釜揚げ「牧のうどん」本店で湯上りの艶かしく火照ったごぼ天うどん侮り難し

それは確か、二度目の居酒屋「さきと」をどっぷりと堪能して、大満足のまま屋台のラーメンも食べずにホテルへ戻ったその翌日のこと。
いまの福岡県飯塚市生まれだという井上陽水が、2ndアルバム「陽水II センチメンタル」に収録した「能古島の片想い」を突然思い出す。
そうだ能古島へ行ってみようと思い立ち、レンタカーを借りて姪浜渡船場へ。
能古島の船着き場周辺を徘徊して、小魚料理「雑魚(ざっこ)」で刺身や煮付の定食を美味しくいただいた。

フェリーでふたたび姪浜へ戻り小休止。
お腹が熟れてきたところでふたたびレンタカーのハンドルを握る。
着いたのは福岡の西方、糸島市神在。
JR筑肥線「加布里駅」から徒歩10分の場所だ。

頭上に羽釜らしきフォルムのオブジェを頂いた自立看板が迎える。
サインが示すは「牧のうどん 加布里本店」。 駐車場の隅にある看板では「牧のうどん」の店舗網を案内している。
福岡の近郊・郊外に20店舗弱が盛業中だ。

平屋建ての建物にぐるっと鉢巻き状に看板を回した佇まい。入口引き戸の脇に提げた赤提灯でも”釜揚げ”を明示している。
大きな羽釜でゆったりとうどんを湯掻く様子が脳裏に浮かびます。

おひとりさまはきっと、カウンターの椅子に座って、
そんな羽釜から上がる湯気を眺めるのがよいかもしれないけれど、
広々とした座敷に誘われて思わず上がり込む。鉛筆を差し立てたクリップには註文を書き込む用紙が挟まれている。
あれこれ組み合わせて、ずらっと並んだメニューが迷わせる。
卓上の器にたっぷりと盛られた刻み葱もホレまだかと急かせます(笑)。

ぐるぐる迷ったものの、
ここは素直に「ごぼ天うどん」と参りましょう。成る程、まさに今湯から上がったばかりであるかのように、
火照って艶かしいうどんの肌艶がぐぐっと誘う。

中途半端な時間帯にお邪魔したためお客さんは少なめだったけれど、
お願いしたどんぶりは想定外に素早くやってきた。
この太めの麺を註文を受けてから柔らかく湯掻いていたら、
こんなに早くどんぶりを届けることは難しいよなぁと思っていたら、
どうやら、客の多さに関わらず、常に麺を茹で続けているらしい。
ロスが心配になっちゃう一方で、
それだけお客さんが回転しているのだろうとも思う。

お待ち兼ねの刻み葱をたっぷりと中央に載せれば、嗚呼、美しい。ごぼ天は、カリッとしっかりした衣の中から、
牛蒡の歯応えと独特の風味が溢れ出す素朴な逸品だ。

うどんはと云えばやはり、ムニュムニっとして芯が熱く、
想像通りに艶かしく、ひと肌感がぐいとくる。
柔らかさは確かに一瞬伊勢うどんんも想起させるけど、
嫋やかなだけでない量感がいい。
釜揚げのまま水で締めないからこその個性なんだろね。出汁のよく利いた薄口のツユとの相性もよろしく、
あっという間に完食・完飲してしまいました。

福岡のうどんの三大チェーンのひとつと云われる、
釜揚げ「牧のうどん」加布里本店へやってきた。本店から1時間半以内で移動できる場所に絞って出店しているのは、
生地の質とスープの風味旨味が保持できる範囲に、
テリトリーを限定しているかららしい。
福岡のうどんチェーン侮り難し。
頑張れ、負けるな、武蔵野うどんの店たちよ(笑)。

