路面電車の走る街はいい街だ。初めて豊橋を訪れた際には、炎天下に駅の西口界隈をうろうろしただけで移動してしまい、東口駅前で路面電車が発着していることを知りもしなかった。
東海地方で路面電車が走るのは、豊橋が唯一であるようで、そんな点からも貴重な軌道と云えるのかもしれません。
カルミアという駅ビルを抜けてデッキへ出ると、
眼下に路面電車 豊橋市内線の駅前駅に停車している車輌が拝める。
駅前の大通りを歩いていると、
ゴゴゴゴとレールを軋ませて電車がやってくる。
あれ?おでんしゃ?
どうやら冬場にのみ運行する、
ビール飲み放題・おでん・弁当付の”走る屋台”であるらしい。
おでんしゃの昼便なんてのもいいかも思いつつ、
その背中を見送ります。
駅前の大通りを北側に離れて、飲食店街を辿り、
誘われるように斜めに交叉する道へと逸れて進む。
すると懐かしき風情のうどんそば処「勢川 本店」前に出る。
目的地はその「勢川」の左手の脇道を入ったところにある。
暗がりにここにあるよと灯りを点す割烹「千代娘」。
暖簾に掲げた家紋は、矢尻付き三本違矢でありましょか。
メニューが経木に筆書きされるだけで妙に嬉しいお年頃(笑)。
お猪口を籠から選べるのもやっぱり、
ちょっと愉しいものでありますね。
カウンターに腰を降ろせば目の前に大皿が並ぶ。

隅の大皿を指差してお願いしたのが、「公魚の南蛮漬け」。
わかさぎが纏うは、薄衣。
公魚独特の香りが、さっぱりとそして滋味深くいただけます。
店が冠した名と同じ静岡の酒「千代娘」をぬる燗で。
選んだお銚子を手に「煮びたし」に「たこ煮」。
小鉢に箸を伸ばしては、つつーっとね(笑)。
蛸には練り辛子が合うのですね。
並ぶ大皿のひとつにあった料理が「八幡巻き」。
荻窪「川勢」の「八幡巻き」とは随分と違う井出達。
下煮した牛蒡を軸にして鰻を巻き、焼き上げて輪切りにしてある。
見た目もぱりっとした皮目が誘う。
そのぱりっとと鰻の滋味と牛蒡の歯触りの取り合わせが、なんともいい。
太刀魚、銀鱈、鯖、笹鰈とある中から「ぐじ」を焼いてもらう。
甘鯛といえば、松笠揚げ、松笠焼き。
じっくりと火を通された鱗が表情を現す。
ふわっと柔らかな身は、なんだかほっとする味わいだ。
裏を返してふたたび「千代娘」のカウンター。
カウンターの頭上と同じ柑子色の暖簾が、
風に揺れているのが入口扉の硝子越しに見えます。
この日のお通しは、ふろふき大根。
味噌だれはやっぱり、八丁味噌基調であります。
料理屋の腕っぷしを占うもののひとつが「ポテトサラダ」。
ほろほろとしつつ適度にしっとりとして、
粒子が粗過ぎず細か過ぎず。
美味しゅう御座います。
椅子からちょっと立ち上がって、大皿の様子を眺める。
「とこぶし」がありますねと早速所望する。
味がよく沁みつつも柔らかに煮付てあって、佳い佳い。
地元豊橋の酒だという「四海王」の「福 純米」をいただく。
あったら註文むよね!のお約束通りにお願いしていた、
「〆鯖」の鈍く光る銀のテクスチャがやってくる。
酢〆の塩梅も過ぎず、浅過ぎず。
それにしても鯖ってぇヤツは、
塩で焼いても味噌で煮ても酢で〆ても旨いというね、
などど思わず呟いてします(笑)。
いただいていた豊橋「四海王」の純米大吟醸「夢吟香」から、
熟成芋焼酎「黒甕」の水割りにグラスを替える。
芋な焼酎には中京圏らしさも滲む「もつどて煮」。
こっくりした味わいのもつもまたよろし。
そうそう、こうしてちゃんと長さのある「きんぴら」が好みなのです。
順番として相応しいか判らないけれど、
最後の最後に「鰆フライ」。
身離れの良さそうな淡白そうな身がじわじわっと旨い。
割烹で魚のフライで芋焼酎ってのもオツなものです(笑)。
路面電車の発着する豊橋駅東口から徒歩7分ほど。
飲食店街から少し離れた暗がりに割烹「千代娘」はある。
「千代娘」は、創業昭和32年。
ということは、先代がおられたということなのでしょう。
するってぇと働き振りも甲斐甲斐しい娘さんは、
三代目ということになる。
右手の厨房側に掲げた額の調理師免許証には、
三ツ矢何某とその名がある。
成る程、暖簾の家紋は、
ご主人の、そして娘さんの姓そのままだったのですね。
「千代娘」
豊橋市松葉町3-83 [Map] 0532-54-7135
http://chiyomusume.jp/

