「するする蕎麦の粋」カテゴリーアーカイブ

献上そば「羽根屋」本店で三色割子そば献上蕎麦の名を許された出雲そば

宍道湖西岸にある出雲縁結び空港から出雲市駅までは、連絡バスの旅になる。
それは、空港-出雲駅間30分弱の短い旅。
バスが駅北口に着けば、そのロータリーから北側に広がる今市町・代官町界隈を徘徊したりする。
修行を積んでくると、町のどの辺りが飲み屋街であるらしいか、だんだんと鼻が利いてくるのです(笑)。

くるっと巡ってから駅に戻って、JRとは別の改札を通過する。
通称”ばたでん”は、電鉄出雲市駅と松江しんじ湖温泉駅、
そして川跡駅から分岐して出雲大社前駅までを結ぶ電鉄。ホームに進むとそこには、
全身をピンク色に染めた車輌が待っていた。
島根の観光キャラクター「しまねっこ」も描かれた、
ご縁電車「しまねっこ号」に乗り込んで、
終点、出雲大社前駅へと向かいます。

神門通りからアプローチした出雲大社正門の勢留。大鳥居と清々しい青空が迎えてくれました。

下り参道から祓橋を渡り、松の参道を抜ければ、
銅鳥居の向こうに拝殿が見えてくる。銅鳥居は、寛文6年(1666年)に長州藩の二代藩主、
毛利綱広が寄進したものであるという。
碧銅の色合いの美しい柱にくっきりと刻まれた銘文は、
素戔嗚尊スサノオノミコトが、
その時代の祭神であったことを示しているそうで、
大国主大神オオクニクシノオオカミが、
一貫して祭神であった訳ではないんだね。

拝殿が近づくにつれ、注連縄の威容に惹き付けられる。重さ1tあるという拝殿の注連縄よりもさらに、
神楽殿の注連縄は長く重いものであるらしい。

横手にある小さな賽銭箱でも手を合わせ、
宝庫や影古館のある西回廊の先の角辺りから御本殿を眺める。
さらに回り込んで素鷲舎の前から見遣る御本殿の、
切妻妻入大社造りの大屋根が美しい。境内には何故か兎の石像が幾つもあり、
こうして御本殿を見据える二羽がいたりします。

出雲大社前駅は、蒲鉾型の高い天井とステンドグラス風の窓が印象的。
国の登録有形文化財とのプレートが見付かる。駅舎併設のカフェ「LAUT(ラウ)」からホームを眺めていると、
京王沿線住民にはきっと懐かしい車輛が、
然も当然のように入線してきたりして、驚きます(笑)。

そんな”ばたでん”に乗って出雲駅に戻る。
一杯やっつける宵闇にはまだ間がある時間。
ふたたび呑み屋街の路地を散策しつつ、
ひと影疎らなアーケードに抜ける。おろち通り、なんておっかない通りを横切って進むと、
見えてきたのが「献上そば」と示す看板だ。

店内に入ると硝子越しに、
「献上そば」の由来を説く掛け軸が目に留まる。
お品書きにも示す経緯によると、
明治45年5月、当時まだ東宮であった大正天皇が出雲に宿泊され、
その際に召し上がった「羽根屋」の蕎麦をお気に召し、
以来「献上蕎麦」と呼ぶことを許したという。

一本だけとお銚子をいただいて、
「あご野焼き」をそのお供に添えてもらう。つまりは竹輪の薄切りなのだけれど、
これも出雲名物のひとつで、その名の通りと飛び魚の練り物。
しっとりしたテクスチャにじんわりと旨味が滲みます。

ご註文は「三色割子そば」。
御目出度くも朱塗り金文字の丸い器が三段重ね。それは、野外なぞに持ち出して、
お弁当チックにいただくようにも誂えた故の、
「割子」と呼ぶ器のお重スタイル。
器それぞれのちょっとしたトッピングで変化をつけています。

店内の表示によれば、この日の蕎麦粉は、
出雲産に比和(広島)産、真岡(栃木)産を用いてる。
刻み海苔なぞの薬味を載せ、
「だし汁」と呼ぶつゆをかけ回していただきます。野趣をも思わす滋味の濃さが印象的だった、
塩冶町の「風月庵」と思わず比べれば、
成る程そつなく品の良い感じのする。
それは、大正天皇をはじめとする数々の皇室の方々に供してきた、
“献上そば”の風格が滲んでいるように映るせいなのかもしれません。

出雲そば「羽根屋」は、江戸末期創業の”献上そば”の店。本町の本店以外に、
出雲文化伝承館の館内と大津町にも店舗を構えている。
出雲そばを代表する店として夙に知られたであろう一軒は、
代を重ねてきっと今日も出雲の手打ちの蕎麦を供しています。

