「我らが居酒屋大衆食堂」カテゴリーアーカイブ

居酒屋「栄屋酒場」で鳥大根〆鯖烏賊バター鯨刺穴子煮龍田屋呑兵衛心満たす空気

横浜駅のホームを後にした京急の紅い車列が戸部駅を経て、野毛山動物園を潜り抜け、大岡川に出会したところで大きく右にカーブを切る。
ちょうどその曲がり角に相対式ホームを置いているのが日ノ出町駅だ。
猥雑な顔も持つ野毛の町の裏玄関とも云うべき日ノ出町駅の改札を出る。
眼前に見遣る風景は、何故だか黄昏時がよく似合います(笑)。

いつぞやトルコライスをいただいた、
街の洋食屋「ミツワグリル」
の前を通り過ぎ、
大岡川に架かる長者橋に差し掛かる。
川が下流に向かってS字を描いたその先の左岸は、
呑兵衛たちの憩いの場所、都橋商店街だ。そんな長者橋の袂には、石碑や立て札が並んでいる。
日ノ出桟橋のその辺りはどうやら、
長谷川伸なる御仁の生誕の地であるらしい。
1884年(明治17年)に日ノ出町に生まれたという長谷川伸は、
「沓掛の時次郎」「瞼の母」「木刀土俵入り」などの作品を書いた、
新国劇の劇作家であると石碑にある。

へーそうなんだぁと思いながら長者橋を渡り、
渡ってすぐの長者町9丁目信号の角を右に折れる。すると現れてくるのが、
居酒屋「栄屋酒場」の枯れて粋な暖簾だ。

間口一間半の店の中へと窺うように進むと、
小じんまりした土間は既に先輩諸氏でほぼ満席。
とっても残念そうな顔をしていたのか(笑)、
左奥の荷物置き場とも思える小さなテーブルに入れてくれる。お通しの鯖味噌が妙に旨いなと思いつつ、
立て掛けられた黒板の品書きを右へ左へと眺めます。

すぐ前の厨房から漏れ聞こえる調理の音を聞きながら、
麦酒のコップを傾けているところに「とり大根」が届く。しっかり目に〆た「シメサバ」が美しくも美味い。
こりゃ日本酒だと品札を探してまた、視線を周囲に泳がせます。

常連さんたちのボトルを収めた棚板の下の壁に、
その日その時季にある地酒銘柄が貼り出されている。昭和の名キャラクター、アンクルトリスを生んだ柳原良平氏の色紙が、
丁寧に木枠の設えの中に飾られています。

名古屋は守山区の東春酒造「東龍 龍田屋」純米に燗をつけてもらう。「いかバター焼き」にはほんの少し檸檬を搾って。
例の独特の弾力がありつつ、噛めばすっと切れるのが心地よい。
烏賊とバター醤油ってどうしてこうも相性がよいのでしょか。
「相模灘」純米のお銚子を強請りましょう(笑)。

割と間を空けずに界隈を訪れる機会に恵まれて、
ふたたび黄昏の長者橋近くの暖簾の前に。
しかし、先輩諸氏の出足や早く、
満席ですのでとやんわりと断られてしまう。

そうですか、と項垂れて引き戸を出ようとしたところで呼び止められて、
前回と同じ小さなテーブル席で次の時間まででよろしければと。
はい勿論ですと急に元気がでる。
またまた相当悲し気な顔をしていたのでしょうね(笑)。「東龍 龍田屋」純米を今度は冷やでいただいて、
「とり貝」のお皿を恭しく受け取る。
粋な歯応えのとり貝が素朴に嬉しい。
横浜の中央市場からやってくる魚介なのだろうかと、
何故か引き戸の方を振り返ったりなんかして(笑)。

黒板にふたたび見付けた「くじら刺し」は、
鮮度の良さに疑いのない、甘くすらある食べ口だ。お銚子のお代わりを同じ「龍田屋」のぬる燗で。
それにはさっと煮付けた「あなご煮」のふくよかさが良く似合います。

