自家製酵母ぱんと手作りあんこの店「いちあん」であんパンあれこれ愉し美味し

いつもお世話になっている、おでん「鯔背や」が所在しているのが所沢市旭町。
所沢駅の北側、西武池袋線と西武新宿線を踏切で跨ぐ道路から北側が旭町なのだけれど、同じ旭町の東端にも時折足を向ける店があります。
一軒は季節ごとに鉢植えなんぞを買い求めたりする、半世紀近い歴史を刻む「所沢園芸センター」。
もう一軒がちょっとお気に入りのベーカリーカフェ「いちあん」なのであります。

所沢医療センターのバス停を前に佇む「いちあん」は、
元コンビニを思わせるようなフォルムの平屋建て。香ばしいパンたちの匂いに包まれつつ物色する棚の上には、
幾種類ものあんぱんをはじめとする、その日のラインナップがあれこれ。
迷いに迷って、困ります(笑)。

お店の前からなだらかな坂道を下っていくと、
1分ほどで所沢航空記念公園、
通称航空公園の入口のひとつに辿り着く。 コロナ禍による初めての緊急事態宣言下には、
「いちあん」でパンを買い込んで航空公園の何処かで食べるのが、
ちょっとしたルーティーンになっていました。

公園内は平らなようでなかなかの起伏があって、
芝生で覆われた小高い丘の上にポツンとあるベンチが特等席。ベンチに佇んでまずは、初夏の陽射しにほのぼのとする。
カップのコーヒーを用意しつつ噛り付くは、
「いちあん」自慢の自家製つぶあんを使った、
定番人気の「あんバター」。
自家製のバタークリームには、
オーガニックのバニラビーンズを使用。
あんことバターのベストマッチって、
一体全体誰が初めて編み出したのだろうと、
食べる度に思ってしまいます(笑)。

薄曇りの日には気分を変えて、
池の周囲に置かれたベンチのひとつに居場所を得て、
買い込んできたパンを掌に載せる。あんことマスカルポーネ、そして白パンとの組み合わせ。
これもまたズルいなぁと思いつつ、また齧る。
「黒ごまあんぱん」をじっと眺めていたら、
俳優の酒井 敏也を思い出したのは何故でしょう(笑)。

店内のA看板に書かれたランチメニューに惹かれて、
今度はテーブルに座るひととなる。レジ横でセルフサービスするお水は、
滋賀県は大津の鉱山で採取される「岩清水」だそう。
パンの仕込み水に使用しているヤツのお裾分けみたい。

「いちあん」のランチは、
期間限定の季節のスペシャルプレートに、
「本日のパン」プレートが並び立つ。「春のスペシャルタルティーヌプレート」は百花繚乱。
いちあん自家製ドレッシングによる基本のサラダに、
ハーブソースのタルティーヌ、
オーガニックジンジャー&味噌ペーストのタルティーヌ、
自家製いちごジャムとマスカルポーネのタルティーヌ、の3タル(笑)。

白いんげん豆のサラダに無農薬野菜のピクルス等々に、
無農薬野菜のほっこりスープもついてくる。毎度いいなぁと思うのが、
杏仁的ジュレに促されてあんこの魅力が花ひらく「あんプリン」。
たっぷりバージョンにしてもらったコーヒーも旨い。

窓辺のカウンターに座っては、
「ポーチドエッグと野菜畑のパンプレート」。豆乳ごま味噌とフレンチ、2種類のドレッシングを添えた、
15品目のサラダが覆うプレートの中央に、
ポーチドエッグがお待ち兼ね。
ヘルシーなもののサラダばかりだと食べ難さも思わせるシーンに、
玉子のこく味はいいアクセントになるのですね。

期間限定のこちらは確か秋の或る日のことでしたか。
「あっつあつグラタンパンプレート」。グラタンポットにしたパンがでんとお皿の中央に鎮座。
自家製ドレッシングの定番サラダたちやピクルスに季節のデリ、
そしてあんこを使ったミニデザートが周囲を固める。
うん、いいね。

あ、そうそう、陽射しギラギラの真夏に訪れたなら、
やっぱりかき氷も外せない。
この日のかき氷は苺たっぷりの「ガトーフレーズ」だ。無農薬苺による苺ソースに苺のホイップ。
そしてカスタードソース的アングレーズソースと、
三層トッピングでぐいと迫る。
苺の香気を前面に酸味と甘みが交錯して、
スプーンの先をどんどん動かせと急かしてくるんだ(笑)。

