「いろいろジャンルの日記帖」カテゴリーアーカイブ

九州炉端「かてて 八丁堀はなれ」でたたきたっぷり知覧とりまぶしにだご汁定食

八重洲通りと市場通りが交差する地点が、八丁堀交叉点。
八重洲通りが新川に向かって亀島川を渡る橋が、亀島橋。
八丁堀交叉点の亀島橋側の区画に建つホテル、ホテルサードニクス東京は嘗て、ホリデイ・インでありました。
Holiday-Inn Tokyoの建物が内外装を改めて、新しいホテルに生まれ変わってからもう10年も経つらしい。
ホリデイ・イン前の路上で、女優・かたせ梨乃が颯爽とタクシーに乗り込む様子を偶々目撃したことを今でも憶えています(笑)。

そんなホテルサードニクス東京の裏手にあるのが、
九州料理の居酒屋「かてて」。
「長崎ちゃんぽん」や「皿うどん」に大分「だご汁」、
「高菜炒飯」「チキン南蛮」などなどのランチも盛況のよう。
最近ご無沙汰しちゃってるなぁと思うそんな矢先、
おひる処を求めて鈴らん通りを徘徊していた時のことです。


和菓子「伊勢屋」の並びにも「かてて」の文字を発見。“炉端”とあるのが少々趣を異にしていて、
特に”炉”の文字が黄金に輝いています。

囲炉裏端を模したかのようなコの字のカウンターが調理場を囲む。
カウンターには、和ぎ水と呼ぶ瓶入りのお冷。総じてサードニクス裏の「かてて」と同じ路線のお品書き。
「とりまぶし」が真新しい件かもしれません。

然らばとお品書き筆頭の「知覧とりまぶし」を所望する。如何にも櫃まぶし風の器に盛り込んだ、
薩摩知覧鶏のたたきがたっぷりと。

地鶏風のしっかりした歯応えの身を、
ご指南に従ってまずはそのまま味わってから、
茶碗によそったご飯と知覧鶏の切り身の上に、
おろし生姜と山葵をトッピング。続いて温泉玉子を割り裂いて黄身のコクを添えたりして、
最後は鶏ガラスープを注いで茶漬け風にして愉しむ。
たたきそのものの味わいが濃くて、なかなかいい。
知覧鶏というのは、鹿児島・宮崎を主な産地とした、
ブロイラーの親鳥となる種鶏やレイヤー成鶏と呼ばれる採卵用の鶏で、
玉子を生まなくなるまで長期飼育されたもののようで、
Web上には商標登録の「さつま知覧どり」のページも見つかる。
所謂ブランド地鶏ではなくても、
それに引けをとらない鶏があるのだね。

翌週が明けたところでまた鈴らん通り伊勢屋隣へやってくる。
「しょうが焼き定食」を註文すれば目の前の厨房で上がる湯気。もやしをたっぷりと戴いた豚ロースには、
おろし生姜の柔らかな辛味を含んだ風味もたっぷりだ。

本丸の方でも定番の郷土料理「だご汁定食」は、
こちらの”はなれ”でも健在。近頃の若けぇもんは「すいとん」なんて知らんだろうけど、
なーんて頭の中でぶつぶつ云いながら(笑)、
程よい大きさに千切った「すいとん」の素朴さを味わう。
ゴロゴロと大振りに刻んだ野菜たちも主張してくる。

下揚げしてあった鶏をもう一度フライヤーに投入。
衣をパリッとさせて「鶏からあげ定食」がやってくる。「知覧とりまぶし」「鶏からあげ定食」の他にもさらに、
「チキン南蛮定食」もあって迷わせる(笑)。
タルタルがよく似合うのは皆さんご明察の通りであります。

“九州の定食屋”としては勿論、
「ちゃんぽん」もあれば「皿うどん」もある。桜橋「長崎菜館」の皿うどんがこの界隈では出色であるけれど、
和出汁風のこれはこれで悪くない。
それにしても、
皿うどんには練り芥子がどうしてこうも合うのだろうね。

九州料理居酒屋「かてて」が鈴らん通りに”はなれ”を建てた。
それはその名も九州炉端「かてて 八丁堀はなれ」。厨房を囲むカウンターの雰囲気もよし、
その奥に設えたテーブル席もきっと居心地は悪くない。
ただ願わくは、ランチタイムに流しているBGMの大音量、
それだけはなんとかして欲しいところであります。

「かてて 八丁堀はなれ」
中央区八丁堀3-18-11 八丁堀サウスビル1F [Map] 050-5594-7903
http://www.katete.co.jp/

column/03745

酒肴炭焼「ととや」で弘道館の梅と梅水晶金目鯛しゃぶしゃぶ納豆きつね焼地酒一品

まだまだ風の肌寒い2月中旬のこと。
大船から東海道線で品川に上り、品川駅で乗り換えたのは、特急ひたち号。
上野からというイメージだったひたち号が、上野東京ラインの開業によっていつの間にか品川駅発着が主体となっています。
西に位置する大船からそのままずずっと東の水戸まで、その距離およそ170km。
なかなか乗り出がありました(笑)。

