かき小屋「仙台港」で焼く石巻の牡蠣と日和山からの朝の風景と

sendaikou.jpg石巻街道沿いの建物の二階に、 震災からの復興・復旧に関するサポートを行っている東日本大震災圏域創生NPOセンターが営む「いしのまき寺子屋」があります。 復興・復旧に繋がる様々な側面からの取り組みを弛まぬ姿勢で推進している圏域創生NPOセンターですが、《子供を軸にした復興自立支援》活動もその中心的な活動のひとつ。 ボランティアの方達の手にも支えられ、学習時間と遊びの時間とで構成する「寺子屋」は、単なる居場所に留まらず、今も仮設住宅での暮らしを余儀なくされてしまっている子供たちの心の拠り所となっています。

その一室に置かれた一台のアップライトピアノ。 それは、ピアニスト山本実樹子さんのチャリティーな活動とフルーティスト佐藤智子さんのオーストリアおよび国内での取り組みがカタチとして結実しているものの象徴ともいえそうなもの。 虹色に彩られた鍵盤が朗らかに印象的なのです。

そんなピアノとフルートとでの子供達とのワークショップ、 そして大人達との演奏会の夕べを愉しんだ翌朝、 日和山へと連れて行っていただきました。

その途中で改めて見る、およそ更地となった中に残る津波の爪痕を表す廃墟。ishinomaki01.jpg汚泥に塗られた門脇小学校の校舎の窓は今も尚、ぽっかりと口を空けたままです。

日和山にある鹿島御児神社で二拝二拍手一拝。ishinomaki02.jpgishinomaki03.jpg朝の凛とした空気が辺りを包んでいました。

鳥居越しに海側を見渡せば、 左手に旧北上川の流れと河口近くを渡る日和大橋のシルエット。ishinomaki04.jpgishinomaki05.jpg ishinomaki06.jpgishinomaki07.jpg 川岸にあったマルハニチロの工場の跡から視線を右に転じれば、 何もかもを浚った津波のあとに広がる更地が切なく続きます。 冷風に吹かれながら日和山の横手から見下ろす旧北上川の中州には、 再開を果たした石ノ森萬画館がその特異なフォルムをみせている。 此処にはまた、何度となく訪れたい。 そんな気持ちになりました。


石巻を離れ、松島、塩竈を経て、仙台方面へ。 石巻を訪れるのは、12年の03月以来のことで、 それは、渡波(わたのは)に出来た牡蠣小屋を訪れるのが目的でもありました。 その「かき小屋 渡波」の兄弟店が仙台港近くに再開したと知って、 石巻からの帰りがけに是非寄りたいと考えていたのです。sendaikou01.jpg仙台港のテントでも渡波のものと同じタッチの大漁旗が迎えてくれました。

賑い始めたテントの中を横目で眺めつつ、 牡蠣の並んだ冷蔵庫の中を覗き込む。sendaikou02.jpgsendaikou03.jpg牡蠣は石巻からのものと唐桑からのもの。 双方の笊を受け取り、案内に従って、焼き網の前に陣取ります。

sendaikou04.jpg渡波では、熱せられた牡蠣から飛び出す熱い汁を浴びないように、 牡蠣を横に向けるよう指南があったけど、 此処では別の方法が示されます。sendaikou05.jpg焼き網の上に牡蠣を並べたら、 それらをそっくりそのまま覆うようにステンレスの蓋をしちゃう。 砂時計をひっくり返しての5分が目安。 じわじわ熱せられていく牡蠣の表情は拝めなくなってしまうものの、 弾けたり、飛び出したりするものに驚くこともなく、 安心して牡蠣を焼くことができるね。

さてさて、砂時計の砂が落ちたのを確認して蓋を外せば、 立ち上る湯気と牡蠣の匂い。sendaikou06.jpg殻と殻の隙間にナイフの先を挿し込んで、すっと殻を開く。 ふーふーしてそのまま、口へ。 ああ、ああ、やっぱりしみじみと旨い。 ポン酢や醤油のみならず、 特製ミソやピザ風ソースやバター、チーズとトッピングもあれこれ用意されているけれど、 殻から外したそのままをいただくのが醍醐味だと心得ます。

仙台港土地区画整理事業地内に「かき小屋 仙台港」のテントがある。sendaikou08.jpg育てる海を目の前にした渡波のかき小屋の臨場感には敵わないとしても、 仙台市街近郊での同じ佇まいも十分に魅力的です。

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「かき小屋 仙台港」 仙台市宮城野区蒲生字耳取189 [Map] 022-254-5640 http://kakigoya.jp/
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