山崎蒸溜所最寄りのJR山崎駅は、ちょっと意外にも京都駅からたった15分ほど。 小さな駅の改札を出て、タクシー乗り場の脇にある周辺案内図を眺めると、 踏切を越えた北側がすぐに蒸溜所の敷地。 南側には、木津川、宇治川、桂川。 そこへ水無瀬川が流れ込んでいるのが分かります。
線路に平行した道を進むと、 その先にこんもりとした森を背にして「山崎」の文字が見えてくる。 踏切の遮断機越しにキルン塔が望めるというのは、想像していなかった光景だ(笑)。
受付を済ませ、駅からの途上でやや遠くから認めていた壁の文字を見上げながら、 展示コーナーやライブラリー、テイスティングカウンターなどを備えた、 「山崎ウイスキー館」(そのままやん、笑)へ向かいます。 申し込んでいたのは、蒸溜所セミナー「ウイスキー匠の技講座」。 樽熟成の魅力にスポットを当てた、見学を含めた所要時間110分の講座だ。
名水山崎の水を仕込む仕込槽の部屋から硝子越しにみる発酵槽の区画へ。 発酵槽に木桶も使っているのが特徴のひとつなんだねと、 足元のずっと下まである桶の側面を見下ろします。 発酵室を背にして、向かいに建屋に近づくと、やや刺激のある独特の匂いに包まれてくる。 それは、もっとも蒸溜所らしい光景のひとつ、 ポットスチルを擁する蒸溜室から溢れ伝わるもの。 銅色を鈍く光らせて威風堂々と居並ぶポットスチルは、”かぶと(釜の上部)”の形により、 ストレートヘッド型、バルジ形、ランタンヘッド形などとタイプの違うものがひと揃え。 加熱する方式も、直火蒸溜、間接蒸溜と二つの方式を採っているそうだ。
蒸溜室の先には、”ニューポット”を収めた試薬瓶。 強いアルコールの刺激の中に幾つもの可能性を含んだ無色透明の雫だ。
そして、そのニューポットは樽に詰められ、永い眠りにつく。 冷んやりとした空気の貯蔵庫には、幾多の樽が整然と積まれてる。 1924年の、つまりは我が国初のモルトウイスキー原酒の熟成樽をはじめ、 北海道のミズナラで作る和樽ほか、容量や出自の違う5種類の樽がひっそりと。 足元深く樽があった白州蒸溜所の貯蔵庫と違って、積んだ高さに嵩はないけれど、 東西南北や高さなど、樽の位置によっても醸される味わいが変わるという。 天使の分け前も樽によりその場所により、気候湿度により変化するそう。
こうして産まれるモルト原酒は、 イメージに合わせて厳選した酵母、二種類の発酵槽、タイプの異なるポットスチルと様々な材質や形状の樽、貯蔵庫の環境や置き場所等々により幾多のタイプや個性を持つものになる。
キーワードは、まさしく”多様性”。 スコットランドのように他の蒸溜所とモルトを融通し合ってブレンドすることのできない日本では、自前で様々なタイプのモルト原酒を持ち合わせる必要がある。 サントリーではグレーンウイスキーを含めて百タイプの原酒を持ち、ブレンダーがその匠をもって、それらのキャラクターを配合しているのだ。
セミナー室では、テイスティングのお楽しみ。 透明なニューポットから、ホワイトオーク原酒にシェリー原酒、そしてミズナラ樽の原酒。 ミズナラ樽の熟成香を”伽羅の香り”と表現するのがなんとなく分かって面白い。
そして、「山崎12年」と山崎の天然水でつくったソーダとで贅沢なハイボール。 比率は、ウイスキー1に対して、ソーダが3。 ソーダは、炭酸の泡が壊れないよう、氷に触れないようにゆっくり注ぎ、 マドラーは縦に一回のみ。 そして、ピール。ああ、美味い。 有意義なひと時の〆にプレミアムな一杯です。
蒸溜所を離れて、洛中へ。 川端通り沿いの「蛸長」で一杯呑ってから向かったのは、祇園町南側。 久し振りに「祇園サンボア」の暖簾に向き合います。 件の暖簾を払おうとして、あれ?っと思う。 山口瞳氏が描いた暖簾は、右から左に「サンボア」だったのだけど、 目の前の暖簾は左から、そして「サンボア」の”ン”が小さい。
はてどうしたことかしらんとカウンターに沿って奥へ。 まだ浅い時間帯ということもあってか、一番奥のコーナー以外にお客さんがない。それ故、所謂”バー”をしげしげと振り返る余裕がありました。
柔和な表情と丁寧な応対が印象的な中川さんにオーダーするは勿論、ハイボール。 「山崎12年」バージョンでお願いします。
ソーダの泡も活き生きとした中に、「山崎」の芯のある華やかさが花開く。「角」ハイボールの軽快な魅力を愉しむのが定番なれど、 時には「山崎」ハイボールもグッときて、いい。 ゆるゆると安らぎが増してきます。
そうそう、「祇園サンボア」の定番といえば、ホットサンド。チーズとハムとを挟んだ素朴なツマミなんだけど、これが妙に美味いのだ。
ぼんやり眺めるバックバー。 カウンターの目の前には、京都や旅に目線を置いた書籍が並んでる。 その中で「山口瞳の行きつけの店」だけが、何度も引き出され、背表紙の上のところが捲れているのが微笑ましい。 暖簾のことを中川さんに訊ねると、背中越しの壁に掛かる額へと視線を促された。山口瞳氏が認めた暖簾は、傷みが重なってきて今は殿堂入り。 額に収められて、カウンターを見守っています。
それでは現行の暖簾はというと、 山口瞳のサントリー時代からの友人といわれるイラストレーター柳原良平氏によるものだそう。 あの、”アンクルトリス”を描いた方ですね、と立て掛けた額のイラストを眺める。 「トリス」を、いや、「山崎12年」をトワイスアップでもらおうかな。
云わずと知れた居心地のいい止まり木。 祇園の裏側で静かに佇む「祇園サンボア」。 中川さんが醸し出す柔らかで人懐こい空気に癒されに、またお邪魔したいと存じます。
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「祇園サンボア」 京都市東山区祇園町南側570-186 [Map] 075-541-7509
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