そうそう、苺と云えば季節のパフェが、
「プレミアム苺」だったこともある。すわ、あんことイチゴの組み合わせかと思わせて、
カカオ風味だったりするのもまた愉し。
ああ、オヤジひとりイチゴのパフェを貪るは、パン店の片隅で(笑)。

航空記念公園信号から徒歩1分に、
自家製酵母ぱんと手づくりあんこの店「いちあん」はある。「いちあん」の「いち」は市川さんの「いち」。
「いちあん」の「あん」は勿論「あんこ」の「あん」。
ナチュラルにして実直な佇まいが、
命名のセンスにも現れているような、
そんな気がいたします。

「いちあん」
所沢市旭町27-23​[MAP]04-2941-6862
https://www.ichian.co.jp/

column/03836

元祖の味「田舎っぺ」北本店で肉葱饂飩茄子饂飩元祖の名に寄り添う武蔵野うどん店

埼玉県の中東部に位置する北本市。
それまで所縁のひとつもなかったので、此方のお店に足を向けたのがきっと、北本との初めての縁だったのでありましょう。
他に目的地が思い浮かばないので恐らく、鴻巣の運転免許センターに国際免許を取得しに出向いた流れだったではないかと思います。

免許センターから少し南下した国道17号沿い。
大型トラックも行き交う街道沿いに並べられた幟の向こうに、
「田舎っぺ」の文字が見えてきました。看板には「名物きのこ汁つけうどん 発祥の店」とあり、
平屋建ての店舗の真ん中には、
「元祖の味」と示す白暖簾が掲げられています。

外観に思うのと違った広々とした印象の木造りの店内。
天井高く、凝った意匠の造作もみられます。カウンターの左隅の丸太椅子の上をよくみると、
サンプルらしきうどん笊が載っている。
普通盛りと大盛りあたりのボリュームを直観できるように、
そう配慮したものなのだろうと推測します。

「目に言う」と題されたお品書きと一緒に
“全国七大うどんに選ばれた”ことへの感謝が綴られている。ここで云う”七大うどん”とは、
稲庭うどん(秋田)、水沢うどん(群馬)、みそ煮込みうどん(愛知)に、
伊勢うどん(三重)、讃岐うどん(香川)、五島うどん(長崎)、
そして武蔵野うどん(埼玉・東京)だ。

“名物”と肩書のある「きんぴら」を註文んでみたら、
割と大胆な太さに切られた牛蒡のそれがやってきた。ピリ辛にして歯応えの心地いいきんぴら。
そして、「ほうれん草」は、
武蔵野うどんの一部地域では”糧”とも呼ばれる定番のシンプル総菜だ。

紛うことなき武蔵野うどんの店であろう「田舎っぺ」ではあるけれど、 “肉汁”ではなく「肉ねぎうどん」としているところが面白い。してその実態は、正真正銘の”肉汁”うどんだ。

しなやかにして力強く量感がある饂飩がいい。力強いけれど、決して硬くは、ない。
硬いのをウリにするようでは、
武蔵野うどんを認識し損なうひとを増やすばかりなので、
その観点からも実に素晴らしい。

粉の甘いような風味もほんのりと感じられ、
豚肉の甘い旨味がそれを相乗して美味しがらせてくれる。蕎麦湯ならぬ饂飩湯を供してくれるのも、
真っ当なる粉を使っている誠実さがゆえでありましょう。
いやー、大団円、大満足であります。

残念ながら近場ではないこともあって、
それから一年半弱間が開いてしまった或る夏の日。
ふたたび国道17号線、中山道沿いにやってきた。すると、ちゃんと長方形のフォルムだった暖簾が、
擦り切れてボロボロになっていた(笑)。
生地の丈夫さにもよるだろうけれど、
「田舎っぺ」のうどんを求めて、
どれだけの数のひと達が暖簾を払ったのか、
想像に難くないところです。

案内されたカウンターの隅で厨房の様子を眺める。
左手の湯殿前では、湯気とともに立ち動く、
主人らしき方の逞しき背中が映る。厨房中央の棚には、ほうれん草の小皿や、
トッピングの葱、生姜、油揚げあたりの小皿がスタンバイしてる。

カウンターでのご註文は、なすセットにきんぴらとほうれん草。「きんぴら」は、如何にも使い込んだ大鍋から、
掬い上げるように届けられるのであります。

セットの葱、生姜、油揚げの載った角皿には、
東風吹かば匂ひをこせよ梅の花……の和歌が謡われている。武蔵野うどんの他店では、
陶器や漆塗りなどの鉢に盛り付けるところも少なくないけれど、
此処「田舎っぺ」では、笊に盛るのが仕来たりである模様。