2年前に訪れたのは、
かの「偕楽園」の梅も盛りをすっかり過ぎた頃でした。
今度は中咲きの梅の開花を告げる頃。水戸城址近くにある「弘道館」では、
ちらほらと花咲かせた梅ノ木が愛でられました。

弘道館中千樹梅
清香馥郁十分開
好文豈謂無威武
雪裡占春天下魁
敷地内の木札には、徳川景山(けいざん)の銘がある。「弘道館」は徳川景山つまりは斉昭が、
旧水戸藩の藩政改革の重要施策のひとつして開設した藩校。
梅が春の魁として清らかな花を咲かせ、
実は梅干にして非常食となる。
実用を重んじた斉昭は梅を愛して、
領内に広く植樹することを奨めたという。
「弘道館」の梅の樹は、約60品種800本に及ぶそうです。

日が落ちてきたところで向かったのは、
駅の南側、桜川を渡った城南地区。これまた二年振りにお邪魔したのが、
酒肴炭焼きの「ととや」であります。

同ビルお二階の「田吾作」なら、
鮟鱇鍋なんぞもある模様ながら、
此処では「あん肝の味噌漬け」辺りにまず手を伸ばす。味噌の風味とともにあん肝の旨味が凝集して、
それを大根のスライスがいい塩梅にしてくれる。
こいつぁいけねぇやと思わず早速(笑)、
水戸の地酒「一品」の純米吟醸を所望します。

その晩のおすすめ品書きを見返したら、
「金目鯛のしゃぶしゃぶ」を見落としていた。ふつふつと沸いた出汁にさっと潜らせて、
霜降り状態にした金目を口に含む。
すすーっと甘さがやってきてそっと目を閉じる(笑)。

やっぱり水戸だものねと呟きつつ、
6つ並んだ納豆料理から「納豆きつね焼」。炙って芳ばしい油揚げの中から、
混ぜに混ぜた様子の納豆が食み出してくる。
豆腐と大豆の共同作業にほくそ笑むこと必至です(笑)。

次には大洗の純米「月の井」をいただいて、
鹿島産「はまぐりの酒蒸し」。澄んだ磯の香りと蛤の滋味。
汁がそのままいい酒肴となります。

梅繋がり連想から選んでみたのが「梅水晶」。千切りにした鮫の軟骨を水晶に見立てて、
鮫の軟骨の梅肉和えをそう呼ぶもの。
千切り胡瓜もいい働きをしていくれています。

しゃぶしゃぶした後の出汁が勿体なくて、
訊ねてみれば雑炊にしてくれた。ゆるっとしてお腹すっかり温まり。
いい〆となりました。

艶の深い小豆色の天井は煤竹でしょうか。見上げて気がつく粋な意匠でありますね。

桜川を超えた水戸城南地区に酒肴炭焼き「ととや」がある。階上の「田吾作」が気になりつつも、
いつもこちらの提灯に引き寄せられるのは何故でしょう(笑)。
今度お邪魔した時こそは、
店名「ととや」の由来を訊ねたいと思います。

「ととや」
水戸市城南2-7-1 常磐第2ビル1F [Map] 029-227-8323

column/03744

にっぽんの洋食「新川 津々井」で冬のご馳走カキフライに定番トロトロオムライス

中央区新川で洋食屋と云えば、ご存知「新川 津々井」。
ところは、亀島川を渡る霊岸橋信号と永代通りの新川一丁目信号を結び、箱崎湊橋通りへと繋がる道路沿い。
よくよく見ると、珊瑚色したファサードはなかなか珍しいのではあるまいか。
そんな壁に掲げたアクリルのサインには、”にっぽんの洋食”と標されています。

“にっぽんの洋食”というショルダーフレーズにはどこか、
洋食界を背負って立つような意識も含まれているのかな。そんなことを毎度思いつつ、硝子越しの厨房を横目に、
上階のフロアへとアプローチするのです。

冬の時季の特筆メニューと云えば、
それは勿論「カキフライ」。飾り切りを施した檸檬を戴いたフライ達は、
端正な揚げ口で「つつ井」と刻印したお皿に佇む。
サラダがたっぷりなのも毎度嬉しい処であります。

玉子タマゴしてはいないけれど、
これまたたっぷり目に添えてくれるタルタル。三重県は、浦村湾や的矢湾から届く牡蠣のフライに、
お醤油を少々垂らしてタルタルたっぷりが実に佳い。
ふと、鳥羽の先の浦村「中山養殖場」でいただいた、
焼き牡蠣の旨味を思い浮かべたりなんかいたします。