「牧のうどん」加布里本店
福岡県糸島市神在1334-1 [Map] 092-322-3091
https://www.makinoudon.jp/

column/03809

かつれつの老舗「勝烈庵」馬車道総本店で弾ける旨味牡蠣フライ勝烈定食棟方志功

関内駅の北側、吉田橋からJRのガードを潜って進み、尾上町通りを渡り横切れば、そこが馬車道。
通りの名前”馬車道”の由来は、幕末に横浜港が開港し、外国人居留地が関内に置かれたことに遡る。
その関内地域と横浜港とを結ぶ道路として開通したこの道を外国人は、馬車で往来していたという。
当時の人々にとってその姿は非常に珍しくて、「異人馬車」等と呼んでおり、いつしかこの道を「馬車道」と呼ぶようになったらしい。

そんな馬車道から一本東側の筋と常盤町通りの角に立つ。石標には「六道の辻通り」と刻まれている。
「関内新聞」の考察によると、仏教用語でいうところの”六道”とは、
迷いのあるものが輪廻転生する世界、
「天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道」の六つを云うが、
開港以来このあたりに寺院が建っていた記録もなく、
六地蔵など仏教とは無関係であり、
明治から大正にかけて、実際に六差路が近隣に存在し、
“六道の辻=六叉路”から名付けられたものであるという。
六叉路は、1923年の関東大震災後の区画整理により廃止されたが、
その六叉路があったのは、この石標が立つ交叉点ではなく、
今の博物館通りと入船通りの交差するところにあったのではないか、
とある。

へーそうなんだ(笑)と思いつつ、
その石標の交叉点角地に佇む建物を見遣る。厚みのある梁を意匠に取り込んで、
目地を通した白い外装に木のルーバーを配したモダンな造り。
そこへ大きな提灯を吊り下げているのが、
かつれつの老舗、浜の味の「勝烈庵」だ。

冬場に此方にお邪魔したならばやっぱり、
牡蠣フライと註文の声を挙げない訳には参りません。牡蠣のエキスをひと雫も逃すまいと包み込んだ衣は深い狐色。

火傷に気をつけつつそっと齧れば、
待ち構えていたように弾ける牡蠣の旨味、風味。なははは、堪りません(笑)。
刻んだ青菜(?)を混ぜる、自家製タルタルマヨネーズも面白い。

さてさて「勝烈庵」通年の定番といえば例えば、
「勝烈庵定食 ヒレカツ」120g。
誘惑に抗えずに単品の牡蠣フライを添えてしまいます(笑)。油鍋に向き合う白木のカウンターでは、
串を刺して揚げている様子が見られるヒレカツ。
ハムカツのような四角いフォルムが面白い。
ヒレらしく、さらっとした軽い食べ口で口福を満たしてくれます。

二階席への階段の踊り場の壁には、
棟方志功と勝烈庵と題する一文が額装されている。Webサイトによると、勝烈庵の先々代当主が棟方画伯と交流があり、
その縁で暖簾にある店名書体を揮毫したのが画伯であり、
度々カツレツを召し上がりに勝烈庵にいらっしゃった棟方画伯は、
横浜にちなんだ作品もたくさん残しているという。
棟方志功の揮毫は、箸袋にも力強くかつ軽快に店名を躍らせています。

「ロースかつ定食」「上ロースかつ定食」や「一口かつ定食」、
「海老フライ定食」「盛り合わせ定食」といった定番定食以外に、
“こだわりのロースメニュー”と冠した一群がメニューにある。「山形の銘柄豚 金華豚」のお皿は、実に率直なひと皿。
成る程、脂身の甘さが嫌味なく解けて旨い。

方や「やまゆりポーク」は地元神奈川県の銘柄豚であるという。横浜市内や藤沢、平塚辺りに生産者がある模様。
蒲田の「丸一」や「檍」のように大胆に厚切りにすることもないので、
目を瞠るようなものではないけれど、じわじわ旨いとんかつだ。
卓上の「勝烈庵ポン酢」が案外よく似合います。

馬車道近く六道の辻の石標の交叉点に、
浜の味にしてかつれつの老舗「勝烈庵」馬車道総本店ある。1927年(昭和2年)創業の「勝烈庵」の発祥もやはり、
横浜が開港し関内に外国人居留地が置かれたことが源泉であるらしい。
Webサイトには、外国人コックが居留地関内にもたらしたカツレツを、
初代庵主の工夫で独特の和風カツレツとして完成させました、とある。
カツレツに勝烈の文字を充てた庵主のセンスを微笑ましく思います(笑)。

