下町っ子シャキシャキに気の短い姐さんは、まだ椅子に手を掛けてもいないのに、 「お兄さん今日はどしますー?」とよく通る声で声を掛けてくれる。 刺盛りで〜。 あまり考えが浮かばない時やあれこれ迷った時には、 定番の「刺身盛り」定食がいいのだ。
蛸に鮪の赤身に甘海老が載る、妙にこまっしゃくれない気風が好ましい。小鉢の冷や奴に浅蜊の味噌汁。 何気に茶碗のご飯が美味しくて、ニンマリしてしまうのです。
どういう頻度か判らないけど、 時には「ロース生姜焼き」なんてのが品書きに載ることもある。 それはそれはとお願いすると、 御歳ウン才のオネエサン(お母さんの方)が、 「はい、お兄さん今日は生姜焼き〜」と軽いトーンでオーダーを明確にしてくれる。 ここでは、オーダーきちんと通ってるかしらん、なんて心配は一切ありません。
あ、オネンサンを「オカアサン」なんて呼ぼうものなら、 「こんな◯◯なムスコを生んだ憶えはない!」と窘めるられるのがお約束です(笑)。
刻んだキャベツを丸く包むようにお皿に盛った生姜焼き。あと足しかと思われるタレの生姜の利き具合も肉の厚さ柔らかさも文句ない。 いただく時にもそのまま千切りキャベツを包むようにするのがよろしいようで。
カウンター既に満席で、右手のテーブル席にご相席なんてこともある。刺し盛りや釣り鯵のたたき以外にもさんまの開きとか、 焼き鮭とか、鰈の煮付けなんかもいいのだけれど、 時には「カレーライス」550円なんて手もあるぞ。
そして、今日は鯵フライとか海老フライとか鱧フライとか。 魚介系フライの定食でもいただいちゃおうかと、 件の路地に入ったのが5月も最後の金曜日。 そこにはちょっと想定外のメニューがありました。
いつもの青マジック文字が示すは、「カキフライ」600円。 この時季に何気に牡蠣フライを繰り出すとは、 オネエサンやるでないの。
今度は椅子に座る前に「カキフライ!」と先制攻撃(笑)。 「この時季にカキフライ、いいねー」と伝えると、お姐さん(娘さんの方ね)は、 「鳥羽からの牡蠣でね、ぷりっとして旨みも濃いのよー」と早口で応えてくれる。
流石に食べ納めかなぁと考えながら、囓る牡蠣フライ。ちょっと衣が硬くなっちゃったけど、なるほどその身の旨味は十分に弾けてくれる。 身が痩せたりしている気配はまったくない。 そうか、鳥羽からの牡蠣は今も市場に届いているのだね。
八丁堀の路地に響く気風のいい声といつもの定食、小料理「かく山」。偶には、夕暮れ時にも寄り道しなくっちゃ。
牡蠣フライをいただいた、ちょうどその日の夜に帰宅すると宅配便の嬉しい置き手紙。 それは、あの「復興牡蠣」を預かっていますよと。
震災の津波によって、三陸沿岸の牡蠣養殖は、壊滅的な被害を受けた。 多くの尊い人命とともにほとんどの養殖筏を飲み込み、 関連する施設・設備を破壊し尽くした。 震災直後には、種牡蠣の流出による逸失も大きな懸念事項であった。 三陸に牡蠣種がなくなるということは、三陸の牡蠣が途絶えるに留まらず、 三陸から供給を受けていた日本全国の牡蠣産地にも大きな影響を及ぼすことになる。 だから、垂下したホタテに稚貝がつくかどうか、 関係者は固唾を飲んで見守っていた時期もあったのです。
そんな種牡蠣への心配の一方で、 ロープやアンカーをはじめとする養殖のための漁具あれこれや、 収穫した牡蠣を出荷するまでの必要物資・設備を直接に支援し、 三陸牡蠣を再生へと繋げていこうと「旨い!牡蠣屋」アイリンクの斎藤社長が立ち上げたのが、復興支援「牡蠣オーナー制度」でありました。
破綻した他のオーナー制度とひと括りにして揶揄するような声もある中、 またいつか三陸の牡蠣がいただけることを楽しみにしながらささやかながらも牡蠣産地を支援できるなんて、ただただ望むところと申し込んだのは、4月早々のことでした。
稚貝も予想外につき、 海の栄養も豊富だと聞くにつれ5年以上先のことかもしれないと思っていた「復興かき」は、 そこまで遠いものでもないと知る。 牡蠣復興支援プロジェクトからの支援に奔走する齋藤社長(→復興かき活動報告)。 石巻のかき小屋「渡波」で万石浦の絶佳な焼き牡蠣を堪能することで、 その思いを強くしたりもありました。
そんなこんなで、場合によっては5年以上かかる、 もしかしたら届くことがないかもしれないと思っていた「復興かき」が、 この秋以降には届くかもなぁとも思いはじめていた「復興かき」が、 震災から一年ちょっとで届いたのです。
おずおずとハッポーの蓋をズラせば顔を出す牡蠣たち。ぎっしりと詰まって、20個ほどはあるでしょうか。 早速いただかねばなりません!と、翌日に急遽、都合の合う仲間を募ります。
まずは、生でいただいて。 お供は、オーストリアの「Grüner Veltliner」。 あとは、狭いテラスにこっそり七輪を持ち出して、炭火で焼き牡蠣に。軍手を二枚重ねにし、牡蠣の向きを人に向けないようにするなど、 かき小屋「渡波」で憶えたことを実践します。
万石浦の臨場感と採れ立て牡蠣の醍醐味には勿論敵わないけれど、 感慨深き「復興かき」をハフホフとしみじみと堪能の巻。やっぱり、いいねー。 あっという間になくなっちゃった(笑)。
津波には、バカヤロウ。 でも海の恵みにはアリガトウ。 アリガトウが沢山云えるようにありたいものです。 そして、牡蠣をはじめとする三陸の海産物を美味しくいただくことが僅かながらでも復興に繋がれば、こんなにオイシイ話はないやね。
口 関連記事: かき小屋「渡波」で 万石浦採れ立て焼き牡蠣の衝撃的な旨さ(12年03月)
「かく山」 中央区八丁堀2-18-7 [Map] 03-3551-8398
column/03274