「和食割烹小料理あれこれ」カテゴリーアーカイブ

おでん軍鶏鍋「鯔背や」でおまかせの正しきおでん三品から親子丼にタマ軍鶏らーめん

所沢駅の西口から北西方向に斜めに伸びるのが、所沢プロペ商店街。
日本の航空発祥の地と云われる所沢の中心駅のメイン通りがゆえに、「プロペ」という呼称は、プロペラ機のプロペラに由来するものと思い込んでいました。
ところが商店街のWebサイトによると”躍進・推進を意味する「プロぺル」から由来、航空発祥地をイメージ化”とある。
名称案のフックはきっと”プロペラ”なのだと推察されるものの、公式には”プロペル”が由来だなんて、まったく知らんかった!
商店街の往来の中の何人がそのことを知っているのでしょう(笑)。

とても残念なことに、
何処かで見たようなチェーン店の看板が並ぶ所沢プロペ商店街。
そんなプロペ通りの出口辺りから右手の脇道に逸れ、
川越方面へと向かう西武新宿線の踏切を渡り、
池袋線の線路とで区切られた放射状の住宅地を往く。

と、県道が新宿線を渡る七世橋の近くに看板の灯りが燈る。それは確か2017年の初夏の候。
開店を祝う花が店先に飾られている。
灯りにそしてその佇まいに吸い寄せられるように暖簾を払いました。

引き戸を入って左手に厨房に向き合うカウンターがあり、
右手には二卓ほどのテーブルが配されている。奥には座敷の用意もあって、
ちょっとした宴会にも対応できる設えになっています。

少し早い時間帯に訪ねると、
女将が認めた品札を乾かしているところだったりする。
素人はだしのなかなかの書を拝むにつけ、
お店の看板や暖簾の実に味のある揮毫も女将の筆によるものだと、
自ずと推察できてしまいます。然らばその「ふき煮物」を所望いたしましょう(笑)。
成る程、出汁の良さがしみじみと伝わる佳肴であります。

厨房のど真ん中に鎮座するのが勿論おでんの鍋。
沸き過ぎないよう管理されているであろう汁の湖面は、
穏やかでそしてとても澄んでいる。客席には「おでんご注文票」が準備されていて、
おでんの具の種類やそれぞれの値段も判り、明朗会計(笑)。
もっとも、鍋を覗き込んで註文するか、
おまかせ3品から始めることがほとんどですけどね。

おでんと云えばやっぱり大根は欠かせない。
澄んで旨味を湛えた汁を按配よく煮含んだ大根が、
美味しくない訳がない。厚みも嬉しい上はんぺんがいい。
生揚げがんもにもたっぷりと汁が沁みて、
火傷に気を付けつつ齧る瞬間が幸せだ。

気分によっては、いきなりおまかせ5品という手もある。
手作り風のいわし団子なんてのもオツなもの。蔵との直接の取引にも強い街の酒屋連携するなどして、
日本酒の品揃えにも努めて精力的な女将ゆえ、
タイミング次第で色々なお酒が愉しめる。
地場の酒のひとつとも呼びたい「秩父錦」もある時にはある。
そうそう、おでんの汁そのものが十分につまみになる。
おでんの汁をつまみに冷や酒のグラスを傾ければ、
一端の呑兵衛気分全開となるのです(笑)。

トマトのおでんと云えば、
嘗て銀座一丁目にあった「よしひろ」で初めて食べたことを思い出す。出汁の旨味にトマトが持つ旨味や甘さが重なって、
酸味も美味しさを引き出してくれるのです。

「おでんご注文票」には、「すじ」と「牛すじ」とがある。
居酒屋で煮込みでもよくお目にかかる、あの牛スジが、
竹串に刺した仕立てた姿でお皿に載ってくる。ちなみに「スジ」は、練り物のスジ。
紀文のWebサイトには、
サメすり身を生産する際に裏ごし機で除かれた、
すじや軟骨で作られる練りもので、
軟骨のコリコリとした食感と、
すじ(コラーゲン)のもちもちした食感が同時に楽しめます。とある。
これも関西にはないおでん種なのかもしれません。

「鯔背や」には、おでん以外の酒肴たちも色々とあって、
例えば「生姜天焼き」のもっちり芳ばしさもなかなか佳い。新潟・長岡発祥と聞く「栃尾揚げ焼き」も良いけれど、
もしも女将の手が空いていそうだったら、
「だし巻き玉子」を註文むのも一興。
出汁巻きといっても玉子焼き寄りの甘めに仕立てるのが、
鯔背やの流儀なのであります。

