一方で、見た目に沿うように遠火の炭火というイメージのやや繊細な焼きぶりだ。


今度は、細かく刻んだ葱をたっぷりとのっけて。miyataro05.jpg意外なほどツユだくなご飯とちょっと混ぜ込むようにして、ハグハグ。
うん、薬味のしゃくしゃくと鰻の旨み、脂と甘辛いタレの風味の渾然が思わず頷かせる感じ。


そして、出汁を注いで、茶漬け仕立て。miyataro06.jpgやっぱりお茶でなくて、出汁がいいよなぁと独りごち。
呑んでの仕上げならお茶を注ぐスタイルで、こうしてひつまぶしの流れの中でいただくのであれば出汁で、というのが持論であります。


丸いお櫃から1/4づつを取る所作が通例で、茶漬け仕立てを啜ってもまだ1/4ほどがお櫃に残る。
で、その4杯目を2杯目と同様の薬味のっけにしてしまうのも通例パターンの四段活用。
ちょっぴり山椒を添えたりなんかして。miyataro07.jpgうん、この食べ口がやっぱり一番うまい。
そこを考えれば、茶漬けのない「並ひつまぶし」でという手もあるのかもしれないね。


大須観音に寄り添う、創業大正元年の老舗「宮田楼」。miyataro08.jpg買い物帰りのおばちゃんが慣れた様子で「うな丼」をと声を掛ける様子もまた似合っていて、何気なくも印象的な光景でありました。


口関連記事:名物ひつまぶし「あつた蓬莱軒」本店 でカリしっとりなひつまぶし(06年06月)


「宮田楼」 名古屋市中区大須2-21-31 [Map] 052-231-3815

column/02909 @2,500-

口てんぷら「味覚」で かき天丼じゅわんと牡蠣エキス塩天丼もいい

mikaku.jpg久方振りの六本木。
そういや、いまだにミッドタウンで食事したことがないのが、可笑し恥ずかし(笑)。
そんなことを思いながら下るは、ご存じ芋洗い坂。
そうか、ライブスポットの「スイートベイジル139」はここにあったのか、などと呟きつつ、その前を通り過ぎる。
頃合いをみて右手の脇道を覗くと見つかるのが、てんぷら「味覚」の看板だ。


縄暖簾を潜ると、右手にカウンターが視野に入り、
と同時に「いらっしゃいませ~」「っらっしゃ!」と声が掛かる。
カウンターの中央から短く声を発してくれたのが、どうやらこちらのご主人。
その風貌や表情には、かつて裏街道の切れ者であったかもしれないと、
そう思わせる雰囲気も窺える。
ホールに比較的若い男性がひとり、奥に年輩の男性がひとり、という布陣だ。


mikaku01.jpgカウンターの真ん中に腰掛けると、
そのおっかなさそうな主人と対峙する気分になる。
卓上に置かれた品書きから「塩天丼」をお願いしようとして、ご主人の背後に貼られた貼り紙に目がいった。
「三陸生かき かき天丼 1,200圓」とある。
おお、そっちだと急に路線変更して、「かき天丼」をとホールの兄さんに伝えます。


すっすと流れるような所作でいつの間にか出来上がったどんぶりには、柚子の欠片。mikaku02.jpg野菜の天ぷらを脇に従えて、牡蠣の天ぷらが真ん中に鎮座。
そーっと咥え、はむっと歯を立てると、じゅわんと活性した牡蠣のエキスが零れて、薄手の衣と一体となる。mikaku03.jpgんー、旨い。
フライもいいけど、天ぷらもいい。
下町ックでない、あっさりめのタレであるのもポイントであります。


獅子唐もあるねと齧ったら、なんとその中にも牡蠣の身が!mikaku04.jpg牡蠣に獅子唐を取り合わせるというアイデアは、なかなかニクイ。
獅子唐のしゃくっとした青みが牡蠣の魅力を鮮やかに引き立てるンだ。