日ノ出町は大岡川の川端に枯れた居酒屋「栄屋酒場」がある。小じんまりした空間に、
呑兵衛心を満たすような空気が程よく満ちていて、いい。
今はなき三杯屋「武蔵屋」の佇まいをふと思い出す。
今度また、”屋”の部分だけ色褪せた暖簾を払って、
店名「栄屋」の由来なんかも訊いてみたいな。

「栄屋酒場」
横浜市中区長者町9-175 [Map] 045-251-3993

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新富分室食堂「ビュッフェ」で生姜焼き定食カレーライスに肉豆腐定食昭和の時代

どうして呑み利用をしなかったのだろうとも悔やんだ八丁堀「中華シブヤ」は、鍛冶橋通りが首都高を潜り渡るその脇の楓川弾正橋公園際にあった。
今はもうすっかり看板を外してしまい、その面影はほとんどない。
その「中華シブヤ」のあった建物を背にして鍛冶橋通りの横断歩道を渡り、そのまま立ち喰い蕎麦屋の脇を進むと、右手に首都高の京橋ランプへの案内看板が見えてくる。

その案内看板が目の前に建つ建物は、
ちょうど京橋ジャンクションを背にして建っている。なんだろうと近づいて読んだ壁の銘板には、
首都高速道路新富分室と表示されている。

植え込みの左手に何気なく目を遣ると、
木枠のA看板が立てられている。
そしてそこには、7階の食堂の案内とともに、
一週間分の日替わりメニューが貼り出されているのです。食堂への入館者は、エントランスホール右手にある受付で、
丸いバッジを受け取り、胸に留めるのがお約束。
乗り込んだエレベーターの案内板によると、
首都高速道路株式会社とその保全工事事務所に首都高技術株式会社、
そして警視庁高速道路交通警察隊が入居しているのが判る。

6階でエレベーターを降り、7階へは階段を使う。
理髪店らしき部屋の前を通り過ぎ、奥へと向かう。
硝子に「ビュッフエ」と書いた、
事務室の扉のようなドアの中が目指す食堂だ。

硝子ケースの中を覗き込むと、その日の定食の用意が判る。
うんうん、鯖塩も悪くない、なんてね(笑)。お冷のグラスやお茶を注いだ碗を載せたトレーを手に、
まさにオープンキッチン然とした奥の厨房のところで註文を告げる。
向かって右手が麺類コーナーで、
中央が定食を註文する位置になっているんだ。

その日のメニューにこれがあれば、
まず註文んでしまうのが「生姜焼き定食」でありましょう。生姜の風味はほどほどなれど、
くたっとした玉葱の甘さも手伝って、一気に喰らうことになる。
青シャツの皆さんはどうやら交通警察隊の方々である模様。
高速道上での日々の警邏、ご苦労様であります(笑)。

唐揚げもただそのままではなくて、
ゴロゴロ野菜のあんかけを施すなんて手の入りよう。素ナポやら小鉢やらも添えられて、
これで600円ほどなら実にお安いと云って間違いありません。

硝子ケースの脇の黒板におすすめやご案内が白墨で書かれる。定食や麺類のお値段は決まっていて、
首都高速関係者、警察隊関係者、そして一般と値段が違うのは、
この食堂の趣旨目的に照らして当然のことなのでしょう。

その日のC定食は「みそラーメンとハヤシライスのセット」。味噌ラーメンには豚のバラ肉が大胆に入っていてちょっと驚く。
ラーメンとハヤシライスのセットって、
なかなか珍しい取り合わせですよね(笑)。

食堂の窓から見下ろせるのは、
京橋ジャンクションから大きくカーブした”首都高速道路”環状線が、
“東京高速道路”へと接続する辺り。料金所のゲートに見えるのは、
正確には白魚橋乗継所と呼ばれるもの。
東京高速道路(KK線)は、高速道路ではなく一般自動車道で、
本道路区間内のみであれば無料で通行できる。
銀座の街の外周を囲むように走るルートのその下は、
ご存知、銀座ナイン、銀座コリドー街、
西銀座デパート、銀座インズなどの店舗となっているんだ。