「勝烈庵」馬車道総本店
横浜市中区常盤町5-58-2 [Map] 045-681-4411
http://www.katsuretsuan.co.jp

column/03808

御膳處「柚」で鰈の煮付手羽大根粕漬目抜け粕漬焼鯵フライ日替り御膳に定番四品

ウン十年も八丁堀をうろうろしていると、界隈の飲食店たちの変遷を図らずながらも目の当たりにすることになる。
同僚たちの間で懐かしく話すのは、焼肉「梨の家」がテナントしているビルか「小諸そば」の建物の辺りにあった「さがみや」。
フライものなんかも得意な旨くて勢いのある定食を供してくれるいい店だった。
それ以外にも、現在ファミリーマートがある場所にあった鰻屋「大島屋」や今の「鳥元」の入るビルにあった日本料理「あわや」にもちょこちょこお邪魔したことを思い出す。

市場通りに面した焼肉「梨の家」の左脇の横丁を入ると、
そこにも永らくお世話になっている一軒の暖簾がある。ビルの高さに囲まれて、ほとんど陽の射さないと思われる場所に、
ファサードに木々を添えたオアシスが、御膳處「柚」だ。

外観と同様に落ち着いた和の風情が何気に小粋な店内。昼御膳は、定番の四品に日替りの御膳。
日替り膳は水曜日のみ焼き魚で、
煮魚膳も日によって魚が変わる。

或る日の煮魚膳はカレイの煮付け。こっくりとした味付けの煮汁に鰈の身がとろんと解れる。
鰈の旨味と香りが豆腐にも沁みているようで、いい。

或る日の日替り膳は、手羽と大根の粕煮。
粕煮なんて絶対にズルいに決まっていると、
斜に構えつついただけば、やっぱりズルい(笑)。
酒粕の旨味や風味が鶏肉を柔らかく包んでくる。毎水曜日の焼き魚では例えば、目抜けの粕漬け。
酒粕がホイル焼きにも能力を発揮するのはご存知の通り。
魚の白身に独特の香りと甘みを添えて、
こりゃまたズルいちょっとした逸品に仕立ててくれています。

またと或る日の日替り膳は、
定期的に供されて人気のアジフライのタルタルソースがけ。惜しみなく!とばかりに掛け載せられたタルタル。
カタチ麗しく揚げ立ての鰺フライとタルタルのコンビが、
美味しくなかろう筈もない。
これはこれで、ズルいよね(笑)。

そして或る日には、定番のひとつ「わっぱめし」。正円の曲げわっぱに盛り込んだあれやこれやの具材たっぷり。
わっぱの大きさの割に具沢山ゆえの食べ難さもあるものの、
さっぱりとしたおひるにしたい時の選択肢のひとつだ。

またまた或る日には、これまた定番の「鮪ゴマだれ丼」。熱々ふるふるの茶碗蒸しからいただくのがお約束。
出汁に溶いた胡麻ペーストのコクを纏った鮪の切り身が旨い。
錦糸玉子の合いの手もなかなかです。

別の或る日にはこれまた定番の「ねぎとろ丼」。
鮪のすき身が躊躇いもなくたっぷりと載せられ、
万能葱の緑と鶉の玉子の黄色がそれを飾る。
ねぎとろって時々貪るように食べたくなるけれど(笑)、
そんな時に最適な定食だ。ちなみに、店の名を冠した「柚御膳」は、
穴子とイクラのミニどんぶりにサラダ、茶碗蒸し、
小鉢に甘味の御膳であります。

御膳處「柚」もまた八丁堀の横丁にずっとある日本料理店。店名「柚」は、柚子好きな先代がそう名付けたそう。
店名が「柚」なので、柚子皮や柚子の実を使った料理ばかり、
なーんてことは決してない(笑)。
「今日の日替り御膳は何かなぁ」なんて呟きつつ、
これからも時折お邪魔したい。
未だ覗いたことのない二階席にも寄ってみたいと思っています。

「柚」
中央区八丁堀2-21-9 [Map] 03-3551-5522
http://tokyo-yuzu.com/

column/03807