桜の頃にはきっと、壮麗な景色をみせるであろう弘前城趾は今、降る雪に覆われています。
江戸時代の津軽の中心となった城の廻りをぐるりと巡り、ナポの通人が聖地と呼ぶ「ナポリタン」を車中から拝んでから向かったのは、郷土料理の店「しまや」です。
「津軽料理遺産やっています」。
そう染め抜いた、小さな幟が風雪に揺れている。
濃紅の暖簾を潜って引き戸を背にして閉めればすぐに迎えてくれる、女将さんの人懐っこい笑顔。
もう既に何度も訪れているような、
そんな気分に早速させてくれるところが、いい。予定よりも早く到着してしまったこともあって、
ちょっと待ってねと云いながら近況あれこれをtakapuと交わしては、
手元の動きがてきぱきと忙しい。そして、さっきまで空いていたカウンターのホーローのトレーが、
次々と惣菜で埋まっていきます。
まず小鉢でいただいたのが「もやしの子和え」。青森でもやしというと、大鰐の温泉もやしが知られているけれど、
今夜のもやしは弘前のもやし。
やや長いと思うモヤシに塗していあるのは、
極小粒ながらぷちぷちを主張する卵。
いつもの真鱈の子、真鱈子ではなくて、
今夜はスケトウダラの子、スケ子で和えているそう。
素朴にして、乙な酒肴であります。
ちょっとしたコッテリ感もいい「身欠きニシン」に続いて、
頃あいよろしくさっと煮つけて、
凍豆腐にも味の沁みた「つぶ貝煮」をいただいたところで、
こりゃいいやと女将さんに「熱燗!」と叫ぶ(笑)。すると、女将さんの脇を補っているおばあちゃんが、
練炭の上に載った銅の鍋の湯へとお銚子をすっと差し入れた。
その使い込んで味わいの出た鍋の風情がいい。
注ぐお酒は、弘前の小さな酒蔵・三浦酒造の醸す、
「豊盃(ほうはい)」。
燗にして、ふっくらゆったりとした呑み口だ。
「豆腐かす」は、つまりはおからの和え物なのだけど、
なんだろ、何気ない柔らかい味付けの中に優しい滋味が潜んでいて、
嬉しいぞ。鰯を潜ませてるのが、
利いているのかもしれません。
「豊盃」の燗をお代わりを重ねていると、
女将さんが「ハタハタの鍋にしようね」と仰る。
もうすっかりお任せな状態(笑)で、
ぶんぶん首を縦に振ってまたちびちび盃を干して待つことに。
そして、塩仕立ての汁とともに小皿によそってくれたハタハタは、
お腹のほとんどを占めていたような卵を零れさせている。卵は、意外やしっかりした歯応えで、
その廻りをずるずるにゅるにゅるとした粘液が包んでいます。
なんとも独特の食感と不思議な旨みに思わず目を閉じます。
暫くして目を開けると(笑)、
ちょうど目の前で女将さんが烏賊を捌いているところ。
肝の袋をそっと取り出し、
湯掻いた烏賊の胴の輪切りや下足に絡める。
ああ、おかあさん、それはズルいや!と再び叫んで、
「豊盃」を口に含めば、
ほーらこんなに真っ直ぐに酒を誘う肴もない。その「ゴロ味噌和え」の魅力に、
いつの間にか一杯になったカウンターの諸兄も思わず、
「こっちにも」だ。
鮮やかな紅色に使ったお手製「赤蕪の千枚漬け」や、
「ニシン漬け」でさらにちびちびちびちびいたします。
津軽そばの「三忠食堂」に行ったのだけど、
もう閉めてしまっていたンですよーと夕方の顛末を話すと、
「じゃぁさ、あたしの津軽そば、食べてみない?」と嬉しいお応え。届けてもらった生そばを湯掻いて、どんぶりの出来上がり。
ほー、ふわふわと軽やかなそばの食感が印象的だ。
ふーふーずるずるとあっという間にそばを啜り終えると今度は、
なにやら薄手の昆布を取り出して、ご飯に巻いて包み込む。
ちょっと噛み切るところでコツがいるけどそのまま齧り付いてごらん、と女将さん。えいっと歯の先を立てるようにして噛み切って咀嚼すれば、
昆布のもつミネラルもグルタミン酸も、
海の風味と一緒に直截に味わうようで、
これも素朴にしてズルい。
お土産に包んでくれた「若生にぎり」を御夜食にするンだもんね(笑)。
は~旨かった堪能したと祭りの終焉に和んでいると、
最終兵器のデザートを繰り出して意表をつく女将さん。林檎をシロップに漬け込んだもので、
林檎自身の甘さとほの酸味を、
甘すぎないシロップがぐいっと引き出していて、
ハッとするような美味しさにこりゃグランメゾンで出せるよと感嘆符。
やってくれるなぁー。
津軽郷土の心に女将さんの創意と感性と心意気が掛け合わさって、
沁みる酒肴と味な惣菜の並ぶカウンターとなる、郷土料理「しまや」。降り止んだばかりの雪を踏み締め振り返ると、
そのまままた同じ暖簾を潜ってしまいそうです(笑)。
「しまや」
弘前市元大工町31-1 [Map] 0172-33-5066