きっと大きな鍋で煮込んだカレーは、
学校給食のそれに同じく素朴に旨い。専門店には勿論及びませんが、
偶には食堂のチャーハンラーメンセットも悪くありません。

とあるお昼には「肉豆腐定食」。豆腐半丁にバラ肉がオン!
ポーチドエッグ状態の玉子がこっそり入っていたりして充実を思う。
小鉢に麻婆豆腐を選んで、豆腐ダブってもいいのです(笑)。

新富町の首都高際に建つ首都高速道路新富分室のその7階。
食堂「ビュッフェ」をご存知でしょうか。一般にも開かれた社員食堂には、昭和の時代が色濃く残る。
1962年(昭和37年)に京橋-芝浦間が開通してから半世紀。
いつの頃からか首都高の維持管理やパトロールを担う人達の、
胃袋を満たし、束の間に疲れを癒す空間となっていたのでしょう。

「ビュッフェ」
中央区新富1-1-3 [Map] 03-3555-0909

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文化横丁「源氏」で横丁の奥の路地の縄暖簾お通し付きのグラス4杯がしみじみ佳い

全国的にみても大規模なことで知られる仙台駅西口のペデストリアンデッキ。
此処の上に立つと、その視界のずっと先にある国分町通り沿いの歓楽街の喧噪を思い出す。
復興景気に沸いていた通りでは、目の血走った客引きが酔客を搦め捕ろうと躍起になって右往左往していて、異様な雰囲気だったのであります。

今は落ち着きを取り戻しているように映る国分町。
そのひと筋手前のアーケード、サンモール一番町から、
脇道を覗けば拝める情景がある。そうそれは、文化横丁(ブンヨコ)の薄暗がりとゲートの灯り。
誘われるまま足を踏み入れるのが、正しい挙動でありますね(笑)。

左右の店々の表情を愛で乍ら、横丁をクランクして進み、
左手の様子に気をつけ乍ら歩みを進めると見付かるものがある。間口一間もない、これぞ路地という狭い通路の入口に燈る看板には、
文化横丁「源氏」とあります。

突き当って更に左に折れる狭い路地の奥に縄暖簾。
恐る恐る縄を払って半身に身体を入れ、
少々ガタつく気配の引き戸をずずっと開ける。

薄暗がりに眼が慣れるまでほんの一瞬。
お好きな場所へどうぞと女将さんが目配せしたような気がして、
その晩の気分に従って、コの字のカウンターの右へ行ったり、
正面の椅子に腰掛けたり、左の奥へ回り込んだり。使い込まれたカウンターの造作がいい。
それを眺めるだけで一杯呑めそうであります(笑)。

壁には「お通し付き」に始まるお品書き。一番最初はどふいふことなんかなと一瞬戸惑ったけれど、
日本酒三種と生ビールから選ぶ盃に、
それぞれ酒肴を添えてくれるという、
そんな流れに身を任せるのが、
「源氏」でのひと時の基本形なのであります。

梅雨の終わりにお邪魔した際には、
まず生麦酒を所望した。
業務用の樽には「モルツ」の文字。
「プレモル」ではなくて「モルツ」であるところが、
「源氏」のちょっとした拘りなのでありましょう。

「浦霞 特別純米 生一本」を冷やでとお願いすると、
一升瓶から手馴れた所作でグラスに注いでくれる。コの字に囲むカウンターには20人程が腰掛けられそう。
厨房にどなたかが控えているものの、相対するのは女将さんひとり。
そんな女将さんの一挙手一投足も酒肴のひとつに思えてくる。
そこへ例えば、ホヤの酒蒸しなんが添えられます。

酒肴の定番が冷奴。
木綿豆腐一丁がどんと何の衒いもなくやってくる。
それがいい。二杯目の盃は例えば、
「高清水 初しぼり」がいい、それでいい。

定番と云えば、小鉢に載せた刺身の盛り合わせも、
定番の酒肴のひとつ。鯛の湯引き、鰆、鰤、鮪、帆立、銀鱈、蛸、サーモン等々。
日により時季により、その内訳は勿論違ってくる。
棚で出番を待つ一升瓶たちを眺めながらグラスを傾けます。

