築地川へと繋がる、嘗ての楓川に架かっていた弾正橋。江戸の初期、その東詰に島田弾正忠利正屋敷があったことが、橋の袂に建てられた記念碑に刻まれている。
今はその橋の上を鍛冶橋通りが通り、さらに橋の上下を首都高の環状線が交叉して、絶え間なく車の走行音を周囲に轟かせています。
その弾正橋の片側に設けられた公園に面して、
一軒の中華料理店が町の風景に馴染んでいる。
店の勝手口にも見える入口脇の表札で、
その町中華が澁谷さん家の営むものであることが判ります。
と、そんな八丁堀界隈の日常のお店が、
一夜にして脚光を浴びるようになった。
ご存知の通り、TX「孤独のグルメ Season7」の最終話に登場。
松重豊扮する井之頭五郎が見慣れた八丁堀の裏通りを闊歩する映像は、
ちょっと不思議でどこかむず痒いような気持ちにさせました(笑)。
放送後の7月初旬にお久し振りに店を訪れる。
すると、番組を観て訪れる客への対応からか、
番組で話題になったメニュー「ニラ玉」のみにて、
100食限定に制限されていました。
それ故、註文の声を発することなく、
入れ込みのテーブルにて待つこと数十秒。
当の定食「ニラ玉」がやってくる。
楕円のお皿のおよそ全域を覆うような玉子の絨毯。
その外周の所々からざく切りしたニラが顔を出す。
改めていただいた「ニラ玉」が、素直に旨い。
豚肉とともに油との相性よき韮をさっと炒め、
北京鍋に流し込んだ溶き玉子を手早く纏めて、
その上に載せる所作が自ずと想起される。
味付けの中に旨味の芯がちゃんとある。
某ズルい系万能調味料を思い浮かべちゃったくらい(笑)。
月が替わっての8月の初旬には、多少体制が図れたのか、
おひる時に3品が用意されるようになる。
「ホイコーローライス」は何気に大振りな豚ロースたっぷり。
「ニラ玉」に負けず劣らずゴハンの進む旨いヤツであります。
8月中旬になってやっと落ち着いてきたのか、
通常のランチメニューを選べるようになる。

「チャーシューメン」はこれぞ昭和な町中華のちゃんとした方のヤツ。
従来からの寸胴の基本の基本を着実に踏まえた様子のスープ。
煮豚にメンマ、やや細めの縮れ麺もいい。
ところがところが、8月下旬にふたたびお邪魔したところ、
店先に閉店を告げる貼紙を見付けることとなる。
既報の通り、いよいよ期日の迫った築地の移転が大きな理由。
160束になる「ニラ玉」用の韮や野菜たちを
毎朝店主自らやっちゃばで仕入れているが、
至近な築地なら足回りもよく、バイクが仲卸店に横付けできた。
そんな市場が豊洲に移転してしまうと、
市場までの行き来の距離、そして場内移動の距離や方法が変わり、
それが仕込み時間などに影響し、お皿にも及び兼ねない。
年齢的にも無理が出来ないと判断されたという。
9月末の閉店までの期間の夜の営業時間帯は、
あっという間に予約で一杯になる。
ひる時の開店時間前から出来ていた行列は、
閉店告知の報を受けて熱を帯びるようになる。
そんな行列にそっと紛れ込んで「鶏バンバンジー」。

これも650円というのは、
今更乍らなかなかにお徳なのではないかと腕組みしたりする。
ライスの代わりに所望する素朴なる「チャーハン」も同価格。
なんせ500円もしくは550円のラーメン類以外は全て、
650円なんですもの(ライス別)。
9月半ばのあるおひるには、「チンジャオロース」を。
青椒肉絲と呼ぶ程細切りでもないのが「シブヤ」の個性(笑)。
「ニラ玉」に通じる味付けの按配は、
「ヤキソバ」にも勿論盛り付けられています。
いよいよ閉店が迫ってきた9月下旬。
外出ついでに行列に交じり一回転目でテーブルに着く。
席が埋まったところで気のいい女将さんがこう註文をとる。
「ニラ玉のひと~」。
「はーい!」
皆が一斉に手を挙げる様子はまるで小学校の元気な教室のようだ(笑)。
「ニラ玉」に追い駆けてお願いした、
「ラーメン」もまた素敵な一杯。
スープと麺とを啜り味わったところで、
前後して届いていた「ニラ玉」をするするっとドンブリにスライド。
勝手に「ニラ玉麺」にしてしまう。
「ラーメン」そのままにもまったく文句はないけれど、
ニラ玉の美味しさをラーメンのスープや麺と一緒に愉しむのも、
これまた旨いのだ(「ニラ玉麺」と註文もできるけどね)。
60年もの永きに亘り八丁堀の片隅で営んできてくれた、
「中華シブヤ」が間もなくその営業を止める。
思えば築地市場の移転延期が齎したともいえる注目や混雑にも、
驕ることなくいままで通り誠実にとする姿勢が、
厨房からも伝わってくる。
「シブヤ」の夜の部メニューで、
何度もちょい呑みしておくんだったと後悔頻りです。
「中華シブヤ」
中央区八丁堀3-2-4 [Map] 03-3551-9021