その「だし巻き玉子」の品札の並びに、
“タマ軍鶏”テーマの三行がある。
“彩の国地鶏タマシャモ”は、
坂戸市、深谷市、川越市、秩父市と、
埼玉県内限定の飼養地から届く地鶏であるらしい。へー、埼玉にも地鶏銘柄があったのね、なんて云いながら、
厨房から受け取った親子丼を口にして、あらまびっくり(笑)。
なかなかどうして、美味しいではありませんか。
玉子はタマ軍鶏ではないとのことなので、
割り下のスープとタマ軍鶏の身から滲み出る滋味、
そして玉子の仕立て具合との合わせ技なのかもしれません。

親子丼に負けず劣らず出色なのが「タマ軍鶏らーめん」。タマ軍鶏のガラから採ったスープを塩胡椒仕立てにして、
シャモの身やたっぷりの三つ葉を頂いて。
おでん屋の暖簾を払いながら「女将、らーめん!」と云い放つ、
そんな日もそう遠い日でないような気がします(笑)。

所沢は旭町の住宅地に灯りを燈すおでん軍鶏鍋の店「鯔背や」。“鯔背”と店の名に冠する女将の気風や佳し。
ありそうでなかなかないのが、
正しきおでんで一杯呑れる近所のお店。
それがあるというのは幸せなことなのでしょう。
タマ軍鶏鍋を囲む機会もあればなぁと思案しているところです。

「鯔背や」
所沢市旭町15-3 メゾン所沢101 [Map] 04-2991-1738

column/03795

麺屋「月日草」でチーズ長芋焼キャベツロールサラダ庭採れ野菜日替りのお惣菜ランチ

岐阜駅に降り立つひと達はほとんど、広々とした北口のペデストリアンデッキに出るのだと思う。
「杜の架け橋」と命名されたというU字型の歩行者用デッキから真っ直ぐ地上に降りて、バスターミナル脇の広場に立つ。
信長ゆめ広場と呼ばれるその広場に堂々と立つ、黄金に輝く御仁のご機嫌を真っ先に窺うのが、岐阜を訪れた際の慣わしとなっています。

岐阜駅北口から広がる岐阜の街は、
左右にも広くそして奥行きもある。
中華そば「丸デブ」総本店のある柳ヶ瀬通り界隈や、
岐阜タカシマヤ辺りまでなら軽く歩いて行けそうに思うも、
真夏の炎天下に歩いて、ぐったりしたことを思い出す。

タカシマヤが接する平和通りから大通りで西に二本目が岐阜西通り。
南北に走るその通りと正に東西に交叉するのが岐阜東西通りという。
その交叉点近くの舗道を歩きながらふと、
道路際に建つ一軒の住宅の庭先をフェンス越しに眺めました。手入れの行き届いた家庭菜園。
どこか雅で趣のる鶯色の壁に葦の簾の日除けが掛かる。

路傍の花も絵になるお宅に白い暖簾が掛かっている。暖簾の脇のA看板を確かめると、
日替わりのランチメニューの手書き文字だ。

暖簾を払って恐る恐る部屋内へと闖入すると、
快活なる小母様が迎えてくれる。窓際のカウンターで改めて品書きを覗き込む。
その日のお惣菜メニューは同じで、
うどんとご飯の組み合わせにより、
月ランチと日ランチ、草ランチとが選べる仕組みだ。

届いた膳に思わず、破顔一笑。
綺麗に並べられたお惣菜たちの彩りが、
なんとも嬉しいじゃぁありませんか。唐揚げにフリッタータ的なチーズの長芋焼きがいい。
屹立した西瓜は、今年初めてかもしれないけれど、
後でね、などと呟きつつ(笑)。

肉厚な隠元にベビーキャロットを添えて。
それは一味を降りかけたマヨネーズでどうぞ。茹で玉子などなども添えられた小皿のキャベツロールサラダ。
ちょっと火を通すことでぺろっと食べられるようになっていて、いい。

まだ肌寒い日だったので、温かいのを選んだおうどんには、
たっぷりしたきつねが載ってきた。恐らく手打ちと思ううどんそのものには特段の特徴はないけれど、
何故だかなんだか和む一杯でありました。

雨模様の中ふたたび訪れる機会があって、
今度は厨房寄りのテーブルに席を得る。正面に見据えるは、なにやら厳つい金庫風の黒い扉。
女将さん曰くは近くの東海銀行の支店から譲り受けたものだそう。
部屋への扉ではなくて、中は棚になっています。

この日の日替わりのお皿は、
肉ごぼうに玉葱ステーキなどが載る、より素朴系のライナンプ。ロールキャベツは、サラダ仕様ではなくて、
ケチャップちょん載せの正統派ロールキャベツ。
小さめ一個のロールキャベツがサイドメニューって、
何気に嬉しくありません(笑)?

