column/02630
御膳「喜寿司」で 雲のごとき穴子和菓子のごときおぼろ
その前を通る度に、佇まいが醸す気っ風に「うん!今度来よう!」と小さく叫んだこと幾度となく。
週末の人形町。
「喜寿司」の前に再び立って、見上げる金看板。
草書体といわれる、七を三角に重ねた味な文字をそのまま表現できないのが、ちょっと切ない。
「にんぎょう町」と染めた、初夏に涼しい絣の暖簾を払いましょう。華美なところのない、すっと和む雰囲気の一本の桧のカウンター。
老舗由来やオッカナイ大将がもたらす妙な緊張感はありません。
それでいて背筋のしゃんとした空気が凛と滲む感じがよいではありませんか。
ご主人油井さんのきりっとそして柔和な目線が眼鏡の奥で光ります。
おきまりの「特上」をお願いしてその前に、1本だけとお銚子の冷たいところ。
お造りを拵えてもらいます。
つるーっと滑らかな口触りの鰹、酢橘の香りの似合う京都からの鱸、矧いだ皮目の銀色が涼しい鰺、そしてコリっと甘い赤貝。
う~む、この佇まいの中で唇湿らす正午のお酒。いいなぁ(笑)。
さて握りの先陣を切るのが、平政。あれ?ひらまさってこんなにトロンとしているのだっけとちょっぴり陶然とする。
煮きりとの相性もいいよね。
そして、まぐろの赤身、すみいかと紅白に続く。
ねっとりとしたすみいかには、タネとシャリの間に海苔が挟んであって、風味を添えています。
まぐろらしい香りと品のいい脂の合奏が延髄を刺激する中とろ。
玉子はいわゆる鞍掛けで、鞍の下にはおぼろが顔を覗かせてる。
分厚い玉子焼きゆえ、ぷちっと真ん中から千切れてしまいそうでいながら、焼き色がそれを支えています。
木札を見上げて、追加をお願いしたのがまず、穴子。青空に浮かんだ雲がすうぅっと消え去るような軽やかな蕩け様。
こっくりしたツメが似合う穴子もいいけれど、ふんわりを極めると奴もいい。
お椀は、真子鰈の骨のもの。
ひもきゅうと鉄火の巻物に続けて、とり貝を。
舎利の上でピシと叩けば途端に生き活きと蠢くようなとり貝のシズル。
ぬははは~、くきゅんとした食感が、旨いぃ。
たっぷりしたその身に甘さ綻ぶ蝦蛄に、煮きりを塗った二丁づけの小肌。
「喜寿司」の新子は例年お盆くらいからだそう。
これを握ったのって食べた記憶がないなぁと、最後に、おぼろ。コロンと丸ぅく可愛いサーモンピンクのにぎり。
おっとりしたほの甘さを含んだたっぷりした量感のおぼろに、〆に和菓子をいただいてる感じになる。
全体の印象としては、ネタとシャリとの纏まり感というか、一体となって解れていく感がもっと鮮烈に感じられたらいいかも、なんて思いながらあがりを啜る。
創業来80余年。花街の残滓を記す置屋造りの御膳「喜寿司」。
その店名は、先々代のお名前によるものだという。
改めて腕組み眺めるその佇まいに、やっぱりいい顔してるわと感心頻りであります。
昼下がりのご同席多謝は、「華麗叫子の胃袋は偉大なるコスモ」の華麗叫子さん。ありがとー。
「喜寿司」 中央区日本橋人形町2-7-13 03-3666-1682