此処にもやっぱりGingerちん御用達のしょうが焼きがある。何気に、どーだっ!と主張する「ポークジンジャー」の肉厚ロース。
ただただ柔らかい代わりに脂ぎってる、なーんて肉質ではなくて、
割としっかりした繊維質の間に旨味が詰まった感じがいい。
勿論、おろし生姜の風味たっぷりのソースで御座います。

“にっぽんの洋食”「新川 津々井」のスペシャリテのひとつが、
ご存じオムライスのラインナップ。「トロトロオムライス」と呼ぶお皿には成る程、
トロトロねっとりとしたテクスチャー。
ご飯のひと粒ひつ粒が玉子なぞに均質に包まれている。
そんな船体を浮かべた、
トマトの酸味が心地いいソースの働きも見逃せません。

通りにも入口通路にも硝子窓を面している厨房。
思わず覗き込むとちょうど「オムライス」の調理中。偶には「ハムオムライス」を更に豪華にして、
ポークの「オムハヤシ」を奢ってしまう時もある。
ポークやビーフをトッピングしてのハヤシソースなので、
そうか、それでオムライスの中身がチキンライスではないのかと、
そう独り言ちることもありました(笑)。

“津々井名物 三種の丼”の一翼を担うのが、「ステーキ丼」。ステーキ肉のみならず、下のご飯にもたっぷりと滴るは、
バルサミコ的酸味を加味したお醤油基調のとろとろタレ。
シェフが修行したホテルオークラのフレンチのエスプリが、
何気にどこかに潜んでいる、のかもしれません。

そして”津々井名物 三種の丼”の筆頭が「ハンバーグ丼」。繋ぎの決して多くないパテとか、
何より濁りなき味わいのドミグラスがやはり、
正当なる「洋食」を想わせてくれます。

それら名物たちの陰に隠れるように、
やや控えめに註文を待っているメニューのひとつが、
ポーク、チキン、ビーフと揃ったカレー三種。小麦粉を丁寧に炒めた形跡は十分に伝えつつも、
バシャバシャっとしたカレーは、油脂を控えた印象もする。
カレーもまた名物と自ら呼ぶような高みに至るのは、
どうやらこれからのことのようです(笑)。

にっぽんの洋食「新川 津々井」の創業は、
今から70年程を遡る1949年(昭和24年)のこと。終戦から数年後の混乱期にもう、
当地新川に飲食店を興していたことにまず敬意を払いたい。
少々お高いなと思うのも毎度のことなれど、
それでも通ってしまうのは、
それだけの気風を感じさせてくれるからなのです。

「津々井」
中央区新川1-7-11 [Map] 03-3551-4759

column/03743

Bar「梅邑」で沼津の商店街の奥に潜む開業半世紀のバーの暗がり解れる気持ち

ありそうでなかなかないのが、三島とか沼津に泊まるという機会。
伊豆半島つけ根東側に位置する熱海は、随分廃れたと云っても観光地温泉地として周知であるのは間違いないし、団体客から個人客向けへとシフトして頑張っているお宿もきっと少なくない。
対して、西側の沼津は、「丸天」をはじめとした沼津漁港の飲食店街も魅力的なのだけれど、目的地というよりはやはり、西伊豆への玄関口というか、経由地としての印象が強い。

そんな沼津に初めて泊まった夜のこと。
彷徨い歩いて見付けた焼き鳥店で、
日本酒でひと通りをいただいたほろ酔いの足でまた、
風の冷たい裏町を徘徊していました。上土(あげつち)界隈の沼津銀座通りと呼ぶらしい、
ひと気疎らな通り沿いでふと立ち止まったのは、
「アイデアの料理」というショルダーフレーズを謳う看板。
その横を何気に眺めると、
何処かで読み聞きしたような名のバーの灯り。
「梅邑」というのは此方にあったのですか。

ゲートを潜るように看板を頭上にし乍ら、
狭く古びた通路を恐る恐る奥へと進みます。Bar「梅邑」の看板を前に一度立ち止まるも、
その奥の暗がりが気になってもう少し歩みを進めたものの、
バーという肩書きのスナックを思う「ナミ」の跡があるのみでした。

踵を返してふたたび「梅邑」の前。
バンガロー風の扉の中央に手彫りの表札。
此方も此方でなかなかに入り難い(笑)。ええい儘よ!ってなノリで勢いつけて扉を開ける。

扉の中には早速、バーカウンターのある光景を想定していたら、
ひと気のない狭い空間に拍子抜け。二階への階段が、
「梅邑」のカウンターへの第二のアプローチでありました。

やっとのこと(!?)で辿り着いたカウンターは、
彫刻でデザインの施され、きちんと真鍮のバーを渡した正統派。ただし、暗がりに眼が慣れるまで一定の時間を要することでしょう。