冷たいうどんをお願いしたら、それは氷を添えてやってきた。やっぱりうどんそのものには特徴ないので(すいません)、
お惣菜+ご飯の「草ランチ」に赤出汁味噌汁を添えてもらう、
なんてのもよいかもしれません。

黄金なる信長像見守る岐阜駅北口から岐阜西通りを往く。
都通界隈の一隅に麺や「月日草(つきひそう)」の家はある。月日の経った旧い家で、庭先で野菜などを採っている。
そんなところからお店の名前を付けたのだそうです。

「月日草」
岐阜市都通4-12 [Map] 058-377-0023

column/03794

割烹「千代娘」で公魚南蛮漬八幡巻ぐじ焼鰆フライ熱燗千代娘路面電車の走る街

路面電車の走る街はいい街だ。
初めて豊橋を訪れた際には、炎天下に駅の西口界隈をうろうろしただけで移動してしまい、東口駅前で路面電車が発着していることを知りもしなかった。
東海地方で路面電車が走るのは、豊橋が唯一であるようで、そんな点からも貴重な軌道と云えるのかもしれません。

カルミアという駅ビルを抜けてデッキへ出ると、
眼下に路面電車 豊橋市内線の駅前駅に停車している車輌が拝める。
駅前の大通りを歩いていると、
ゴゴゴゴとレールを軋ませて電車がやってくる。あれ?おでんしゃ?
どうやら冬場にのみ運行する、
ビール飲み放題・おでん・弁当付の”走る屋台”であるらしい。
おでんしゃの昼便なんてのもいいかも思いつつ、
その背中を見送ります。

駅前の大通りを北側に離れて、飲食店街を辿り、
誘われるように斜めに交叉する道へと逸れて進む。
すると懐かしき風情のうどんそば処「勢川 本店」前に出る。

目的地はその「勢川」の左手の脇道を入ったところにある。暗がりにここにあるよと灯りを点す割烹「千代娘」。
暖簾に掲げた家紋は、矢尻付き三本違矢でありましょか。

メニューが経木に筆書きされるだけで妙に嬉しいお年頃(笑)。お猪口を籠から選べるのもやっぱり、
ちょっと愉しいものでありますね。

カウンターに腰を降ろせば目の前に大皿が並ぶ。隅の大皿を指差してお願いしたのが、「公魚の南蛮漬け」。
わかさぎが纏うは、薄衣。
公魚独特の香りが、さっぱりとそして滋味深くいただけます。

店が冠した名と同じ静岡の酒「千代娘」をぬる燗で。選んだお銚子を手に「煮びたし」に「たこ煮」。
小鉢に箸を伸ばしては、つつーっとね(笑)。
蛸には練り辛子が合うのですね。

並ぶ大皿のひとつにあった料理が「八幡巻き」。荻窪「川勢」の「八幡巻き」とは随分と違う井出達。
下煮した牛蒡を軸にして鰻を巻き、焼き上げて輪切りにしてある。
見た目もぱりっとした皮目が誘う。
そのぱりっとと鰻の滋味と牛蒡の歯触りの取り合わせが、なんともいい。

太刀魚、銀鱈、鯖、笹鰈とある中から「ぐじ」を焼いてもらう。甘鯛といえば、松笠揚げ、松笠焼き。
じっくりと火を通された鱗が表情を現す。
ふわっと柔らかな身は、なんだかほっとする味わいだ。

裏を返してふたたび「千代娘」のカウンター。カウンターの頭上と同じ柑子色の暖簾が、
風に揺れているのが入口扉の硝子越しに見えます。

この日のお通しは、ふろふき大根。
味噌だれはやっぱり、八丁味噌基調であります。料理屋の腕っぷしを占うもののひとつが「ポテトサラダ」。
ほろほろとしつつ適度にしっとりとして、
粒子が粗過ぎず細か過ぎず。
美味しゅう御座います。