日を変えて、再びの芋洗い坂。mikaku11.jpg当初の目的だった「塩天丼」をいただきに参りました。


mikaku05.jpg
笊に盛られた野菜たちや硝子ケースの緑のトマトを眺めながら、
ぼんやりと待つ。
奥へ向けて「どんぶりご飯!」と声を掛けるのが、揚げ上がる合図。
味噌汁椀やおしんこが脇から整えられ、正面からすっとどんぶりが渡されました。mikaku06.jpg


軽快にさくさくとした衣は、塩であればこそ。
天ぷらのタネそのものを甘く愉しませてくれるのも、加減の利いた揚げ具合と塩なればこそ。
mikaku07.jpgmikaku08.jpgmikaku09.jpg
海老に玉葱に茄子、春菊、獅子唐、掻き揚げがそれぞれの香気で甘さを伝えてくれる。
やや塩っ辛く感じるところもあったけど、それでもやっぱり塩でいく天ぷらの良さを確認してしまったのでありました。


芋洗い坂のてんぷら「味覚(みかく)」。mikaku10.jpg店主みずから汗掻き汗掻き、自家農園で育てた野菜を天ぷらで供するという。
べらんめぇな主人と与太話をしながら、それ揚げてこれ揚げてと云いつつ、トマトの天ぷらなんかで一杯呑るのもきっといい感じなンだろな。


口オイスターパラダイスブログ:「カキタベ! ~牡蠣を食べよう!~」


「味覚」 港区六本木6-7-17 [Map] 03-3404-1800 
http://www.tenpura-mikaku.com/

column/02895 @1,200-

口鮨「ものほし寿司」で にぎり寿司銀座の路地と物干しと統制と

monohoshi.jpg八丁堀の裏道にいつの間にかできていた、
「ものほし寿司」。
はて、どこかで聞いたような、そうでもないような。
どちらさんのご自宅かしらんというおよそ無機質な佇まいに、「寿司ものほし」と筆文字の流れる古びた板が構える。
まだ夜の部へお邪魔したことはないけれど、以前よりお昼どきにお世話になっているのです。

「こんにちは~」と親戚の家を訊ねるような気分になりながらアルミのドアを引くと、そこに玄関はなく、代わりにこじんまりしたカウンターとその奥にテーブルが見える。


お昼のメニューmonohoshi01.jpgは、にぎりかちらしか、普通盛りか大盛りか、上かどうか。


長方形の皿に盛り付けられてくるのが、「にぎり寿司1.5人前」。
monohoshi02.jpg
白魚の軍艦やみっつ並んだ鮪、"メ"と刻むように切れ目の入った小肌、などなど。
玉子は大振りに包丁した甘過ぎず、で海老の握りの枕になっている。
monohoshi03.jpgmonohoshi04.jpg
舎利はもうちょっと酢が強めの方が好みなのだけどなぁと思う日が多いけれど、
それはまぁそれとして。


「上にぎり寿司」は、角皿に載せてくる。monohoshi06.jpgmonohoshi05.jpgmonohoshi07.jpgmonohoshi08.jpg
蛇腹の鮪や雲丹、あっさり煮蛤などがひと揃いしています。
普段使いのお寿司としては、にぎり1.5の方が満足度高く感じたりして、それはボリュームのためばかりでもないかもしれません。


ちらしはと云えば、彩り鮮やか。
monohoshi10.jpg
monohoshi11.jpg
真ん中を飾る海老の下から青柳の舌が顔を出す。
くるっと二つ折りにするようにタネを丸めて、ぎっしりと敷き詰めているのだ。


ちょっと厳ついお顔立ちの大将に、以前はどちらでと尋ねると、銀座一丁目から再開発で立ち退いて、実家のあるこちらへ移ってきたのだと云う。
あれ?銀座一丁目の再開発といえばもしや、お稲荷さんを角に、鰻「ひょうたん」やなんともそそる佇まいから忍び込んだことのある小料理屋「卯波」があったところのことじゃぁないのかな。
そう訊くとその通り。
「ものほし寿司」は、「卯波」から魚屋を挟んだ並びにあったのだそうだ。


そして、検索してみて合点がいったのは、往時の様子をtakapuがレポートしてくれていたから。
それでなんとなく見知った気分がひっかかっていたのかも。
銀座の店の入口脇にあった板看板をそのまま今の店先に移しているンだね。