やっぱり飾り気なく、実直な麺が素晴らしい。薄切りの茄子をたっぷりと浮かべた汁もいい。
そりゃ、豚バラ肉の肉汁と地粉うどんとの相性には敵わないけれど、
「なす汁」も旨けりゃ、きっと「きのこ汁」も美味しいに違いない。

ご馳走様と告げたお会計の際、
持ち帰り用うどんパックに囲まれた、
二枚のモノクロームが目に留まる。創業当時の様子を示すものなのでしょうね。

北本は鴻巣寄りの中山道沿いに、
元祖の味、武蔵野うどん「田舎っぺ」北本店はある。世に”元祖”と謳いつつも、
元祖としての本懐を失ってしまっている店は、ある。
どっこい、ここ「田舎っぺ」は、歴年の風格ある佇まいも然り、
ヴィヴィッドで誠実で、なにより美味しいうどんの味も然り。
“元祖”の名に寄り添う武蔵野うどんの店だと、そう思っています。

「田舎っぺうどん」北本店
北本市深井7丁目159-2[MAP]048-541-4137
https://inakappeudon.com/

column/03835

蕎房「猪口屋」で鴨焼き煮牡蠣だし巻き玉子辛味おろしざる佳いひる酒あります

“湘南”とは何処からどこまでを云うのか。
「ブラタモリ」だったか、そんなテーマのコーナーを設けた番組を観た覚えがある。
その定義は案外と簡単ではないようだけれど、茅ヶ崎がその範疇にあると多くのひと達が捉えているのは間違いなさそうだ。
そんな茅ヶ崎はJRの駅に降り立った春の或る日。
江の島や江ノ電沿線の海を訪れたことは何度あっても、ザ湘南のひとつの茅ヶ崎駅で下車することは、齢ウン歳にして初めてのことでありました。

サザン通り、なーんて商店街がある訳ね、とほくそ笑みながら(笑)、
ぷらぷらと海へ向けて通りを散策する。
途中で左に折れて、高砂緑地にある美術館に寄るのも悪くない。

お天気は残念ながら薄曇り。
海に出て、おのぼりさんよろしくヘッドランドの先端まで。正面にはあの、烏帽子岩がみえてきた。
砂浜の浸食を防ぐために作られたという通称T-BARは、
ハンマーヘッド(撞木鮫)の頭のような形をしている。

ヘッドランドビーチのデッキで暫くボーっとしてからやおら、
中学校の脇に沿って松並木の通りを辿る。松葉の向こうにある一軒家も、
この日の目的地のひとつなのであります。

満席のL字カウンターを横目に案内されたテーブル席に落ち着く。まずは渇望の麦酒を小さいグラスでいただいてひと心地。
窓辺のこの日品書きを眺めつつ、グラスを傾けます。

目に留まった「鱧の天ぷら」がやってきた。肉厚な小さな陶器に用意された梅肉をちょんと添えて、鱧を食む。
いいねぇ、あっさりとした滋味の鱧の身がふくよかに味わえる。

日本酒もいいけど偶には焼酎もいいねってな気分になって、
そば焼酎の「泰平踊り」を所望する。伊勢原の寿雀卵という玉子をつかっているという、
「だし巻き玉子」は、塩梅のいい出汁の加減のふるふる具合。
出汁と玉子の風味との均衡が嬉しくて、一気に食べてしまいます。
夜に来るとちょっぴりお安い「でし巻き玉子」もいただける。
はい、お弟子さんが巻くようです(笑)。

そして、蕎麦と饂飩の相盛りを「鴨汁」で。相盛りが故やもしれないけれど、
こんな盛り付け方も面白い。
蕎麦は、塩で食べたくなりそうな、
ささやかにでも確実に滋味と甘みがあるヤツ。
細くして弾性に頼れるうどんは、
つるんと滑る口当たりが艶めかしい。

鴨の汁も個性あるつけ汁であります。
鴨の胸肉あたりがゴロンと入った汁ではなく、
賽子状の鴨肉が入り、その脂が薬味たちと一緒に浮かんでる。うんうん、蕎麦湯を溶いて、
美味しく完飲してしまいます。