椅子からちょっと立ち上がって、大皿の様子を眺める。「とこぶし」がありますねと早速所望する。
味がよく沁みつつも柔らかに煮付てあって、佳い佳い。

地元豊橋の酒だという「四海王」の「福 純米」をいただく。
あったら註文むよね!のお約束通りにお願いしていた、
「〆鯖」の鈍く光る銀のテクスチャがやってくる。酢〆の塩梅も過ぎず、浅過ぎず。
それにしても鯖ってぇヤツは、
塩で焼いても味噌で煮ても酢で〆ても旨いというね、
などど思わず呟いてします(笑)。

いただいていた豊橋「四海王」の純米大吟醸「夢吟香」から、
熟成芋焼酎「黒甕」の水割りにグラスを替える。芋な焼酎には中京圏らしさも滲む「もつどて煮」。
こっくりした味わいのもつもまたよろし。
そうそう、こうしてちゃんと長さのある「きんぴら」が好みなのです。

順番として相応しいか判らないけれど、
最後の最後に「鰆フライ」。身離れの良さそうな淡白そうな身がじわじわっと旨い。
割烹で魚のフライで芋焼酎ってのもオツなものです(笑)。

路面電車の発着する豊橋駅東口から徒歩7分ほど。
飲食店街から少し離れた暗がりに割烹「千代娘」はある。「千代娘」は、創業昭和32年。
ということは、先代がおられたということなのでしょう。
するってぇと働き振りも甲斐甲斐しい娘さんは、
三代目ということになる。
右手の厨房側に掲げた額の調理師免許証には、
三ツ矢何某とその名がある。
成る程、暖簾の家紋は、
ご主人の、そして娘さんの姓そのままだったのですね。

「千代娘」
豊橋市松葉町3-83 [Map] 0532-54-7135
http://chiyomusume.jp/

column/03785

つきじ鴨料理「鴨正」で鴨焼丼美深鴨丼に鴨雑煮鴨ハンバーグ専門店ならではの

例えば、六本木の「HONMURA AN」で嘗ていただいた「鴨せいろそば」がとっても美味しかったことをふと思い出す。
手打ちそば「根津 鷹匠」の「鴨せいろ」も旨かったし、桜の古木のある戸越「正乃家」でいただいた「鴨せいろ蕎麦」もオツなものだった。
今はなき会社の別荘近くの嬬恋村「あさぎり」の「かもせいろ」残念ながら閉店してしまった長原の「ちしま」の「鴨せいろ」も佳き蕎麦であり、佳き鴨の料理だった。
そんなこんなで、やや値が張るものの、蕎麦店で「鴨」の文字を見付けると、ついつい註文したくなるのは、鴨肉の美味しさに何気に魅せられているからなのかもしれません。

そんな鴨料理の専門店が築地にあると知って足を運ぶ。処は、新大橋通りから明石町側へ二本裏手の通り。
その先には築地本願寺の横顔が見える。
ちょうど中国饗房「弘喜楼」や鳥「辰の字」の向かい側に、
「鴨」と示す突出看板が見付かります。

アプローチにある案内を眺めつつ、
階下の様子を見下ろしてみる。
吊り下げられた二本の提燈のひとつには、
朱の円に”と”とだけ白抜きしたアイコンが描かれています。階段を下り、暖簾越しに引き戸を開ければその正面に、
「鴨正」と大書した書が迎えてくれます。

まずは基本形と思しき「鴨焼き丼」。焼き炙った国産合鴨を寄り添うように円周上に並べ、
さらした刻み葱をあしらっています。

メニューの中の「鴨正のこだわり」と題したページにはこうある。
鴨肉本来の鴨のコクのある味を楽しんでいただくため、
こだわりの素材を生かしたお料理をご用意いたしております。
鴨肉は、ミネラル豊富な竹炭水や何種類もの発酵菌を与え、
じっくり育てた当店専用農場の「蔵王深山竹炭水鴨」です。-
冷凍は一切使用せず、当日仕入れた新鮮な素材を提供するという。

うんうん、焼き目麗しく芳ばしく。
噛めば鴨独特の香りと旨味、脂がじゅっと解ける。部位によって歯触り歯応えが異なって面白い。
鮮度のよいものを焼き上げているのが、
端正な切り身の表情から窺えるような気がしてくる。
成る程、こふいふどんぶりは、専門店ならではのもの。
何処でも容易に出せるものではないのでしょうね。