河岸での通り名は、「蛇の新」。
銀座を離れ、今は八丁堀の片隅で営む「ものほし寿司」。monohoshi12.jpg店の名をどうして「ものほし」としているかというと、戦中か戦後か、食糧統制の敷かれる中で、二階の物干し場に上がるとヤミで寿司が喰える処として、初代が営んでいたことに由来するそう。
寿司を食べに行こうと大っぴらに口にできないので、符丁として俗に「ものほし」と呼ばれたのだね。
銀座の頃にも一度、行っておきたかったなぁ。


口関連記事:
  小料理「卯波」で 穴子の煮凝り筍の直煮銀座路地裏店幅一間半(05年04月)
  うなぎ「ひょうたん屋」一丁目店 で名残惜しむうな重の中(07年11月)


「ものほし寿司」 中央区八丁堀2-28-6  [Map] 03-3551-5710

column/02772 @1,300-

口てんぷら「天寿」で 天丼の蓋のなぞ紫芋天と牡蠣天と

tenjyu.jpg高輪の病院で検査を終えて、
さあお昼ご飯を何処でと腕組み。
何気なく朝来た桜田通りの方へ引き返して、
高輪台の駅上で再び腕組み。
そこでふと、去る晩夏に天ぷら定食をいただいたことを思い出した。
もう一度あちらに寄ってみようかな。

tenjyu07.jpgTempura TENJU」とあるアクリルボックスの下。
何方の為す書か、「天下第一等の美味」と認めた額縁を横目に、払う無地の暖簾。
表情に熟練を思わす店主は、ずいっっとカウンターの奥へどうぞ、と仰る。
仰せの通りに、カウンターの最奥に収まって、先客のいない椅子たちを振り返ってみたりする。tenjyu01.jpgひと通りの決して多い場所ではないので、お店の営みはそれなりに大変なのだろうなと。
扉の向こうで、車のシルエットが通り過ぎる。


過日の「天ぷら定食」は、正直、あまり印象に残っていないので、
今日は「天丼」にしようと決めて、松竹梅とある中から「竹」をお願いします。
「かき揚げ丼」もあるンですね。


油に浮かんだタネをちょんちょんとつついては、ひっくり返す。
手鍋に沸かしたタレを大きめのスプーンでドンブリのご飯に振りかける。
柚を刻み、揚がった天ぷらをのせ、再びスプーンでタレを廻しかける。
そして、どこに置いたっけと手元を泳がせてからドンブリの蓋をした。
やっぱり、蓋、するのね(笑)。

天丼というものは、蓋を収めて初めて完成するという様式に頑ななものなのでしょうか。
目の前にいるのだから、わざわざ蒸れさせなくてもいいのにとすぐにそう思ってしまう。
蓋を開けた時に立ち上る湯気とともに味わうトキメキの臨場感のための演出、なのでしょうか。
あ、もしかして、「オープン・ザ・ふた~」ができないとゆきむらさんが困るから、ではないか(笑)。

tenjyu02.jpg
で、肝心のドンブリ。
海老に蓮根に茄子に烏賊ゲソに。tenjyu03.jpg

およそくたっとした天ぷらたちの中に見つけた小さめな薩摩芋らしきものを齧ったら、
断面が鮮やかな紫色。
tenjyu04.jpgtenjyu05.jpg
隅っこで控えめに待っていたのは、おー、牡蠣の天ぷらではありませぬか。
いっそ牡蠣の天ぷらだけの天丼はできませんか?と、危うく訊ねてしまうところでありました(笑)。


桜田通り沿いの天ぷら「天寿」。
追って入ってきたタクシーの運ちゃんは、3分置きに少し腰を浮かせるようにして正面に停めた車を気にしてる。tenjyu06.jpg駐車禁止の取り締まりが営業に随分と差し障りを来たしているようです。