後日また、ヘッドランド近くのひる時にいた。
今度はカウンターの隅に陣取って、ふたたびの小さな麦酒。厨房の足場板のような渡し板に整然と載る器たち。
肉厚な陶器なぞを眺めては、
どちらの作家ものなのだろうかと訊きそうになる。
いやいや、落ち着け落ち着け(笑)。

そして、鴨が葱背負ってやってくる(笑)。「柿チーズ」はそのまんま、
庄内干し柿とクリームチーズの取り合わせ。
いいね、麦酒にも日本酒にも合いそうだ。

カキと云えばやっぱり、
「煮牡蠣」もいただかなければなりますまいて(笑)。
赤穂坂越の牡蠣が、丁寧に絶妙な加減で煮付けられてる。
こりゃやっぱり日本酒だ。これもまた、あれば註文みたいのが「白魚の天ぷら」。
小さな甘さがとってもふくよかな気持ちにさせてくれます。
燗のお酒は、純米生酛の「大七」あたりで。

お蕎麦は、辛味おろし付きのざる、なんて小粋な感じ(笑)。
うん、佳い蕎麦だね。お品書きの隅に書き示しているように、
大根おろしや山葵、葱といった薬味はもとより、
濃厚な出汁をとるために多量に節を使うつけ汁にも追加に料金が掛かる。
然るべきことでありますね。

調子に乗って「ミニカレーうどん」まで食べてしまった。スパイシーなカレーの風味の誘いに抗いがたく、
そんなワタシをお許しください(笑)。
辛さの中に酸味とフルーティーな甘さとがふつふつと含むカレーに、
気風のいいうどんがよく似合います。

蕎房「猪口屋」の平屋家屋は、
茅ヶ崎海岸のヘッドランド近くの松並木沿いに佇む。「猪口屋」の存在を知ったのは実は、
あの、神楽坂の石臼挽き手打ち蕎麦「蕎楽亭」のカウンターにて。
「猪口屋」店主の畠山利明さんは、
「蕎楽亭」マスターの長谷川健二伯の下で修業した後、
晴れて独立し、茅ヶ崎に店を設けた。
自らの個性を保ちつつも、
師匠やその店の凛とした佇まいを備えたいと、
日々蕎麦を挽き、出汁をひきしているようにも思えて、
また行ってひる酒したいなぁと、そう思うのです。

「猪口屋」
茅ヶ崎市東海岸南6-3-18[Map]0467-55-9688

column/03834

もつ焼「三四郎」でぬる燗もつ煮くりから焼き舳先形白木カウンターに溶け込んで

錦糸町駅の北側と南側。
どちらかと云えば裏側という印象だった北口側は、例えば、ご存じ日本酒居酒屋「井のなか」の店前あたりに立てばスカイツリーが眼前に迫る、という立地になった。
スカイツリーが近くにある景観の場所は数ある中で、南北に貫く道路越しに見通せるのは、錦糸町の北口界隈だけなのではないでしょうか。

対して錦糸町の南口。
昭和もぐっと古い諸先輩はきっと、
駅を背にして左側に思い出がある。
嘗てのレジャー施設「江東楽天地」には、
複数の映画館に遊戯施設、吉本興業系の劇場があったらしい。
キャバレーを含む飲食店や国営競馬場外馬券売場もあり、
天然温泉会館やボーリング場もある、
まさに一大レジャー施設であったらしい。

三業地だったという訳でもないのに、
なんとはなしに猥雑な雰囲気を思ったりもする、
錦糸町駅南口のマルイの裏手、
亀戸ぎょうざ錦糸町店の先に「三四郎」はある。向かって左側の暖簾の中がもつ焼きの焼き台の在り処だ。

「三四郎」の特徴のひとつが店内に鎮座している舳先形のカウンター。白木のカウンターの両の長辺をくの字にして膨らみをもたせた工夫。
それが共に囲炉裏を囲むような一体感を生んでいます。

まずは、焼き物と併せてぬる燗を註文めば、
越乃白梅の刻印のあるお猪口、徳利が早速やってきます。「もつ煮」もしくは「煮込豆腐」を同時にお願いすると、
スムーズにカウンターの空気と同期できて、良いでしょう(笑)。

数に限りがあることもあった必ず真っ先に註文に載せていたのが、
ご存じ「くりから焼き」。蒲焼とはことなる、ざっかけない、お気軽な串の魅力には、
しっかりと鰻の滋味と脂の甘さ、炙った香ばしさを含んでいる。

