Bar「梅邑」で沼津の商店街の奥に潜む開業半世紀のバーの暗がり解れる気持ち

ありそうでなかなかないのが、三島とか沼津に泊まるという機会。
伊豆半島つけ根東側に位置する熱海は、随分廃れたと云っても観光地温泉地として周知であるのは間違いないし、団体客から個人客向けへとシフトして頑張っているお宿もきっと少なくない。
対して、西側の沼津は、「丸天」をはじめとした沼津漁港の飲食店街も魅力的なのだけれど、目的地というよりはやはり、西伊豆への玄関口というか、経由地としての印象が強い。

そんな沼津に初めて泊まった夜のこと。
彷徨い歩いて見付けた焼き鳥店で、
日本酒でひと通りをいただいたほろ酔いの足でまた、
風の冷たい裏町を徘徊していました。上土(あげつち)界隈の沼津銀座通りと呼ぶらしい、
ひと気疎らな通り沿いでふと立ち止まったのは、
「アイデアの料理」というショルダーフレーズを謳う看板。
その横を何気に眺めると、
何処かで読み聞きしたような名のバーの灯り。
「梅邑」というのは此方にあったのですか。

ゲートを潜るように看板を頭上にし乍ら、
狭く古びた通路を恐る恐る奥へと進みます。Bar「梅邑」の看板を前に一度立ち止まるも、
その奥の暗がりが気になってもう少し歩みを進めたものの、
バーという肩書きのスナックを思う「ナミ」の跡があるのみでした。

踵を返してふたたび「梅邑」の前。
バンガロー風の扉の中央に手彫りの表札。
此方も此方でなかなかに入り難い(笑)。ええい儘よ!ってなノリで勢いつけて扉を開ける。

扉の中には早速、バーカウンターのある光景を想定していたら、
ひと気のない狭い空間に拍子抜け。二階への階段が、
「梅邑」のカウンターへの第二のアプローチでありました。

やっとのこと(!?)で辿り着いたカウンターは、
彫刻でデザインの施され、きちんと真鍮のバーを渡した正統派。ただし、暗がりに眼が慣れるまで一定の時間を要することでしょう。

バックバーにはぎっしりとボトルたちが犇いてる。
積年の澱のような気配を漂わせつつも、
ボトルの手入れに抜かりはないようです。およそ正面で目に留まった、
「ROYAL LOCHNAGAR」をロックでいただきました。

店で一番奥まった、バックバーの左最上部をふと見上げると、
銅を織り上げたかのような色合いの特異な形状のボトルが、
列を成している。マスターに訊ねると、ああ、ジム・ビームのボトルですと仰る。
どうやら1976年にリリースされた、
限定版のvintage decantersシリーズであるらしい。
バカ高いものではないようだけれど、
あんなボトルから注いだジム・ビームも一興に違いないと、
そんな風に思いながら、
暗さに慣れてきた視線で見上げるのでありました。

もう一杯だけと選んだのは、
お久し振りの「CAOL ILA」12年。久々に舐めるカリラはやっぱり、
“アイラ海峡”の味わいがしました(笑)。

沼津の上土界隈に開業から半世紀のBar「梅邑」がある。マスターの枯れてより柔和な雰囲気もまた、
傾けるグラスとともに気持ちを解してくれる。
今度お邪魔した時は、
スタンダードなカクテルをいただきたいと思っています。

「梅邑」
沼津市上土町50 [Map] 055-963-0248

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鳥割烹「末げん」で老舗の風格滲むかま定食何れがから揚げかたつた揚げか

新橋駅西側の広場と云えばそれはそのまま、新橋西口広場。
おひる時、新橋駅の日比谷口からSLの黒塗りの体躯を横目に広場を横断していると、突如として汽笛が鳴ったりして一瞬ドキリとしたりする。
展示されている蒸気機関車は、プレートによるとC11という形式である模様。
これと同じ形式の機関車が今も、大井川鉄道を走る現役であるって、なかなか凄いことだと思うのであります。

ニュー新橋ビルを左手にし乍ら通りを渡り、
ひょいっと覗き込んだ横丁を往けば、
ご存知烏森神社の参道を横から入る格好になる。かきフライ定食が懐かしい「和楽」や、
過日伺った小さな割烹「山路」等々、
気になる飲食店が犇く横丁の入口脇にあるのが、
これまた周知の鳥割烹「末げん」であります。

プラスチックのクリップを脱いだ靴に留め、
それと同じ番号の札をポケットに納めて、
右か左かの座敷へとご案内いただきます。

ご註文を伝えて暫しの後、お運びいただいたのは、
三品のランチメニューの内のひと品。それは「末げん」独特の仕立てと呼び名を持つ「かま定食」だ。

鳥のひき肉と特製の鳥だしのスープを玉子でとじた、
というメニューの説明を読めば、
まさしく成る程その通りの親子丼。そうは云ってもそこは鳥割烹。
1909年(明治42年)創業の老舗の風格が一杯のどんぶりにも自ずと滲む。
あくまでふんわりとした玉子の仕上がりの中に、
丁寧にひいたであろう鳥スープと挽肉の旨味が着実に潜みます。

ランチ三品のもうふた品は、いずれも鳥肉を揚げたもの。
自慢の特製タレにからめて丁寧に揚げたと謳うは、
その名もそのまま「から揚げ定食」。揚げ立ての鳥にハフホフと噛り付けばもうそれは、
美味しからぬ筈のない。
独特の赤みを帯びたような揚げ口には、
片栗粉を纏ったような芳ばしさがふんだんにあり、
それもまた魅力の一端であると思うところであります。

片栗粉を塗して揚げてあるのだとすると、
「唐揚げ」というより「竜田揚げ」と呼ぶ方が、
より相応しいのではないかと思うところ。
「末げん」には別の「たつた揚げ定食」があるのである。メニューには、鳥肉をミンチにし薬味を加えて揚げております、とある。
挽き立てではないかと思わず思わせる鳥ミンチがホロホロと美味い。
パサつきそうな気配を衣のコクが包み込んでいい按配。
例によって、お醤油垂らしていただくのが好みです。

烏森神社のお膝元に佇む、
創業百余年の老舗鳥割烹「末げん」。メニューをひっくり返して裏側を覗くと、
店名の由来についての行がある。
戦前には名代の鳥料理番付の中でも「大関」とまで評された、
今はなき日本橋「末廣」。
その分れの当店は「末廣」一字「末」をいただき、
それに初代「源一郎」の「げん」を合わせ「末げん」とした、と。
さらには、創業より数多くの著名人に愛されたことに続けて、
三島由紀夫が最後の晩餐を饗したことでも知られると、
そう記されています。

「末げん」
港区新橋2-15-7 Sプラザ弥生ビル1F [Map] 03-3591-6214

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