「天寿」 港区白金台2-11-6 [Map] 03-3447-4706

column/02753 @1,400-

口寿司の伝導師「酢飯屋」で 都内某所に秘かに饗す宴黒米の握り

sumeshiya.jpgそれは年の瀬も押し迫った頃。
襟足を過ぎる風が身を縮めさせ、足下からセリアガる冷気が身震いさせる冬の夜。
都内某所のひと通り少ない裏通り。
閉めているはずの店にこそこそと、ひとりまたひとりと集まる挙動不審な輩たち。
そこが、裏世界で「酢飯屋」と呼ばれる闇寿司店の最近のアジトらしい。

自ら"寿司の伝導師"と名乗り、カルトで神出鬼没だという「酢飯屋」。
その「酢飯屋」を舞台に密かに饗された宴に潜入してみた。


まず提示しなければならないのが、持参した酒。
自らの嗜好や共有したい滴、怪しい場にふさわしいプレゼンテーションなど錯綜する想いを酒瓶に籠めろ、というのだ。

カウンターではなく、小上がりに案内されて、一同に目配せ。
早速マグナムな「POMMERY」を抜く儀式で、何事かが始まる。


卓上には、「煮貝の盛り合わせ」「小物の南蛮漬け」。
sumeshiya01.jpgsumeshiya02.jpg


そこへ大きく赤い異物が持ち込まれ、添えられた人数分のスプーン。
sumeshiya03.jpgsumeshiya04.jpg
大間の鮪のものだという中骨を中おちのついたままをデンと載せ、スプーンで削って食べるようにさせる様式は余興要素をも含んでいて愉しいが、これもまた何かの儀式ではないのか。


様々な瓶には、甘口赤の「天橋立ワイン」があるかと思えば、津軽のりんごジュースが差し出され、果たして梅干を入れ割る球磨焼酎「もっこす」。前後して、出処秘匿の無農薬米純米酒に発泡酒「すず音」に「酔鯨」に燗酒にと、いよいよ訳が判らなくなってくる。こ、これは危険だ。


酔いの縁を辿り始めたところに牙を剥いた異形にハッとする。sumeshiya05.jpg老成バラクーダにも似たグロテスクに黒いカマスを「しゃびの塩焼き」と謳って、まるで生贄のよう。
黒々とした外皮とふわりと軽やかな白身とのコントラストが妖しい。


海産が互いに僥倖を想うよな「牡蠣とブリの味噌鍋」で、ぶりっとした牡蠣の身の洗礼を受けたかと思えば、
sumeshiya07.jpgsumeshiya06.jpg
内子と味噌と剥き身が混然となった「豊前本ガニ」に陶然とする。


このまま酔いに任せてしまおうかと悪魔が誘う中で、めくるめく握り世界が展開されていく。
sumeshiya08.jpgsumeshiya09.jpgsumeshiya10.jpgsumeshiya11.jpg
赤酢にしては妙に鮮やかだなぁと想った酢飯は黒米仕立て。
sumeshiya12.jpgsumeshiya13.jpgsumeshiya15.jpg「穴子の押し寿司」を経て、「バラちらし寿司」へと至る。
sumeshiya14.jpgsumeshiya16.jpgsumeshiya17.jpg
ふう、なんとか無事に寿司の伝道師のアジトへの潜入を果すことができそうだ。


背中で遠ざかるアジトは、はて、いつまで其処にあるのだろう。
酩酊した脳裏で想うのは、そうとなれば今度は、ゆっくりと適度な酒量配分で、かつ、正対するカウンターで握ってもらいたものだということ。


今夜の宴の司祭は「築地市場を食べつくせ!」の築地王さん
そして執事役多謝の「フェティッシュダディーのゴス日記」のジュネさん
また、秘かなる宴の様子は、ワシ・ブロさん佃の旦那さんの潜入レポに詳しい。


「酢飯屋」 都内某所 詳細不詳

column/02751 @11,500-

口和食「直よし」で 三島うなぎ白焼ききも焼き炊いた鰻の茶漬け丼

naoyoshi.jpg三島駅南口界隈にも8店ほどが見つかる「三島うなぎ横町」の幟。
夕刻に訪ねたのが、その中の一軒「直よし」です。
白木の格子戸と白い暖簾がきりりとして、どこか店主の気っ風を思わせるような佇まいだ。
こちらの「三島うなぎ横町」幟は、小さいタイプ。
暖簾に合わせて、おいでおいでと風にそよいでいました。

