お初天神へと至る小路にひっそりと揺れる藤色の暖簾。 脇に掛かる看板には、 ”浪速名物”、そして”夕霧そば”、とある。 ふうん、と鼻を鳴らして立ち止まる。 聞いたことないよね、「夕霧そば」って。 東京へ戻る途上、丁度いいので一寸寄ってみましょうか。
半端な夕刻ゆえ、先客はないだろうと思い乍ら暖簾を払うと、意外にも三組の先客がある。 まだ小路にはひと気のなく、きっと先客の方々は、ここを目指して来ているに違いない。 ふぅうん。 調度も含め、お店全体が深い褐色を帯びていて、 でも変に暗い印象ではなくて、落ち着ける雰囲気を持っています。 おしながき筆頭の、「夕霧そば」を冷たい1斤半でお願いしました。 あ、おしながきには、名物 登録商標、献上品、とあるね。 さらに由来も書いてある。 掻い摘んでみると、ある評論家が近松門左衛門の「廓文章」に登場するなにわの名妓に因んで、色も香りもある柚子切りそばを「夕霧そば」と命名した、ということらしい。 そう。「夕霧そば」は柚子切りそば。店内はもうすっかり柚子の香りに満ちているのです。 そのかをりは、厭なものではなくて、どこかでアロマオイルを垂らしたかのような心地よさも含んでいます。 せいろがやってきました。 大きめのそば猪口にはたっぷりのつゆが注がれ、玉子がとっぷりと浮かんでいます。 柚子の表皮を細かくおろしたものを真っ白いそば粉に混ぜて打ったものだというそばは、更科粉、御前粉の残像はどこへやら、艶やかな褐色をみせている。切り口は太め。 早速つゆに浸し、ズズと啜ると……。 なははははは~、これ、うめぇ~。 出汁の利いたつゆと玉子の黄身をたっぷり纏って啜り上げる麺は、所謂蕎麦とは違う力強さ。 わしわし喰うのが似合うつけ麺!ってノリだ。 そして、柚子の香りがあっさりと鼻腔を抜ける。 ふふふ~ん。いいじゃん、いいじゃん。 味ある鋳物から注ぐ、そば湯もイケた。 帰り際、柚子湯にどうぞと笊の柚子。 振り返れば、凛とした表情の「瓢亭」さんでありました。 「瓢亭」 大阪市北区曽根崎2-2-7 06-6311-5041 http://www.h7.dion.ne.jp/~hyotei1/column/02456