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旅の出逢い「あちこうこう屋」で シゲちゃんのハートがあちこうこう
ホテルから焼肉処「炙り屋」へ繰り出そうと宮古島の繁華街の辺りへ向かっていた時のこと。
ちんたらと坂を辿って角を曲がろうとしたところで、なんとも気になる佇まいのお店が目に留まる。
白い壁に掠れた文字は「あちこうこう屋」。
1杯呑み家、昔なじみの宮古そば、魚・イカの長いも入り天ぷら、といった文字がおいでおいでと誘っているような気もする。
ちょうど掃除をしているところのようで、扉を開け放っているのをいいことに店内を覗くと、隅切りするように斜めに置いたカウンターの手前に畳敷きの長椅子。
座ってもせいぜい4人までという狭い空間がますます不思議に思えてくる。
看板をよく読むと営業時間が午後9時から午前2時まで。
これは宮古牛を食べたあとの〆にそばでも喰らいに寄るのが妙案かも。
ところが、夜9時過ぎに店に行くと、開いてない。
9時半頃まで店前に佇んで待ってみたり電話を掛けてみたりするも、
店の中で虚しくベルがなるばかり。
休みなのに掃除したりするのね、
と不思議がりながらも仕方なくすごすごとホテルに戻るのでありました。
翌日、ダイビングのガイドに「あちこうこう屋、って知ってる?」と何気なく訊くと、「あ、お、あそこに行っちゃいました?」と応じる。
9時過ぎに行ったのだけど営ってなかったンだ、と返すと、
面白い店ですから是非行ってください、オバア、下ネタばっかりですけど、と妙なことを云う。
美味しいでも不味いでもないのかな。
翌日、BAR「THINK」で呑んだ後に再び、市場通りの角へと向かうと、提燈に灯りが点っている。
お、今夜はやってる!と早速その畳敷きの長椅子に座り込んで、「宮古そばだけでもいいですか?」と訊ねると、「そばはね、もうやってないのよ~」と仰る。
あれあれ?
ま、天ぷら揚げるから呑んでいきなさいよ、と。
そう云えば壁には確か、「てんぷら」とも書いてあったような気はするものの、
なんだか妙な展開になってきたぞ(笑)。
オバちゃんは、既に開いていた泡盛「多良川」のボトルから別のボトルに中身を注ぎながら、「ボトル半分で、3,000円で、どう?」と訊く。
どうしたもんだか判らず、ん、あ、ええ、と曖昧に応えて、昨晩も来たんですよやってなかったけど、と云うと、あらそう昨日は10時くらいからになっちゃったからごめんなさいねまた来てくれたんだぁ、と、そんなやりとりが続く。
振り返れば、ドア硝子を埋め尽くすように、コメントを書いた紙が貼られていて、それはどうやら、オバア”シゲちゃん”に対する賛辞の嵐。でもこの女性が、そのオバアかというとそれにはちょっと年嵩が足りないのじゃないかなとも思う。
野菜を刻み始めたオバちゃんに再び訊ねると、あたしはキヨミ、と仰る。
キヨミさんが揚げてくれた天ぷらは、天ぷらには一番合うイモだという、長芋の天ぷら。フリッターな衣で、さつまいもみたいな甘さがなくてサクサクとしてこれはこれで悪くない。
シゲちゃんの人となりや逸話をあれこれ聞いてるうちに、「じゃやっぱり、シゲちゃん呼びましょうね」と云って、前日虚しくベルを鳴らしていた黒電話のダイヤルを廻し始めた。
そして、電話口に出ろ、という。
恐る恐る受話器を受け取り耳にあてると、「アタシに逢いに来てくれたンだ寄り合いで呑んで疲れちゃったので今日はお休みしようかと思ってたけどお店出るから待っててねん」と甘い声(笑)。
うむむと思いながらスライスチーズと胡瓜のつまみで呑んでいると、当のオバアがやってきた。
お化粧をしっかりしたオバアに、宮古そば食べに寄ったンですよーと云うと、「じゃ代わりに、宮古であなたのそばに~」とか云いながら横に座ってしなだれる。
ええーそんな強引なシャレかい!と笑いながらも、一度だけ新宿二丁目のバーに行った時に、お願いだから隣にだけは来ないで!と思ったことを思い出す(笑)。
なんだか大変なことになってきた。
オトコをおびき寄せるには壁の「宮古そば」はますます消せないよとオバア、シゲちゃん。
話すことのほとんどは、ビキドゥンとミドゥン(男と女)のお話で、それがなんともあっけらかん。
シゲちゃんは、齢66ときく。
宮古の市街に出て来てからは、この界隈でスナックをやっていたそう。
早速、謡い踊りだしては、一緒に踊ろうと急き立てる。
そして、あろうことかシゲちゃん、「これから一緒にウチとこ帰って思い出つくろうよ」と繰り返しては「ね、いんじゃない?」と連呼する。
提燈にある「旅の出逢い」ってもしかしてそういうこと?
ああ、宮古島に来て、オバアに口説かれるとは思わなんだ(笑)。
トイレどこ?と訊けば、向かいのファミマにあるよ~というし、なんだったらツマミ買ってこようかファミマで~、とも云う。
いいなぁ、そのさばけ方(笑)。
そうこうしているうちにどんどん泡盛を注がれて、きよみさんも参戦してきて、なんだかますます不穏な雰囲気になってきたところでやっと、明日も早いのでとかなんとか云いつつ手を振りながら店をあとにする。
夜中の坂を下りながら、ふうぅ、とひと息。
でも、面白かったかも(笑)。
提燈には「あちこうこう家」とあるけど、壁なんかには「あちこうこう屋」とあって、そんな細かいことに構わないところもなんだか微笑ましい、シゲちゃんの店「あちこうこう屋」。あちこうこう(あつこーこー)とは、宮古の方言で、「あったかい」とか「(食べ物ができたてで)あつあつ、ほやほや」なんて意味だという。
できれば、シゲちゃんの作るあちこうこうな宮古そばも食べたかったなぁ。
あ、そうそうシゲちゃんは、こうも云っていた。
「あたしのハートがあちこうこう(うふっ)」。
「あちこうこう屋」 宮古島市平良字下里84-1 [Map] 0980-72-6343