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仲見世から伝法院通りへ折れ、
「大黒屋」の店先の表情を眺めつつそのまま進むと、
ふーっと開けた五叉路に出ます。
そして、仄かな灯りを点す石造りの灯籠の向こうの隅切りにすーっと佇む建物がある。
それが今宵目指すお食事処の「天健」さんです。
職人系の棟梁とその一番弟子といった風情の先客が手前に陣取るカウンター。
使い込まれた白木が味であります。
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添えられたおしんこで大瓶のビールを呑っつけているところへ、遠い波音のような揚げ音が聞こえてきました。
そしてカウンター越しにぬーっと渡されたのが、壮観な塊を載せたお皿。
「かき揚げ定食」の天婦羅です。
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大きさをどう伝えればいいでしょう。
奇を衒うようなお馬鹿なサイズではないけれど、大人の男の手でぎりぎり包み込めるくらいのボリューミーな球形のかき揚げだ。
遠慮なしに箸の先を割り入れて、大粒に刻んだ烏賊を口に含めば香ばしさと同時に柔らかなその身の甘さが広がる。はふはふしながら食べ進めば、海老だって負けない甘さを伝えてくる。
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押し込めたようにはせず、ほどよく隙間を保っている揚げ口に感心しながらサクサクとした歯触りを愉しみます。
中途までは、ツユにも浸したりしないでいただくのがいいと心得る。
そして佳いビールのアテになる。うん。
永井荷風が訪れたとか、池波正太郎が通ったとか云うけれど、そんな枕詞は、今もこうしてここにあるからこそのこと。
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ずっとこの儘ここにあればいいな。それがいい。
「天健(てんたけ)」 台東区浅草2-4-1 03-3841-5519
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