勝手が次第に判ってくると、
半切した半紙に筆文字で示した、
壁の品書きたちが俄然気になってくる(笑)。
「自家製しめさば」もある日ない日が勿論あって、
三度目の正直であり付けた。艶っぽい〆鯖をいただきたつつ、
高清水のお燗をぐびっと呑る。

呑み比べる中で一番のお気に入りになったのが、
「浦霞 特別純米」の燗酒だ。寒くなってくれば、壁の品書きから例えば、
二杯酢に洗った「かき酢」を選ぶ。
場所柄、三陸の牡蠣なのでありましょう。
「のどぐろ一夜干」なんかもオツであります。

コの字カウンターの左手奥に席を得て、
振り向けばピンク電話が控えてる。カウンターの隅に据え付けられていた珍妙な機器は恐らく、
電話代をカウントするものではなかろうかと思うのだけど、
どうでしょう。

そして、定番の流れの最終コーナーでは、
おでんか味噌汁のどちらお好きな方が供される。なんとなく味噌汁で仕舞うというのが粋じゃないかと、
そう勝手に合点して(笑)、
味噌汁をいただくようにしております。

文化横丁と呼ばれる横丁のさらに路地の奥に居酒屋「源氏」はある。訊けば、1950年(昭和25年)の創業であるという。
なかなか得がたい枯れた雰囲気と女将さんの所作がいい。
そして、それぞれにお通し付きとしたグラス4杯がまた、
しみじみと佳い。
「仙台文化横丁」のWebサイトには、
横丁の店々が紹介されていて、気になる店が幾つもある。
でも結局また、此処「源氏」に来てしまうような、
そんな気がいたします(笑)。

「源氏」
仙台市青葉区一番町2-4-8 [Map] 022-222-8485

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築地「たぬきや」本店で刺身系煮付系竜田揚げ系天麩羅系等々で迷わすひる時の民心

聖路加国際病院の本館と旧館とを結ぶ空中廊下の下を走る道路沿いに、いつの間にか「居留地中央通り」とする道標が立っています。
中央区 町会・自治体ネットによると、2013年(平成25年)に設定した愛称であるという。
居留地は、入船二丁目等の江戸時代に大名屋敷だったところには整地が行われ、明治3年に完成。
入船二丁目は居留地に付属する相対貸し(外国人が家屋を借りる)を認める雑居地として開設したもので、多くの外国人が住んでいたようです、とも当サイトは示している。
「居留地中央通り」は、明治時代の初めに開設された築地外国人居留地の中央を貫く通りとして開通し、現在に至っているものであるようです。

そんな居留地中央通り沿いから辿る、
八丁堀寄りに位置する入船二丁目界隈よりもずっと旧築地市場寄り。
これまたいつの間にか道標が示すようになった聖ルカ通りを横切り、
あかつき公園脇の信号を左折する。

ちょうど正面の先に水炊き「つきじ治作」の大屋根を望む場所。
さらにその向こうはもう隅田川。そんな裏道のおひる時に、
10種類以上の定食メニューを黒板に並べる店があります。

定番中の定番「刺身定食」が黒板の筆頭にあり、
それ以外にもお刺身系メニューが幾つかあるのがお約束。例えば、或る日の「ぶりホタテ丼」。
程良く脂ののった鰤の切り身がたっぷりで、
自ずとご飯が足りなくなるくらい。

お刺身系以上におススメなのが煮付系。
堂々とした「金目鯛煮付定食」が850円などという、
お得なお値段でいただけちゃう。そりゃ、煮付けたばかりのとろっとしたものって訳にはいかないけれど、
ちょっと贅沢な気持ちになるのは間違いない。

こっくりとした仕上がりだったのが「きんめ煮付定食」。他には例えば「黒ソイ煮付定食」等々、
いただけばしっかり満足の煮付系が必ずラインナップされています。

その一方で、竜田揚系もなかなかどうして捨てがたい。例えば、ありそでなさそな「まぐろ竜田揚げ定食」。
豪快にぶつ切りにした鮪にたっぷり目に粉を叩いて。
盛大に揚げる様子がなんだか目に浮かぶ(笑)。

