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手打ち蕎麦「かね井」で 透明感と野生の荒挽きそば
粋な蕎麦がいただけるお店があると聞き、
降り立ったのは烏丸通り沿いの鞍馬口駅。
烏丸通りと交叉する鞍馬口通りと呼ぶ狭い筋をずっと西に辿って堀川通りのさらに向こうへ行ったあたりが目的地。
だけれど、歩くには遠すぎる。
タクシーを拾うも、その道は一方通行でぐるっと廻る必要がある。
お蕎麦の「かね井」さんご存知ないです?と運転手のオッチャンに訊くと、知らないという。
思わず東京ノリで住所を告げると、お客さんどちらから?と逆質問。
つまり、京都で所在を伝えるのに住所を云っても通じないよって、そうでしたそうでした。
タクシーは北大路通りの大徳寺あたりから智恵光院通りという細い筋に入り込む。
お客さんここだね、と四辻で降ろしてくれたタクシーを見送る。
そして、その建物の佇まいを暫らく眺めることになります。
祇園界隈にありそうな、如何にも京町家を店舗にしましたという風情とは違う。
広く開いた引き戸から中のたたきが窺える。
元は街角の商店だったのでしょうか、それとも民家だったのか。
店の名を示す看板は見当たらず、その引き戸の隅に立て掛けるように「手打ち蕎麦」と筆書きされた木札が唯一の目印です。
閉店間際ということもあってか、足回りのよくない所為か、たたきの先の板の間には先客の姿はなし。
片付けられるのを待つ食器たちが、さっきまでの賑わいの残り香のようにそっとしています。
奥の座卓に座ると、竹垣に囲まれた坪庭の手前に濡れ縁に臨め、金魚鉢と縄を十字に結んだ丸石が置かれている。
頭上で涼しく鳴る風鈴。
関守石というのは、茶道の作法において「これより中に入ることは遠慮されたし」という意味らしく、そうすると文字でそれを示すことがどんなに無粋かと思えてしまう。
またひとつ勉強になりました(笑)。
「できますもの」と書かれた品書きを拝見して、ここはやっぱりお酒でしょうと「鷹勇なかだれ」に酒肴をふた品ほどお願いします。
きりっとして力強い呑み口の片口と添えられた小皿の山葵の醤油漬けがさりげなくもいい。
ふくよかに出汁を含んでふるふるとした「だし巻き」。
「焼みそ」の白味噌主体の甘い風味と柚子の香り、炙った香ばしさ。
ゆるゆるとお酒が進みます。
片口を搾るように呑み干したところへお願いしていた「荒挽きそば」が届きました。
まずはお塩でどうぞ、ということで小皿の粗塩をちょっと塗すようにして啜る蕎麦。
日向くさい風貌と甘さが交叉して、今はなき「虚無蕎望 なかじん」の一枚を思い出します。
ほんのり翠かかったようでどこか透明感があり荒挽きらしい野生を含む細き一本一本を見詰めたりしながら、今度はお猪口の辛汁にちょんと漬けて啜る。くくっと出汁の利いた汁に出会ってまた違う甘さ風味を発揮して、いい。
決して量をケチっていない気持ちいい盛りの笊なのに、
早くもなくなってしまうのがなんだか口惜しい。
西陣の裏通りにそっと佇む手打ち蕎麦「かね井」。ご馳走さまでした。
今度はぐっと寒い夜に人肌のお燗で、そして温かいお蕎麦もいただきたいな。
口関連記事:素料理「虚無蕎望 なかじん」で 穀物としての蕎麦を識る(07年08月)
「かね井」 京都市北区紫野東藤ノ森町11-1 [Map] 075-441-8283