「羽根屋」
島根県出雲市今市町本町549 [Map] 0853-21-0058
http://kenjosoba-haneya.com/

column/03710

蕎麦「茅場町 長寿庵」で牡蠣南蛮牡蠣フライに柚子切蒸篭茅場町の街角で百余年

市場通りと永代通りが交叉するのが、茅場町交差点だと思い込んでいたことがある。
茅場町交差点は、東京証券取引所前に至る平成通りと永代通りとが交わる処で、そこからひとつ永代橋寄りにある信号機は、そこが茅場町一丁目交差点であることを示している。
そんなことどうでもいいことのようにも思うけど、永いことこの辺りを彷徨っているのに、兎に角ずっとそこが茅場町交差点だと思い込んでいたのだ(笑)。

そんな茅場町一丁目交差点の角。
ビルの地階を覗き込めばそこに見つかる暖簾が、
「茅場町 長寿庵」の暖簾なのであります。

秋も深まった頃に足を運べばテーブルの上に、
こんな二行の短冊がある。毎年のこと乍らこうして今年も、
「長寿庵」にも牡蠣の季節がやってくるのです。

真ん中に酢橘の輪切りと紅葉を象った麩を浮かべた「カキ南ばん」。用いている牡蠣は広島産。
やや醤油強めの甘汁にひたっとした牡蠣を口に含めば、
昼からのお酒が欲しくなります(笑)。

蕎麦そのものはやっぱり蒸籠の方が似合う仕立て。でもそこに、伊達に歴史を刻んでいないなと思わせる品格が、
どうしても滲んでしまうようです。

ランチ限定の牡蠣メニューがご存じ「カキフライ定食」。細やかなパン粉を丁寧に纏わせた牡蠣フライに、
偶にはとうどんを合わせてみる。
そば屋のうどん、という例え話がどこかになかったっけ?
なんてことをふと思ったりなんかいたします(笑)。

そしてまた、冬場の興のひとつとして、
「ゆず切りせいろ」なんて一行が品書きに顔を出す。例えば、同じ木鉢会に名を連ねる神田のそれも印象的だけれど、
茅場町のこれのそこはかとない風味も悪くない。
いずれにしても、就業中にはなかなかお銚子を傾けられないのが、
なんとも無粋でありますね(笑)。

茅場町の蕎麦屋と云えばまず「茅場町 長寿庵」の名が挙がる。その創業は、1907年(明治40年)のことだという。
戦前に銀座7丁目辺りにあった長寿庵の暖簾分けであるらしい。
100年前の往時をいま直接偲ぶことはできないけれど、
もしも次にビルを建て替えることがあったなら是非、
創業時の姿を模した路面店にして欲しいなぁなんてことを、
ひとり勝手に思っています。

「茅場町 長寿庵」
中央区日本橋茅場町1-9-4 [Map] 03-3666-1971

column/03708

蕎麦處「吉田家」でかもせいろにカレー南蛮若草色の蕎麦旧東海道の老舗の風格

yoshidaya国際運転免許証の交付を受けるため、鮫洲の免許試験場へと足を運ぶ。
試験場へは京急の鮫洲駅が最寄り駅。
りんかい線の品川シーサイド駅やモノレールの大井競馬場駅も徒歩圏内だ。
地図を眺めると、大井町からも歩いて歩けないこともなさそうだと、大井町駅の改札を出る。
わざわざ東小路の狭い路地を行くのはお約束(笑)。
ひな鳥「そのだ」の前を通り、心地よい陽射しに照らされながら仙台坂の脇をのんびりと歩きます。

すんなりと国際免許を手にして今度は、
大井町や品川とは逆の方へとぷらぷらと。yoshidaya01近くを流れる運河の土手に出て、
ぼんやりと水面を眺めたりなんかして。

立会川の駅も近づいてきた辺りで、
暖簾の前に立つ数人のひと影を目に留める。yoshidaya02yoshidaya03なかなか風格のある佇まいであるねと近づくと、
二階窓の欄干の角に立派な造作の行燈が吊るされていて、
“蕎麦”に円で囲んだ”吉”の文字がある。

玄関の格子戸の脇には石柱が鎮座していて、
どうやら「東海道」と読める。yoshidaya04成る程、店の前の何気ない通りが旧東海道で、
由緒ある街道に接して店を構える蕎麦店ということになる。

ちょうど席も空いたようなので然らばと、
一階のテーブルのひとつに居場所を得る。yoshidaya05お斎らしき喪服姿の一団の様子を眺めていたところへ、
註文していた「かもせいろ」の膳が届きました。