店内は、右に厨房とカウンター、左に座敷というレイアウト。naoyoshi01.jpgカウンターの椅子に腰掛けて正体した大将は、怒ったらちょっと怖そうな、でもファサードの印象ともなるほど合い通じる、頼りがいのありそうな表情で迎えてくれます。


手にしたお品書きnaoyoshi02.jpgには、「うな重」を含む定食7種に、幾多の一品料理が並んでる。
早速ビールをお願いすると、「蒲焼きももちろんできるけど、白焼きなんてどうです?」と大将。
なんで大将は、客の心の裡が判っちゃうのだろうと訝りながら(笑)、「はい!白焼きで」と即答する。

naoyoshi03.jpg
プレミアム・モルツをキュイッとやってからいただく白焼きは、もっちりしっとりした食感が面白い。
カサカサと香ばしさを発揮する仕立てじゃなくて、といって脂ギッシュという訳でもない。
naoyoshi04.jpgnaoyoshi05.jpgnaoyoshi06.jpg
表面の極薄いパリッとしたところが凝縮感のある鰻の身を包んでいる、そんな感じだ。
折角なら本山葵で食べたいところだけど、それは贅沢かな。

naoyoshi07.jpg

ビール呑むなら当然こいつも注文むよねと、「鰻きも焼」。
ちまちましない量感は、大将の心意気のなせる業。naoyoshi08.jpgうへへと嬉しくなるほどの直球の苦味とすっきりした滋味がいい。


〆は「うな重」ってことになるだろね、と考えているところに「茶漬けもできるけど、どう?」と大将。
また客の心理を読むンだから、もう困るなぁ(笑)。

「これちょっと食べてみて、炊いたやつ」と差し出してくれたのは、小皿に載ったうなぎ。naoyoshi09.jpgおー、炊いた鰻とは。
山椒風味をふわんと煮含めてあって、さっと炙ってあるのか程よい香ばしさを纏って、
蒲焼とは違う魅力。
大将に向かって、ぶんぶんと首を縦に振ると「じゃ、半分はどんぶりにして、半分を茶漬けで」。
ひつまぶしのノリもちょっと拝借しちゃおうって工夫、うん、大歓迎。


丼に放射状に配置した鰻を端から、ガシガシと掻き込むように。naoyoshi10.jpg気を利かせて多めにかけてくれたタレの味が強くなっちゃったので、
「タレ、なくってもいいぐらいですよ」と生意気云いつつ、再びガシガシ。


そして、残り半分になったところで、急須に用意していくれた鰹昆布出汁をだーっと注ぐ。
そうそう、お茶じゃなくってやっぱり出汁だよね。naoyoshi11.jpg三つ葉と海苔、あられの薬味を載せて、今度はズルズズ。
ひつまぶしの仕上げとはまた違う、ちょいと品のあるシズルをズズ、ズズズ。
なはは、一気に食べちゃった(笑)。


この、炊いたの、も白焼き同様お品書きには載っていなのだけど、確認するとおよそいつも仕込んでおくようにしているそうだから、大将に訊いてみる価値はあるね。


そんなうなぎ料理を始め、品書きにホワイトボードに酒肴メニューあれこれの和食「直よし」。naoyoshi12.jpgそうそう、「う巻き」は一匹使ったヤツだからふたり以上でね、と大将。
三島駅南口からも程なくの、「三島うなぎ横町」の小さめ幟が目印です。


口関連サイト:
「三島うなぎ横町」14店のクーポンあるよのサントリーグルメガイド「静岡うなぎ特集」banner_blog_unagi01.jpg


「直よし」 静岡県三島市一番町12-23 [Map] 055-971-3119

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口お食事処「源氏」で 三島のうなぎ伏流水の活性と釜飯の軽やかさ

genji.jpg鰻と云えば静岡の代名詞のひとつ。
三島も鰻で有名だって知ってました?と訊かれれば、
うん、でも、正直云って当地ではいただいたことがない。
それではその片鱗に触れてみましょう、ということで乗り込んだひかり号。
品川から37分で到着したホームからは、しっかりと雪を頂いた富士山が望める。
富士の裾野エリアを訪れているという臨場感に「ほぉ」と牽かれる瞬間だ。

