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とんかつ「井泉 本店」で 和食としてのとんかつメンチとお年頃
最寄りの上野広小路からちょっと路地に入る。
住居表示では湯島となる路地を辿ると、頭上に茶色地の看板が見つかります。
創業昭和5年と白抜いた看板の主は、「井泉 本店」。
大通りにデンと構えて如何にも威風堂々とした佇まいが鼻につくような老舗と比べると、
創業当時を偲ばせるような路地の清廉な佇まいが潔い。
店先に掲げた品書きに立ちんぼでずっと悩んでから、白い暖簾を払います。
あけすけにオープンな白木のカウンターに廻り込んで腰を据える。
オバチャンが差し出した湯呑みのお茶を啜りながら、一応改めてお品書きが眺め、注文を伝えます。
お好きにどうぞということなのでしょう、小振りな薬缶が目の前に置かれました。
揚げ場を担うオッチャンは、油の様子を横目にしながら、真名板の廻りや周囲のステンレス面を小まめに拭いている。「禁煙」は当然のこととして、店全体がこざっぱりと感じるのは、そんな所作の繰り返しがあるからなのかもしれないね。
厨房の中では冗談交じりの世間話をちょこちょこ交わしていて、目黒「とんき」のようなどこかストイックな空気はないけれど、老舗が引き継いできたものの残り香がそこここから漂います。
揚げ上がったとんかつに等間隔に包丁を入れるとほぼ同時に、その脇でお椀にとん汁を注ぎ七味をさっと振る。「ロースかつ定食」の到着です。
見た目サクサクと軽そうな衣。
断面を覗くと肉の切れ目が不思議に不揃いで、繊維を叩いてあるようにも見える。
例の如く、塩ちょんヅケでいただくと、予想通りあっけないくらいに軽い。
なるほど、「お箸で切れる柔らかなとんかつ」を意図しているだけのことはある。
でもなんか、下町のお爺さんが「余所は駄目だけど、ここのとんかつなら食べれるのだ~」とか云いながら時折訪れる、そんな光景が脳裏に浮かんでくる。
凭れたりする予感がおよそない代わりに、蒲田「丸一」のような、旨い肉喰った!的満足は極端に控えめになる。ウラハラなことなのだね。
一週間ほどしてふたたび白木のカウンター。
「メンチかつ」を定食に仕立ててもらうことにすると、「ご飯、とん汁、お新香でいいですね~」と云いながら遠ざかるオバチャン。
先日のお新香と同じだったら要らないなぁと思いながら、わざわざ声を掛けることもないかと口を噤む。
ほぼ正円状のメンチが2片、白いお皿のキャベツを背に寄り添っています。
香辛料を噛ませたり、甘い脂を激しく滴らせたりせず、坦々と湯気を上げるメンチ。
基調としてあっさり。とんかつを上回る軽妙さ。
そこへ、「ビアライゼ」のメンチは旨かったなぁなんて失敬な思いが頭を擡げてくる。
決して悪くはないのだけれど…。
初代の画号、「井泉(せいせん)」から名づけた屋号が今の名で親しまれ、定着したという「井泉」。標榜する「和食としてのとんかつ」が心根から食べたくなるお年頃がいずれやってくるンだな、とそう思うのであります(笑)。
ホームページを読むと、「井泉 本店」直営なのは百貨店内の数店だけのようで、本店で修行した者が暖簾分けで「井泉」を営んでいる、とある。
そういえば五反田の店は「ぎんざ 井泉」で、お腹に“かつ”と書いた豚のマスコットは同じ。
そして、「まい泉」もきっとまた、“泉”を同じくする系統なんだね。
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「井泉 本店」 文京区湯島3-40-3 03-3834-2901 http://www.isen-honten.jp/ [Map]