もうとっくに閉めてしまっているものと思い込んでいたのに、 「ラーメン」や「名代うどん」とくっきりと示す幟が風に揺れている。ああ、スゴイ。 いまも営業しているんだ!
硝子窓さえも覆い尽くそうとする蔦に包まれている。 かつて店の名を灯られていたであろう看板の表示板は、 今ではもう見ることのなくなった、硝子製だ。もう文字も掠れて、割れて、隙間が開いている。
蔦越しに見上げるペプシの看板は、店名を蔦が隠してすっかり見えない。その裏側はといえば、店名が陽に焼けてやっぱり見えない。
建物右手のショーケースを覗くと、これまた期待に違わぬ出来上がり(笑)。煤けたように積もった埃のベールを纏ったサンプルたち。 笊蕎麦の下敷きになってしまっているのは、タンメンでしょか。
車の撥ねた汚れをそこそこに、力強くホワイトボードに認めたメニューたちがまた強く誘う。「豚生姜焼定食」650円に「肉汁付ざるうどん」に「男前豚丼」600円。 「鍋焼ラーメン」に「キムチ豆腐おじや」なんてのまである。
お昼の時間をとうに過ぎていたけど、幸いなことにまだ営業中の札が掛かっている。 いざいざとサッシュのドアを引き開けようとすると、あれ?固い。 もう一度と力を込めて引くと、ズズズという音とともに開けることができました。
店内は、ひと言で云えば、おばあちゃん家の食卓。お客さんに出すのとは明らかに違うお惣菜やら湯呑みが載ったテーブルが中央にあって、 必然的に右側のパイプ脚のテーブルに座ることになる。 改めて見渡す店内は、使い込んだ食卓にふさわしい雑然さ。 色々なものが貼られ、提げられ、吊るされている。
筆ペンで描いた品書きに混じって、 チラシに裏に自らの人生訓のような文句を綴った貼り紙もある。 冷蔵庫の貼り紙にはこんな台詞もあっていい。 「人生を美しく生きるにはおいしい料理」。
奥の厨房にいるじいちゃんとなにやら声を掛け合いながらの調理の様子が漏れ聞こえてくる。 しばし後、「豚生姜焼き定食」がやってきました。生姜がぴりりと効いて、いい感じのロース肉。 玉葱の甘さも映って、なんだかとっても正しい気がする。 これで650円でいいんでしょか。
そんな安さの所為もあって、やっぱりこれもいただかなければと「肉汁付ざるうどん」。 プラスチックのザルに載ったうどんは真っ白い。もしかしてここで絶品の武蔵野うどんに出会えてしまうのかも、 という一抹の期待はやはり無謀なもので、ザルのうどんは讃岐モチーフの普通なヤツ。 すぐ脇の手洗いの鏡には見沢製麺の文字。 ご夫婦のお歳でうどんを手打ちするのは、無茶なことですものね。
気なるメニューに呼ばれて、ふたたびの昼下がり。 営業中の札を確認して、硝子越しに覗き込むと、目の前の食卓でまさに遅いご昼食中。 お食事中御免なさいと呟きながら、固い引き戸を開きます。
気になっていたのは、「男前豚丼」。 中途のご飯に新聞紙をかぶせて、調理に勤しんでいただいた成果がこちら。こってり濃い味に焼き上げた豚ロースの上に、たっぷりのおろし山芋。 中央には、当然の如く、黄卵が載っています。 豚肉の濃い味を山芋の自然な甘さが受け止めて、まったりしたコク味で迫るドンブリ。 “スタミナ”などと呼ばず”男前”と呼ぶなんて、オヤジさん、粋じゃないですか。
これまたもしや!と思いついて、「ラーメン」400円也を追加注文してみます。 渦巻きナルトなんか浮いちゃって、まさに懐かしい顔立ちの中華そば。ただ、味わいは至って普通。 これでしみじみ旨かったら、さらに嬉しさ百倍なんですけどね(笑)。
飛行機道の曲がり角、東川の畔にいまもある、蔦の覆う大衆食堂「末廣屋」。「末廣屋」「末廣食堂」の創業は、まだ米軍基地が返還される前の昭和42年のこと。 ああ、45年も此処にあるのに、やっと最近お邪魔できたなんて。 思わず、お元気で!と云ってしまいそうになるけど、帰り際に、 また来まーす!とご挨拶。 だって、ホワイトボードにもっと気になるメニューを見つけそうなんだもの。
「末廣屋」 所沢市西新井町21-18 [Map] 04-2992-2289
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