名古屋の伏見駅周辺でずっと気になっていたお食事処と云えば、錦通りからちょっと入ったところにある「鯛めし楼」。
如何にも社用で使ってネ的な空気感を勝手に想像して、妙に敷居が高かったのであります。
白い暖簾の前に衝立を設えているのも、そんなニーズの現れなのではなんて勘繰ってみたりしておりました。
その暖簾をおずおずと払った先の店内は、これまた妙に静やか。
もう正午になろうというのに、視野の中には残念ながら先客はなし。
右手に15、16席のL字カウンターが構える風情は、なかなかに渋い雰囲気。
そのカウンターの手近な角辺りに腰掛けると、奥から着物姿の物腰柔らかな姐さんがお茶を手に、いらっしゃいませ。
卓上に置かれていた品書きは、金縁の幅広短冊を横に使ったようなスタイル。
右の端に大きめな文字で「鯛」とあり、引き続いて、「鯛木ノ芽焼」「鯛塩焼」「鯛うしお」「鯛酒むし」「鯛あら煮」「鯛唐揚」と鯛料理が並んでいて、流石そうか、と思わせます。
そして、甘鯛のラインナップやその他酒肴たちが列挙されていて、つまりは昼夜同じメニューなのかもしれません。
その最後尾に「鯛茶漬け」と並んであるのが、お願いした「鯛めし」です。
実は、その「鯛めし」がどんなものか結局よく知らずにやってきたのだけれど、姐さんから膳を受け取って、このお重とお椀と香の物で〆て三千円也であるのかとやや斜に構える感じになる。
然らば、このお重こそが珠玉の品なのであろうと、蓋をずらして覗き込むとそこには、想定外の朴訥とした景色があったのです。
へへー、こふいふことなンだ。
茶漬けでないのが鯛めしなのだから、鯛の半身を炊きこんだヤツだろうくらいの想像は陳腐なものでありました。
手入れのいい、でも冬場のグリーンで芝目を読んでいるような錯覚が一瞬過ったりして(笑)。
渋いなぁ、渋いです。
脇にも真ん中にも、他に何も添えたりしていない実直さがいい。
つまりは、鯛の田麩を一面に敷き詰めたお重が「鯛めし」なのだと思いながら、重の隅の辺りに箸の先を侵攻させます。
掘り起こした茶の芝の下は、白いご飯ではなくして、茶飯風。
鯛の田麩は、ぱらぱらパサパサとして自然な仄かな甘さであるところは見た目通りの純朴さ。
ううむ、やっぱり渋い、いや、ちょっと渋過ぎるかも。
変に甘くしたり濃い味付けにしていない、そんな心意気は買いたいものの、三口ほどで早くもモソモソする口に飽きの気配がしてきて、お椀や香の物の合いの手が欲しくなる。
やや拍子抜けした気持ちが両肩の辺りから零れつつ、そこへ、でもこれはこれでいいンじゃないの?という気持ちが交錯して、箸を止めたり進めたり。
旨いかどうかということよりも、素朴なる渋い風情、それが「鯛めし」であるような、そんな気がいたします。
名古屋で鯛料理の店といえば、きっと老舗のここ「鯛めし楼」なのでありましょう。
鯛づくしとも云うべき「鯛料理」がまさに、本格的社用の匂い120%のお献立。
まだ「鯛めし」を食べたことのないお客さんをお昼のちょっとしたご接待にお連れするのもまた、面白いかもしれませんね。
「鯛めし楼」
名古屋市中区錦2-18-32
[Map] 052-211-6355
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