鮪があれば勿論鯨の日もあって、
「ミンク鯨竜田揚げ定食」の頻度も低くない。
さくっとした身の柔らかさと鯨肉の風味がいい。
齧り付けば衣が閉じ込めた旨味がじわーんと弾ける。日によっては、竜田揚げのお相手が鰤だったりもする。
「ぶり竜田揚げ定食」にも、
たまり醤油なタレが効果的に働いてくれています。

揚げ物で云えば勿論、天麩羅系もある。「穴子てんぷら定食」には、大きな天つゆの器が添えられて。
ふんわりとした穴子の身を十二分に堪能できる嬉しいボリュームだ。

「さんま塩焼定食」「さば塩焼定食」も勿論あるのだけれど、
少々珍しいところでは「鰯生姜漬け唐揚げ定食」なんて日もある。一瞬、東山の「草喰なかひがし」の目刺し一匹を思い浮かべる、
質素な佇まいが愉しい(笑)。
ただ、すっかり干物の目刺しと違って脂っ気が程よく残り、
しっかり浸った生姜の風味と相俟って、
なかなかにイケるのであります。

居留地中央通りから隅田川へと向かう裏道に、
築地「たぬきや」本店がある。刺身系、煮付系、揚げ物系に焼き物系とお魚料理あれこれで、
界隈の民心を迷わす店であることは間違いない(笑)。
何故に「たぬきや」と名付けたのですかと帰り際訊ねたならば、
他を抜く、他に抜きん出たお店でありたいということからだそう。
ちなみに、今はもう支店はなくて、ここ本店に集約済。
夜の宴会もきっとゆるっといい感じじゃないかなぁとそう思います。

「築地たぬきや 本店」
中央区築地7-9-14 [Map] 050-5570-5837

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居酒屋「うち田」で鰯のつみれ汁玉蜀黍の掻き揚げ世田谷初登録文化財住宅のお膝元

国道246号線上の池尻大橋と三軒茶屋とのちょうど中間点といえばそう、それはご存知三宿の交叉点。
近頃の若者にはハテなんのことやら分からないだろうけれど、三宿交叉点エリアは嘗て、トレンディスポットと謳われて妙に賑わっていた。
今となってみれば、”トレンディ”って言葉の響きすらなにやらとっても気恥ずかしくって堪らない(笑)。

そんな三宿の交叉点から少々三茶寄り。
世田谷学園へと向かう道を逸れ、
クランクしたその先は袋小路となる、
如何にも世田谷らしい裏道の一辺に接して、
一軒の住宅が佇んでいます。どこかモダンなヴェールを帯びた木造家屋の屋根は、
陸屋根(フラットルーフ)。
それが大正13年(1924年)の竣工だと知れば、
当時どれだけ斬新であったかと俄然興味が沸いてくるでしょう。

玄関脇の掲示にもあるように、
萩原庫吉邸は、世田谷区で初の登録有形文化財。掲示板の解説の冒頭にはこうある。
この住宅は、大正から昭和初期に活躍した、
日本を代表する建築家である遠藤 新(あらた)によって設計された。
遠藤は建築家F・L・ライトに師事、
帝国ホテルの設計に携わったほか、
ライトとの共同設計で目白の自由学園明日館、
芦屋市の旧山邑家住宅(いずれも重要文化財)などを手掛けた。

玄関ホールの右手にすぐ書斎がある。
肉厚で力強さを思わせる作り付けの机や書棚が置かれ、
翻訳の仕事などの後に朝日新聞の記者として活躍したという主や、
同じく新聞記者であったという二代目が執筆に向かう姿が彷彿とする。玄関ホールの左手には居間がある。
書斎、玄関ホール、居間、そして母屋という風に、
廊下を介さずに部屋を繋げていくスタイルも、
ライトに師事した遠藤新の設計の特徴であるという。

今でこそ一般に知られるようになったパーゴラも、
大正末期に既に設計に組み込んでいたとなれば、
これをお洒落と謂わずして何をそう云おう(笑)。近代建築の巨匠と云われるフランク・ロイド・ライト。
井上祐一・小野吉彦共著の「ライト式建築」には、
萩原邸を設計した、一番弟子の遠藤新をはじめとする、
ライトの弟子たちの名建築が掲載されています。