その専門店ならではが、ランチにしていただけるのが、
通常の合鴨より1ランク上のものだという、
“美深鴨(びみがも)”という合鴨を使った「美深鴨丼」。“シャラン鴨のような別格の合鴨”と謳う美深鴨の身は成る程、
切り身にして先の「鴨焼き丼」の鴨とは違う。
より柔らかく、旨味に深みがあると喩えたくなる瞬間がある。
これもまた「鴨正」だけで食べられるものらしい。

年明けにふたたび訪れてみるとなんと、
新年恒例という「鴨雑煮」が店頭メニューになっていました。
鴨せいろ好きにとっては絶対に見逃せませない汁モノだ(笑)。鴨の胸肉にもも肉を浮かべた鴨出汁の汁。
搗き立てという肌理の細やかなお餅に、
根っこはないけれど、たっぷりの芹。
鮮度と仕立ての良い鴨肉の香りや脂が、
品よく汁に滲んで、これまた旨い。
毎年の恒例で足を運んでしまいそうです。

鴨肉の魅力が直球で迫るメニューに並んで、
挽肉を用いたメニューもある。火入れによってか、ぷっくりと膨らんだ「鴨ハンバーグ」。
鴨らしい脂を内包して、ジューシーなままいただける。
どちらかと訊かれれば断然「鴨焼き丼」と応えるけれど、
気分次第でハンバーグ選択もありかと思います。

創業1919年(大正8年)、老舗鴨問屋「鳥上商店」直営「鴨正」。暖簾の隅にもある朱の円に”と”とだけ白抜きしたアイコンはどうやら、
「鳥上商店」の”と”であるらしい。
「鴨焼き丼」をはじめとするランチメニューも十分魅力的な「鴨正」。
そうとなると、前菜から〆に至るまで鴨を使用するという、
「厳選女将」「美深鴨ロース焼き」「美深鴨鉄板焼き」、
「特選美深鴨」「特選シャラン鴨」と五題の並ぶコース料理も、
やっぱり断然気になってきます。

「鴨正」
中央区築地3-12-5 小山ビルB1F [Map] 03-5550-1220

column/03783

居酒屋「うち田」で鰯のつみれ汁玉蜀黍の掻き揚げ世田谷初登録文化財住宅のお膝元

国道246号線上の池尻大橋と三軒茶屋とのちょうど中間点といえばそう、それはご存知三宿の交叉点。
近頃の若者にはハテなんのことやら分からないだろうけれど、三宿交叉点エリアは嘗て、トレンディスポットと謳われて妙に賑わっていた。
今となってみれば、”トレンディ”って言葉の響きすらなにやらとっても気恥ずかしくって堪らない(笑)。

そんな三宿の交叉点から少々三茶寄り。
世田谷学園へと向かう道を逸れ、
クランクしたその先は袋小路となる、
如何にも世田谷らしい裏道の一辺に接して、
一軒の住宅が佇んでいます。どこかモダンなヴェールを帯びた木造家屋の屋根は、
陸屋根(フラットルーフ)。
それが大正13年(1924年)の竣工だと知れば、
当時どれだけ斬新であったかと俄然興味が沸いてくるでしょう。

玄関脇の掲示にもあるように、
萩原庫吉邸は、世田谷区で初の登録有形文化財。掲示板の解説の冒頭にはこうある。
この住宅は、大正から昭和初期に活躍した、
日本を代表する建築家である遠藤 新(あらた)によって設計された。
遠藤は建築家F・L・ライトに師事、
帝国ホテルの設計に携わったほか、
ライトとの共同設計で目白の自由学園明日館、
芦屋市の旧山邑家住宅(いずれも重要文化財)などを手掛けた。

玄関ホールの右手にすぐ書斎がある。
肉厚で力強さを思わせる作り付けの机や書棚が置かれ、
翻訳の仕事などの後に朝日新聞の記者として活躍したという主や、
同じく新聞記者であったという二代目が執筆に向かう姿が彷彿とする。玄関ホールの左手には居間がある。
書斎、玄関ホール、居間、そして母屋という風に、
廊下を介さずに部屋を繋げていくスタイルも、
ライトに師事した遠藤新の設計の特徴であるという。