バックバーにはぎっしりとボトルたちが犇いてる。
積年の澱のような気配を漂わせつつも、
ボトルの手入れに抜かりはないようです。およそ正面で目に留まった、
「ROYAL LOCHNAGAR」をロックでいただきました。

店で一番奥まった、バックバーの左最上部をふと見上げると、
銅を織り上げたかのような色合いの特異な形状のボトルが、
列を成している。マスターに訊ねると、ああ、ジム・ビームのボトルですと仰る。
どうやら1976年にリリースされた、
限定版のvintage decantersシリーズであるらしい。
バカ高いものではないようだけれど、
あんなボトルから注いだジム・ビームも一興に違いないと、
そんな風に思いながら、
暗さに慣れてきた視線で見上げるのでありました。

もう一杯だけと選んだのは、
お久し振りの「CAOL ILA」12年。久々に舐めるカリラはやっぱり、
“アイラ海峡”の味わいがしました(笑)。

沼津の上土界隈に開業から半世紀のBar「梅邑」がある。マスターの枯れてより柔和な雰囲気もまた、
傾けるグラスとともに気持ちを解してくれる。
今度お邪魔した時は、
スタンダードなカクテルをいただきたいと思っています。

「梅邑」
沼津市上土町50 [Map] 055-963-0248

column/03742

鳥割烹「末げん」で老舗の風格滲むかま定食何れがから揚げかたつた揚げか

新橋駅西側の広場と云えばそれはそのまま、新橋西口広場。
おひる時、新橋駅の日比谷口からSLの黒塗りの体躯を横目に広場を横断していると、突如として汽笛が鳴ったりして一瞬ドキリとしたりする。
展示されている蒸気機関車は、プレートによるとC11という形式である模様。
これと同じ形式の機関車が今も、大井川鉄道を走る現役であるって、なかなか凄いことだと思うのであります。

ニュー新橋ビルを左手にし乍ら通りを渡り、
ひょいっと覗き込んだ横丁を往けば、
ご存知烏森神社の参道を横から入る格好になる。かきフライ定食が懐かしい「和楽」や、
過日伺った小さな割烹「山路」等々、
気になる飲食店が犇く横丁の入口脇にあるのが、
これまた周知の鳥割烹「末げん」であります。

プラスチックのクリップを脱いだ靴に留め、
それと同じ番号の札をポケットに納めて、
右か左かの座敷へとご案内いただきます。

ご註文を伝えて暫しの後、お運びいただいたのは、
三品のランチメニューの内のひと品。それは「末げん」独特の仕立てと呼び名を持つ「かま定食」だ。

鳥のひき肉と特製の鳥だしのスープを玉子でとじた、
というメニューの説明を読めば、
まさしく成る程その通りの親子丼。そうは云ってもそこは鳥割烹。
1909年(明治42年)創業の老舗の風格が一杯のどんぶりにも自ずと滲む。
あくまでふんわりとした玉子の仕上がりの中に、
丁寧にひいたであろう鳥スープと挽肉の旨味が着実に潜みます。

ランチ三品のもうふた品は、いずれも鳥肉を揚げたもの。
自慢の特製タレにからめて丁寧に揚げたと謳うは、
その名もそのまま「から揚げ定食」。揚げ立ての鳥にハフホフと噛り付けばもうそれは、
美味しからぬ筈のない。
独特の赤みを帯びたような揚げ口には、
片栗粉を纏ったような芳ばしさがふんだんにあり、
それもまた魅力の一端であると思うところであります。

片栗粉を塗して揚げてあるのだとすると、
「唐揚げ」というより「竜田揚げ」と呼ぶ方が、
より相応しいのではないかと思うところ。
「末げん」には別の「たつた揚げ定食」があるのである。メニューには、鳥肉をミンチにし薬味を加えて揚げております、とある。
挽き立てではないかと思わず思わせる鳥ミンチがホロホロと美味い。
パサつきそうな気配を衣のコクが包み込んでいい按配。
例によって、お醤油垂らしていただくのが好みです。

烏森神社のお膝元に佇む、
創業百余年の老舗鳥割烹「末げん」。メニューをひっくり返して裏側を覗くと、
店名の由来についての行がある。
戦前には名代の鳥料理番付の中でも「大関」とまで評された、
今はなき日本橋「末廣」。
その分れの当店は「末廣」一字「末」をいただき、
それに初代「源一郎」の「げん」を合わせ「末げん」とした、と。
さらには、創業より数多くの著名人に愛されたことに続けて、
三島由紀夫が最後の晩餐を饗したことでも知られると、
そう記されています。

「末げん」
港区新橋2-15-7 Sプラザ弥生ビル1F [Map] 03-3591-6214

column/03741