そんな萩原庫吉邸は今、萩原家住宅三代目女史に引き継がれ、
“登録有形文化財 萩原家住宅 Atelier hagiwara” として、
活用が図られているところ。
登録文化財であるがゆえの保全管理の要請などもあって、
対応が容易でないのかもしれないけれど、
これだけ趣のある、雰囲気のある、表情のある建築ですもの、
映画のロケ場所に使われるなんて日が、
いずれやってくるかもしれません。

玄関ホールから居間を真っ直ぐ通り抜けて奥へと進むと、
高い天井を持つ増築棟へとそのまま入れる。ピアノの置かれた部屋では、
オーストリアを中心とした欧州や世界各地でも活躍する、
ヴァイオリニストであるところの三代目女史により、
室内楽のコンサートなどなどが折りに触れ催されています。

そんな萩原家住宅から玉川通りを下れば、お膝元の三軒茶屋の街。
いつぞやの沖縄料理「我如古」や、
懐かしのちゃんぽん店「来来来」などを含め、
様々な飲食店のある茶沢通り沿いはもとより、
その一本西側の裏通りにも幾つもの飲食店が軒を連ねています。

裏通りが茶沢通りへと合流せんとする辺り。
赤い煉瓦色のタイル張りの建物にも一軒の飲食店がある。灯りの点った行燈看板には、
居酒屋 三茶「うち田」とあります。

小上がりの座卓に腰を据えて、
乾いた喉を潤す麦酒を所望する。突き出しをいただき乍ら、
卓上に用意された品書きを手に取る。
手書きで二枚の紙に書き連ねたその晩の酒肴たちは、
ざっと数えて盛り沢山の70品近く。
最後は書き切れなくなった様子がありありしてちょっと面白い(笑)。

初めて耳にする「サンゴ樹トマト」は、
実のパンパンに詰まった高糖度なトマト。
トマトの古名であるところの”珊瑚樹茄子”がその名の由来のようで、
嫌味のない甘さに素直に頷く。期待通りの甘さと芳ばしさが堪能できるのが、
「とうもろこしとホタテのかき揚げ」。
それはズルい、ってなヤツですな(笑)。

ここは日本酒だよなぁーと思いつつ、
正面に見据えるカウンターの付け台に貼られた張り紙に目が留まる。
生搾りサワーと題したその一片には、
日向夏、デコポン、フルーツトマトにわさび、新生姜など、
10種類のサワーが手書きされてる。

これまた初めて耳にする、
日向地方特産と云われる柑橘「へべす」の生搾りサワーは、
柔らかな酸味香気がよくって、俗に云う危険なヤツ(笑)。お造りは、「アズキハタ刺」に「出水の釣り鯵刺」。
沖縄や八重山でのダイビング中に顔を合わせることのある、
アズキハタをいただくのもまた初めてのこと。
南の島の魚の刺身も身の絞まった鯵に負けていません。

それってどうよと思いつつ、
「パクチー」のサワーを所望する。
そりゃもう、勿論、
パクチーとコリアンダーとシャンツァイ全開(笑)。でも、嫌味なくすっきりと、爽やか旨い。
「新じゃがフライ(黒七味と塩で)」が妙に似合います。

〆る感じでといただいたのが、「いわしつみれ煮」。鰯を捌いて叩いてつみれにしてって所作を思うと、
その手間の分ものっかって、
有難くもより美味しく感じてしまいます。

三軒茶屋は茶沢通りの外れに居酒屋「うち田」はある。次回はぜひ、日本酒をいただく構えで臨みたい(笑)。
沢山の品書きからあれやこれやと悩むのもきっとまた愉しいはず。
ちなみに、三角地帯の奥の「赤鬼」方面、
武蔵野うどん「じんこ」近くに、
「うちだ」という和食店があるとのことで、
取り違えないよう注意が必要です。

「うち田」
世田谷区太子堂4-28-6 サダン太田ビル1F [Map] 03-5430-3711

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