今でこそ一般に知られるようになったパーゴラも、
大正末期に既に設計に組み込んでいたとなれば、
これをお洒落と謂わずして何をそう云おう(笑)。近代建築の巨匠と云われるフランク・ロイド・ライト。
井上祐一・小野吉彦共著の「ライト式建築」には、
萩原邸を設計した、一番弟子の遠藤新をはじめとする、
ライトの弟子たちの名建築が掲載されています。

そんな萩原庫吉邸は今、萩原家住宅三代目女史に引き継がれ、
“登録有形文化財 萩原家住宅 Atelier hagiwara” として、
活用が図られているところ。
登録文化財であるがゆえの保全管理の要請などもあって、
対応が容易でないのかもしれないけれど、
これだけ趣のある、雰囲気のある、表情のある建築ですもの、
映画のロケ場所に使われるなんて日が、
いずれやってくるかもしれません。

玄関ホールから居間を真っ直ぐ通り抜けて奥へと進むと、
高い天井を持つ増築棟へとそのまま入れる。ピアノの置かれた部屋では、
オーストリアを中心とした欧州や世界各地でも活躍する、
ヴァイオリニストであるところの三代目女史により、
室内楽のコンサートなどなどが折りに触れ催されています。

そんな萩原家住宅から玉川通りを下れば、お膝元の三軒茶屋の街。
いつぞやの沖縄料理「我如古」や、
懐かしのちゃんぽん店「来来来」などを含め、
様々な飲食店のある茶沢通り沿いはもとより、
その一本西側の裏通りにも幾つもの飲食店が軒を連ねています。

裏通りが茶沢通りへと合流せんとする辺り。
赤い煉瓦色のタイル張りの建物にも一軒の飲食店がある。灯りの点った行燈看板には、
居酒屋 三茶「うち田」とあります。

小上がりの座卓に腰を据えて、
乾いた喉を潤す麦酒を所望する。突き出しをいただき乍ら、
卓上に用意された品書きを手に取る。
手書きで二枚の紙に書き連ねたその晩の酒肴たちは、
ざっと数えて盛り沢山の70品近く。
最後は書き切れなくなった様子がありありしてちょっと面白い(笑)。

初めて耳にする「サンゴ樹トマト」は、
実のパンパンに詰まった高糖度なトマト。
トマトの古名であるところの”珊瑚樹茄子”がその名の由来のようで、
嫌味のない甘さに素直に頷く。期待通りの甘さと芳ばしさが堪能できるのが、
「とうもろこしとホタテのかき揚げ」。
それはズルい、ってなヤツですな(笑)。

ここは日本酒だよなぁーと思いつつ、
正面に見据えるカウンターの付け台に貼られた張り紙に目が留まる。
生搾りサワーと題したその一片には、
日向夏、デコポン、フルーツトマトにわさび、新生姜など、
10種類のサワーが手書きされてる。

これまた初めて耳にする、
日向地方特産と云われる柑橘「へべす」の生搾りサワーは、
柔らかな酸味香気がよくって、俗に云う危険なヤツ(笑)。お造りは、「アズキハタ刺」に「出水の釣り鯵刺」。
沖縄や八重山でのダイビング中に顔を合わせることのある、
アズキハタをいただくのもまた初めてのこと。
南の島の魚の刺身も身の絞まった鯵に負けていません。

それってどうよと思いつつ、
「パクチー」のサワーを所望する。
そりゃもう、勿論、
パクチーとコリアンダーとシャンツァイ全開(笑)。でも、嫌味なくすっきりと、爽やか旨い。
「新じゃがフライ(黒七味と塩で)」が妙に似合います。

〆る感じでといただいたのが、「いわしつみれ煮」。鰯を捌いて叩いてつみれにしてって所作を思うと、
その手間の分ものっかって、
有難くもより美味しく感じてしまいます。

三軒茶屋は茶沢通りの外れに居酒屋「うち田」はある。次回はぜひ、日本酒をいただく構えで臨みたい(笑)。
沢山の品書きからあれやこれやと悩むのもきっとまた愉しいはず。
ちなみに、三角地帯の奥の「赤鬼」方面、
武蔵野うどん「じんこ」近くに、
「うちだ」という和食店があるとのことで、
取り違えないよう注意が必要です。

「うち田」
世田谷区太子堂4-28-6 サダン太田ビル1F [Map] 03-5430-3711

column/03760