焼き台近くの壁に掛かるもつ焼きの品書きを示す黒札は、
右から「れば」「しろ」「なんこつ」「かしら」「たん」「はつ」。
どうやら「たん」や「はつ」あたりから、
売り切れ仕舞の札が掛かりはじめるようなので、
お求めの紳士淑女はお早めに註文したい(笑)。どうも、塩で註文むのが通、
であるかのような風潮があるような気がするけれど、
いやいやどうして、どちらかと云えば、タレの方が好みであります。

「いかわた」「いか納豆」なんてのもズルいなぁと思いつつ、
お願いしたのは何故か「まぐろヌタ」。ヌタのある酒場にちょっとした愛着を覚えるのは、
妙なことでありましょか。

その品札を読んで、嗚呼、駒形や飯田屋には、
随分とご無沙汰だなぁと思わせるのが「どぜう鍋」。
この下町チックな語感だけで一杯呑めそうな気がしてくる(笑)。土鍋玉子とじでも、泥鰌な気分ではない時には、
「にら玉」という選択肢もありかもしれません。

ぬる燗から離れて「焼酎ハイボール」へと変遷するのも悪くない。そうとなれば俄然、
油っ気のあるものも酒肴の選択肢に浮上してくる。
まるで唐揚げのようなフォルムの「竜田揚げ」を面白がったり、
「かきフライ」があるなら註文んじゃったりするよね(笑)。

錦糸町南口の裏通りに、もつ焼き「三四郎」はある。また今度も白木の舳先形カウンターの何処かにすっと潜り込んで、
カウンターの一員として溶け込んで過ごしたい。
定番の黒札から幾つか選んだらあとは、
店の各所に貼られた紙札から季節の酒肴をどれにするか悩みたい(笑)。
店名「三四郎」の由来についても訊ねなくっちゃだ。

「三四郎」
墨田区江東橋3丁目5-4[Map]03-3633-0346

column/03833

かんだ「やぶそば」で温燗練り味噌の昼下がり柱山葵穴子焼き牡蠣の南蛮鴨せいろう

云うまでもなく、火事・火災というのは恐ろしいものです。
子供の頃、家の近所にある盃横丁を何かの拍子に通った際に、火災で焼けてしまったスナックの店内を図らずも覗いてしまったことがあった。
黒く爛れて物品が散乱した様子は、子供心にも重たく見える、印象的な光景だった。
叔母には、火事を見るとおねしょするから気を付けてね、というようなことを云われた記憶がある。
きっと火遊びを戒めると同時に、大人にとっても火災というのは強烈なストレスを齎すものなんだということを示す言い伝えなのでしょう。

歩き慣れた築地場外もんぜき横丁の火災は、実に衝撃的だった。
沖縄のランドマーク、首里城が焼け落ちるシーンもまた衝撃的だった。
そして、戦禍を逃れ往時の佇まいを残していた、
「神田藪蕎麦」の火災もまた、
決して少なくないショックをもって衆目の知るものとなりました。

2013年2月の火災により店舗の1/3を焼失した「神田藪蕎麦」は、
一年半後の2014年10月、改築した新店舗で営業を再開した。再開当初は、待ち兼ねた贔屓筋から話題に肖ろうとするひと達まで、
沢山の来訪者で行列が続いたのも記憶に古くない。
程度の差はあれど、みんなきっと、
再興なって良かったね、との想いであったことでしょう。
流石にもう再興の賑わいは落ち着いたであろう頃、
ひる下がりの淡路町を訪ねました。

新しいけれど新しさを思わせない、
そんな工夫が随所にあるような気もする、
そんな佇まいをしばし眺めて後、
おずおずとアプローチを辿る。

玄関ホールの壁には、
【やぶのれんめん】と題したパネルが掲げられている。
かんだ藪蕎麦は、今の五代目で100年を超える老舗であり、
さらには初代が「藪蕎麦」の屋号を譲り受けた、
「駒込団子坂藪蕎麦(蔦屋)」の創業まで遡れば、
時は徳川家斉の時代になるという。パネルが伝える【れんめん】は、額装の絵にも現わされていて、
「駒込団子坂藪蕎麦」から「神田連雀町藪蕎麦」、
そして今の店へと続く連綿を時代々々の情緒とともに示しています。

広い店内を見渡して、その時の気分で席を選ぶ。
空いていれば席を指定せず、
お好きなところへどうぞとされるのが、好き(笑)。
「やぶそば」の客席を巡るお姐さんたちの中には、
コントロールフリークにも映る方はおられません。