若き蕎麦粉を思わせる若草色の端正な蕎麦がいい。yoshidaya07粉の風味を端的に感じさせる蕎麦って、
ありそうで案外多くないものね。

つけ汁の椀は初めてみるスタイル。yoshidaya06焼いた後、汁の中でちょっと煮立てたつけ汁が多いのに対して、
焼き炙った鴨肉や南蛮をそのまま器にもっている。
なんだかこう、老舗の流儀と気風が感じられていいよね。
ふっくらした鴨肉を風味ある蕎麦と一緒に美味しくいただきます。

裏を返して、窓辺のテーブル席へ。yoshidaya08こふいふ風に気取らず構えず、
かつしっかりとした風格を備える設えの設計は、
どんなひとが担ったのかなぁなんてふと考えたりいたします。

お隣さんが召し上がっていたどんぶりの匂いに抗えず(笑)、
「カレー南蛮」をご註文。yoshidaya09yoshidaya10カレーの器にして美しき膳の姿。
カレーの汁を纏ってもそこはかとなく風味を感じさせる蕎麦。
汁のとろみにもどことなくちょっとした品のようなものがあるのは、
どうしたことでしょう。

天保7年(1856年)創業の蕎麦会席・十割手打蕎麦の店「吉田家」。yoshidaya11Webページを読むと、同じ旧東海道沿いの鮫洲で創業したらしく、
その後大正元年に、鮫洲から今の北浜川に移ったとある。
160年に亘る時間が伊達じゃないことを感じさせる瞬間を味わいに、
また足を運びたいと思います。

「吉田家」
品川区東大井2-15-13 [Map] 03-3763-5903
http://yoshidaya-soba.com/

column/03698

手打そば「風月庵」で三色の出雲そば滋味濃いぃ蕎麦の美味しさは何気なき出色哉

fugetsuan何度思い返してみても、山陰に出掛けた時のシーンが思い出せない。
やっぱり今まで山陰に赴いたことがなかったと知って、自分で自分を驚いてしまったりする。
山陰両県といえば、島根県、鳥取県を指すと知っていても、広義では、京都北部から兵庫の北部、島根県、鳥取県、そして山口県の北部までをも含むエリアを山陰地方とする場合もあるらしいとは知らんかった。
そして、東京から山陰に飛ぶ空港はと自分に問いて、ちょと思案。
そうそう、島根と云えば出雲の空港があるじゃないですか。

やっとこ出雲にまで思考が繋がれば、
愛ちゃんに訊ねるべし!と膝を打つように思い付く。fugetsuan01晴れて出雲のお店のネタを仕込んでから、
機上のひととなったのでありました。

宍道湖西岸にある出雲縁結び空港から、
連絡バスで出雲市駅に到着。
駅北側に広がる飲み屋街が気になりつつも(笑)、
まずは出雲そばをお店に足を向けたい。
そんな気分になりました。

駅周辺にも勿論、出雲そばを供するお店はあるものの、
一番気になったのは、駅からはちょっと離れた、
島根大学医学部方面に南下した辺りにある手打ちそばの店。fugetsuan02タクシーを降りた目の前に、
板塀のアプローチで迎える「風月庵」の佇まいがありました。

奥に暖簾の入口を見定めてからふと、
その脇に建つ小屋のような家屋に回り込むと、
その板壁にには「そば工房 風月庵」の文字。fugetsuan03此処で製粉までしてるのか、
はたまた蕎麦打ち教室が営まれているのかと、
そんなことを考えながら臙脂色の暖簾を払います。

店内は、そう遠くない頃に改装を済ませましたと、
そう想像するよな設えになっていて、
テーブル席に小上がりにカウンター席と、
そんな配分がされている。
席を埋めているのはどうやら、
地元の方々がほとんどではとお見受けします。fugetsuan04fugetsuan05カウンター席の前は、硝子越しに覗ける蕎麦打ち部屋。
篩いの向こうには漆塗りの捏ね鉢ではなくて、
陶器のがっしりした鉢が置かれています。

お願いしたのは「三色割子」。fugetsuan08届いた膳には朱塗りの丸い器が4つ。
ひとつには、刻んだ浅葱や紅葉おろし、
花かつおなどの薬味が載っています。

まずは大根おろしをちょんと載せたお蕎麦から。
薬味を加えたところにツユを軽く注いで、いざいざ。fugetsuan06あれま、想定以上に滋味濃いぃというのが第一印象。
香り高い蕎麦と思いたいことは沢山あっても、
それを満たしてくれる蕎麦にはなかなか出会えないものだけど、
味わいの、旨味の濃いぃ蕎麦をはっきり思うのもまた、
なかなかに珍しいことではありませんか。