いつ以来だろう、随分と久し振りに降り立った三島駅前。
駅舎を背にして、路線バスが信号を待つロータリーを進む。


すると正面に見つかる三角屋根を壁に模した店。
二階の壁に大きく掲げた木札には、「しらす」「桜えび」「近海魚」「生そば」、そして「うなぎ」。genji11.jpg
早速こちら、お食事処「源氏」にお邪魔してみましょう。


時刻は、正午に30分ほど前。一階の客席は既に賑わいをみせているね。


昼間っからビールを呑んじゃう気分満点(笑)なので、品書きの「うな重」を横目に「蒲焼だけってできますか」と訊いて、そのように。
届いた鰻の飴色をじっと眺めてから、箸の先でひと口に千切って口元へ。genji01.jpggenji02.jpgやや甘めでちょっと粘性のあるタレに包まれつつ、ひと切れがすっすと消えていく、そんな感じ。
プレミアム・モルツのぐっと華やぐよな香りとの取り合わせもいい。


さてご飯モノもいただいちゃおうとお願いしたのが「うなぎ釜めし」。
鰻の釜飯を口にするのはおそらくお初だ。

たっぷりの錦糸玉子の下に並ぶ蒲焼。genji06.jpgその下のご飯の色合いが濃いめなのはもしや鰻のタレを含ませて炊いているからなンだろうかなどと想像しながら、まだ熱いひとり羽釜に箸を伸ばします。
genji07.jpggenji05.jpg
いただく印象は、ふっくらと軽やか。
厭な脂も勿論くさみもなく、すいっと食べれて気がつくと、もうなくなりかけている。

genji08.jpg底の方から改め杓文字で掬ったおコゲと鰻の名コンビ(笑)。


ご馳走さまをして目に留まった、店頭ではためく幟には「三島うなぎ横町」とある。

「三島うなぎ横町」とは、三島のうなぎをもっともっと遍く広く知ってもらいたいという活動のことで、
三島駅南口から三島広小路を中心としたエリアを気をつけて歩いてみると、
同じ幟がいくつも見つかる。genji09.jpg
三島で鰻を食べたけりゃ、この幟を目指して店を訪ねればいいンだ。


あ、でもそう云えば、三島産のうなぎ、というのは聞いたことがないよね。
三島のそこここに養鰻場があるわけではなくて、
では市内の河や池で川鰻が獲れるのかというと、天然鰻が希少なものとなった今では、それも概ねないよう。
なのになぜ鰻料理を供するお店が比較的狭いエリアに多くあるのかというと、その秘密はさっき新幹線のホームで拝んだ富士山にあるのだという。


富士に降った雪や雨が年月をかけて浸透し、伏流水となって湧き出すのがここ三島の地。
例えば、三島ゆかりの文学者たちの句碑「水辺の文学碑」が立つ桜川は、菰池公園の湧水池を源流としているそう。

そして、富士山の伏流水は、分子が小さく酸素を多く含んだ所謂活性水だという。


鰻をその伏流水に晒すことで、鰻が持つ生臭さや泥臭さを消し、水の持つ活性が美味しさの素である蛋白質を保ちつつ余分な脂だけを落とす働きをするというのだ。
伏流水で活性した三島のうなぎ。
釜めしのうなぎが軽やかに感じたのは、そんなことが背景にあるのかもしれないね。


genji00.jpg
「三島うなぎ横町」の一店、お食事処「源氏」は、なにせ駅南口の真正面。
伊豆箱根鉄道の改札からもきっと見つかる。
修善寺や伊豆長岡からの温泉帰りにすっと寄って、三島のうなぎ、ってのも一手です。


口関連サイト:
「三島うなぎ横町」の14店を紹介している、サントリーグルメガイド「静岡うなぎ特集」banner_blog_unagi01.jpg


「源氏」 静岡県三島市一番町15-22 [Map] 055-975-0882 http://www.genji3.jp/

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