テーブル席に着いたなら、
思わず麦酒と云いそうになるところを抑えて、ぬる燗を註文む。日本酒は、菊正宗特撰、一本槍。
お銚子に特製「ねりみそ」が添えられるのが、
呑兵衛心の出鼻を擽るのであります。

時季により変化する酒肴の中から、
冬場なら青柳の「柱わざび」が、いい。軽やかに揚がった「季節の天ぷら」の中に牡蠣を見付けて、
ニンマリするのもまた、いい(笑)。

いらっしゃいぃーーー。
ありがとー存じますぅーーー。
せいろーいち枚ぃーーー。
麦酒一杯ぃーーー。
お発ちでございますぅーーー。
フロアを行き交うお姐さんたちの、
いーーーー!
という澄んだ声と調子もまた「やぶそば」の特徴ですね。

小さく手を挙げればすぐに、
はい伺いますぅーーと席まで来てくれる。
「鴨せいろうそば」がやってきました。翡翠色、というよりは、
明るく渋い鶯色の蒸篭の蕎麦。
蕎麦粉十割の新進の求道系とは違う、
老舗の風格がじわじわと伝わってきます。

およそ裏を返すように訪れた冬の或る日。この看板も火災の難から逃れたものなのだろうかと、
玄関上を見上げながら店内へと進みます。

口開きはやはり、
菊正宗のぬる燗と「ねりみそ」のコンビに委ねる。小上がり席をふと見れば、
ひとりひる酒を嗜むご同輩の朗らかな背中がありました(笑)。

「ねりみそ」に続くお銚子のお相手に「牡蠣の南蛮漬け」を。硬く縮まないようふっくらと火を入れた牡蠣が、
こっくりとしたたれを纏って、
いやはや、ズルい酒肴に仕上がっています。

やぶ印の七味竹筒と一緒に届いたのは、ご存じ「天ぬき」。汁っぽい酒菜が気分な時には特に、
お望みに適う器であります。

同様にちょっと脂っけある酒菜が欲しい時に最高なのが、
冬場も旨い「あいやき」であります。上等な合鴨肉と根深(長葱の別名)をその鴨の脂で焼いた逸品。
柔らかな合鴨の脂の甘みは、葱にもいい具合に沁みています。

「せいろうを一枚」と、そうお姐さんに告げて、
せいろーいち枚ぃーーー!をそっと聞く。蒸篭に添えてくれる辛汁は、
決して過ぎない円い甘みと角のないすっきりとした醤油が印象的だ。

そんな辛汁の残りへと注ぐ蕎麦湯は、
わざわざ仕立てたものではなさそうな真っ当なもの。蕎麦湯を愉しみ乍らふと空っぽの蒸篭の縁が目に留まり、
竹簾を湾曲させているのに気が付いた。
水切りをよくするための工夫なのでしょう。

どふいふ訳か此方に足が向くのは冬ばかり。
或る冬の日のひる下がり、
蕎麦前には質実正統なところから選んでみようと思い付く(笑)。小田原産の極上蒲鉾との説明を読むと、
あー鈴廣のものなのだろうなーと皆が思い付く。
焼き海苔は勿論、火種を潜ませた海苔箱でやってくる。
初めてこの箱を目にしたのは、
今は移転してしまった森下の「京金」だったことを思い出します。

ここですっと気になっていた「あなご焼き」をいただく。酢橘をささっと搾って、端から口に含んでみる。
うんうん、炙った周囲の皮膜や香ばしく、
穴子の滋味をあっさりと堪能出来ます。

そしてお待ち兼ねの「牡蠣そば」。決して大き過ぎない牡蠣の身に優しく熱を入れた気配のする。
生の牡蠣も悪くはないけれど、やっぱり火の入った牡蠣が、旨い。
そんな牡蠣の旨味をやや濃いめの甘汁がグイッと後押ししてくれます。

フロアの要に歴とした帳場があるのも、
「かんだやぶ」が「かんだやぶ」であるところ。縦横無尽にフロアを行き交うお姐さんたちにそっと目配せするのも、
どうやら帳場の役割のひとつであるようです。

戦禍を逃れた神田連雀町に「かんだやぶそば」は、ある。火災に見舞われようとも、それを機会にビルにするようなことなく、
旧来の佇まいを保とうとする心意気が清々しい。
この情緒と老舗の味を堪能しにまた訪ねたい。
ゆるっとした雰囲気漂うひる下がりが、やっぱりいいですね(笑)。

「やぶそば」
千代田区神田淡路町2-10[Map]03-3251-0287
https://www.yabusoba.net/

column/03832

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