鶉の卵に揚げ玉を頂いたお蕎麦にも、
急くように箸を伸ばす。fugetsuan07注いだツユは、鰹の旨味と香りが明確に、
そして濁りなく煮出されていて潔い。
派手さは勿論ないれど、
実に美味しいお蕎麦であると云えましょう。

そうとなればきっと蕎麦湯も美味い筈と、
ハードル上げてツユに溶く。
fugetsuan09うんうん、含む旨味は今さっき手繰った蕎麦の延長線上にあるもので、
それもわざわざ拵えた風でないのが嬉しいですね。

ご当地出雲でいただく出雲そば。
出雲そば供するお店の中でもきっと、
地元にも根強い人気の手打そば「風月庵」。fugetsuan10お品書きには「割子そば」と並んで「釜揚げそば」が、
出雲そばを代表する品であるとある。
その「釜揚げそば」も気になる一方で、
地元のひと達が注文している「らーめん」や「うどん・らいす」、
そして「カツ丼」までもが気掛かりなのは何より、
いただいたお蕎麦が美味しかった所為なのでしょう。

「風月庵」
出雲市塩冶町揚765-2 [Map] 0853-21-1597
http://fugetsuan.web.fc2.com/

column/03686

生そば「丸長」で冷たい雨の康生通り具沢山なお雑煮の土鍋にぬくぬく温まる

marucho何度か見聞きする土地や街の名前。
ざっくりあの辺りであろうとは思ってはいても、用事もないとそのはっきりした所在を知らないままという場所というのも少なくないものでありますね。
この冬にお邪魔した岡崎もそのひとつ。
岡崎市の位置は、浜松と名古屋のちょうど中間あたり。
豊橋や蒲郡と豊田や知立との真ん中あたりでもある。
時間的にはちょっと近い、名古屋から戻るルートで岡崎入りしました。

どちらかと云うと街の中心は、
岡崎駅ではなくて東岡崎駅の方であるらしく、
乙川の向こうにあるのが、岡崎城の城址を囲む岡崎公園。marucho01ああ、岡崎と云えば家康だと今更のように気づきつつ、
でも家康とどんな縁の城だったかは詳らかでない不見識(笑)。
おひる処を求めて冷たい雨の降る中、
康生通りと名付けられた通りを往けば、
岡崎が家康公生誕の地であることを知らせる時計塔が見付かりました。

それは、時計塔近く舗道から向かい側を眺めて認めた佇まい。marucho02左右に駐車場のスパースが空き、
背後にやや高めのビルが建つ。
地上げに抗い続けたとも思わせる空間にぽつねんと、
小さな蕎麦店が建っていました。

寒さに両手を擦りながら通りを渡り、
向こう側の舗道に立つ。marucho03生そばと黒抜いた縄暖簾がいい。
そして、硝子窓を守る木の桟に結わえた額縁には、
二行だけの季節の品書き。
「なべ焼うどん」に「おぞう煮」。
どちらも温まりそうだ。

ガラガラっと戸を引くと、
外観で想像した通りの設えが迎えてくれる。marucho04ふと、池上の「蓮月」を思い出しつつ、
店の中に、特に厨房との仕切り部分に庇を作るのは、
いつ頃の流行だったのかなぁなんて考える。
右手の壁には「人生は七十才より」と心得を示す額があったり、
“高いつもりで低いのが教養”といった十行を示す、
「つもりちがい十ヵ条」が掲げられたりしています。

お品書きは左手の壁に。marucho05そばにうどんが当然の充実具合。
中華そばもあるのかと思いつつ改めて見回すと、
「親子南波」に「鳥なんば」という札がある。
こちらでは、南蛮のことを南波と呼ぶみたいです。

お願いしていた「おぞう煮」がやってきました。marucho06ありそうでなさそうなメニューと思う「おぞう煮」が、
熱々の土鍋で届いて、温かな湯気を上げてくれています。

お野菜あれこれに占地椎茸榎茸、
蒲鉾に飾り麩も浮かぶ具沢山。marucho07ふーふーしてから啜った汁がこっくりと旨く、
寒さに悴んでいた肩先がふっと解れる感じのする。

鶏の身をつまみ、いよいよお餅に箸の先を伸ばす。marucho08土鍋に炊かれて、とろーんとしつつ、
煮崩れない加減のお餅の甘さにまた気持ちが和らぐのでありました。
はー、温まった温まった。

家康公生誕の地、岡崎の康生通りに生そば「丸長」の小さな店がある。marucho09おばぁちゃん、ぬくぬく温かなひと時をありがとう。
もしも今度があったなら「カレー南波」あたりをいただこうかな。

「丸長」
岡崎市康生通東2-5 [Map] 0564-22-2415

column/03673